二百九十一話目 襲撃
「え、王都って結構近いんだと思ってた……!」
「嘘だろ、まだ一月以上かかるじゃねぇか! あと数日かと思ってたぞ俺は!」
夜の焚火に照らされた地図を覗きながら行程を説明するハルカに、黙ってうんうんと頷いていた二人だったが、かかる期間を説明した途端、大きな声を上げた。
アルベルトに関しては巨人退治に行く途中にも雑談でそんな話をしたはずなのだが覚えていなかったらしい。
「小さな領地はいくつか通りますけど、気になるような大領はないそうです。ですので、寄り道せずに真っすぐと言っただけで、すぐにつくとは言っていませんよ」
「か、買い物、楽しみにしてたのに……」
へちゃっと潰れてハルカの膝に倒れ込んだのはコリンだ。
確かにコリンには広域の地図はあまり見せたことがなかったような気がする。この機会に見かたを覚えてもらおうかと思ったが、泣きまねをしているコリンに言うのは酷だろうかとも思う。
チラリと一瞬ハルカの顔を窺って、また泣きまねを始めるので、仕方なく頭をなでてやると、コリンは大人しくなった。
「うーん、でもあれだろ、ノクトを追ってくる奴ももういないし、平和な旅になりそうだな」
「確かにそうかもしれませんね」
野盗や魔物が出てきても、よほどの大物でない限りは苦労することもないだろう。二人がそんな話をしていると、モンタナがハルカのことをつついてくる。
「どうしました?」
尋ねるとモンタナが無言で、ノクトの方を指さした。ハルカがそちらを見てみると、特に変わったところはなく、いつも通りにこにこと笑っているノクトが、干物を焚火であぶっているだけだ。
ハルカが首をかしげると、モンタナはぱちぱちと数度瞬きをして、少し悩んでから静かに言った。
「……何でもないです」
不穏な気配を感じたハルカだったが、何を見落としているのかがわからない。モンタナもそれ以上説明する気はないようで、ハルカの杖の細工に戻ってしまった。
何事もなく二十日が過ぎた。
正確には二つの賊と、四体の魔物を倒して進んだのが、トラブルになるほどのことではなかった。力のない男爵や子爵の領土が多く、その境に賊やら育ってしまった魔物が巣くってしまっているのだ。
一応捕まえた賊を突き出したり、魔物の討伐を報告するのだが、大概ちょっと面倒そうな顔で対応をされる。小さな領地にとってはそれらを処理するということ自体が負担になるのだろう。
しかし、貰えるものは貰うというコリンの教えに従って、申し訳なさそうな顔をしながらも、賞金をいただいてきた次第である。押し込み強盗のように思えてくることもあったが、これも冒険者の仕事なのだ。
今いる男爵領でも一体の魔物の死体を引き渡し、雀の涙ほどの賞金をいただいて、いざ出発しようというタイミングであった。
後ろから吠えるような大きな声が響く。
「ちょおぉおおおっと待ったぁああ!」
全員が一斉に振り返ると、随分と遠くから走ってくる男がいた。
背が高く、肌の露出が多い男で、金髪の頭には可愛らしい耳が生えている。よく見てみると、先にポンポンみたいなものがついた尻尾が揺れているのも見えた。
膝丈くらいのズボンをはいて、腹と腕が丸出しの民族的な衣装を身にまとったその獣人は、近くに来ても同じような音量の声で喚いた。その場にいた全員が耳を塞ぐ中、男は叫ぶ。
「お前、ノクトだな! ノクト=メイトランドだな! よし一緒にこい」
姿勢を低くした男はハルカたちの間を縫うようにして、ノクトにまっすぐ向かっていく。ハルカが慌てて腕を掴もうとすると、男はその手をするりとすり抜けた。上半身を低く倒した独特な走り方は、モンタナのそれに似ている。
ハルカが抜かれ、アルベルトとモンタナが剣を構えたところで、男が突然向きを変えて地面に転がった。
「武器を持ってない相手なら、私でも相手できるのよね」
コリンが男の肩に手を当てて、上に乗っていた。この間兵士たちと組手をした一件で、自信を付けたらしく、コリンは最近戦闘に積極的だ。賊を討伐したときも、先手で一射した後は、前線に突っ込んで敵を転がしまわしていた。ハルカとしては心配だったが、生き生きとしているので、下手に注意もできない。
男は自分の上に乗るコリンを睨みつけて、獣の様な唸り声をあげてから叫ぶ。
「どけぇえ!」
「おわっとと」
大声と共に無理やり立ち上がった男の上から、コリンが跳んで離れる。再び鋭い目つきでノクトを睨みつけた男に、正面からモンタナとアルベルトが斬りかかる。
それを見ながら真後ろから近寄っていたハルカは、ぎゅっと右手の拳を握り、その男の側頭部を手加減して殴りつけた。
男の身体が真横に倒れて、そのまま動かなくなる。
「……死んだんじゃねぇの」
「え、いや、そんな、手加減しましたよ?」
「巨人戦以来、ハルカ魔法しか使ってなかったです。その手加減あってるですか?」
「あ……」
慌てて男を仰向けにして治癒魔法をかける。
動いていなかった男の胸がまた動き出す。呼吸を再開したのを見て、ハルカは冷や汗の流れる額をぬぐった。
「危なかった……」
「そんで、こいつはなんだよ。突然襲ってきたけど、不審者としてまたここの男爵に突き出すか?」
「えぇっとー……、ちょっと待ってくださいねぇ」
すすーっと寄ってきたノクトがしゃがみ込んで、男の持ち物を漁って何かを確認してから立ち上がる。
「……この人はここに放っていきましょう。あ、これ報酬に貰っておきましょうね」
そう言うとノクトはコリンに男の財布をわたし、そのまますすーっとまた移動を始めてしまう。
「え、いいんですか? 正体とか探ったりしなくて」
「あ、その人に関しては大丈夫ですよぉ。さ、出発しましょう、王都はまだ遠いですからねぇ」
ノクトが勝手にどんどん進んでしまうので、ハルカは仕方なくそれを追いかける。アルベルトも不満そうではあったが、男を一瞥してハルカに続いた。
「あ、金貨! この人金貨一枚持ってる! 一人倒して金貨一枚はお得ね!」
ハルカの横に並んで、一枚の貨幣を取り出したのはコリンだ。
一方的に襲ってきた相手が悪いのに、罪悪感を抱いてしまうのは何故だろうか。ハルカは金貨を日にかざすコリンを眺めながら、頭を悩ませるのだった。
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