二百七十五話目 前哨地

 走って通り過ぎてしまったが、門より外にも兵士たちの駐屯地のようなものが作られていた。直近で荒らされた様子がなかったのを見ると、ディグランドへの侵攻はうまくいっているのかもしれない。


 壁があった山を越えると、平らな土地が広がっている。確かにこの広大な大地に入植して、自由に耕作できるとなれば、かなりの力を得られるだろう。ヴェルネリ辺境伯が北方への軍事行動に力を入れる理由もわかる。


 元々この辺りは、冬になると雪に閉ざされてしまい、南方よりは土地が痩せているともいえる。領土を広げることでそれをなんとかしようという魂胆なのだろう。


「東へ行きましょうか。西に進むと、進路が山に阻まれてしまいますからね。途中兵士たちと出会うことがあったら、できるだけ避けて通りましょう。やましいことがあるわけではないですが、トラブルを起こす必要もありませんからね」

「扉壊したのはやましいことに入らねぇの?」

「……あれは、やっていいと言われてやったので。その、まぁ、ぎりぎり許されるといいなと思います」


 アルベルトのツッコミに返事をすると、みんなが笑った。でも本当に兵士が開けていいといったのだから、仕方がないのだ。

 ハルカは自分にも言い訳をしながら、踏み慣らされた短い草の上を歩く。この辺りはまだ兵士たちが普段から行軍している場所なのだろう。


 伸びる道は一本ではないから、辿っていったからといって必ずしも兵たちにぶつかるとは限らない。もし遭遇したとしたら、対応はまたその時に考えればいい。


 ハルカたちはいつもの旅同様に、日が暮れる前までに野営地を決め、そこで焚き火を起こした。


 ディグランドに入って一日目は意外とハードだった。


 魔物ではない熊をあちこちに見かけるし、かと思えば木の上から飛び降りて襲ってくる巨大な猫のような動物もいた。

 しかしそのどれもがハルカたちにとって、もはや敵ではない。


 熊はアルベルトが正面から切り伏せたし、巨大な猫もモンタナがあらかじめ見つけて、魔法で処理することができる。


 肉食獣たちからすれば、ツノも毛皮も持たないハルカたちは格好の獲物に見えたのであろう。しかし襲い掛かったが運の尽きで、あっという間に今日の晩御飯にされてしまった。


 ハルカとしては、無駄にたくさんの命を奪っているような気もしたが、あちらから仕掛けてくるのだから仕方がない。

 たまに道端に人の骨が転がっているところを見ると、兵士たちも動物の犠牲になることがあるのだろう。豊かそうではあるが、人が生きていくのには厳しそうな土地でもある。


 早くに野営をして、翌早朝。

 朝からしっかり肉を食べて、旅を再開する。


 日が昇ってしばらく。だんだんと空気があったまってきたくらいの時間だった。


 遠くから野獣のような咆哮が聞こえてきた。

 耳を澄ませてみれば、微かに人が檄を飛ばすような声も聞こえる。


「……兵士と、野生動物でしょうか?」

「どうだろうな、巨人かもしれないぜ」

「見にいくですか」

「いこいこ。兵士が戦ってるなら、遠くから巨人の観察できるかもしれないし」


 素早く仲間達の意見を確認して、ハルカは進路を変えた。目指すのは声のする方だ。


 森の中を突っ切っていくと、徐々に戦いの音が近づいてくる。

 突然木々がなくなったかと思ったら、湖の前に出てハルカたちは慌てて足を止めた。


 音の出どころは湖の向こう岸。

 こちら側とは違って浜辺のようになっている場所に、幾つものテントが並んでいる。おそらく兵士たちの駐屯地なのだろう。周りの木々が伐採されたあとや、作りかけのログハウスのようなものも見える。


 しかしそんなことより注目すべきは、巨大な体で棍棒を振り回す巨人と、兵士たちの戦闘である。


 暴れている巨人は一人。次々とテントを弾き飛ばしながら、兵士たちに迫っていく。

 それに対して兵士は数十人いるというのに、攻めあぐねているのがわかる。


 巨人の大きさはおよそ兵士たちの倍か、それより少し大きい程度。話で聞いていた限りでは、そこまでの脅威に思えなかったのだが、実物を確認してみると、その巨体には目を見張るものがある。


 背が高いだけではない。その太い腕は、鍛えた男性の胴回りほどもあるし、巨体を支える太腿は、樹齢百年をこえる木の幹ほどもあった。


 木をそのまま引き抜いて削ったような棍棒は、一度振り回すだけで、湖を波立たせるほどの風を起こし、兵士たちの足を怯ませている。


 後方で待機している兵士の一人が、剣先を巨人の一人へ向けて号令を発した。おそらく彼がこの部隊の司令官なのだろう。


 弓兵の矢が一斉の放たれ、一人の巨人に向けて降り注ぐ。弧を描いて放たれた矢は雨のように巨人の顔に降り注ぎ、そのうちの一本が巨人の目に突き刺さった。

 叫び声を上げて、それを引き抜いた巨人に対して、司令官が再び号令をかける。

 前線の槍を持った兵士たちが、雄叫びを上げながら一斉にかけていき、巨人に向かって槍を突き出した。


 槍の扱いは決して優れているとは言えなかったし、ほとんどの兵士たちはへっぴり腰だったが、それでも穂先は確実に巨人の足や腹へ突きささった。

 半狂乱になった巨人が振り回す棍棒に、二人の兵士が殴り飛ばされて動かなくなる。

 残った兵士は、一瞬逃げようと振り返るものもいたが、司令官からさらに檄を飛ばされ、やぶれかぶれで何度も槍を突き出した。


 巨人の動きが緩慢になり、やがて地面に膝をつき、そのまま倒れる。

 兵士たちは、歓声を上げ、司令官は腕で額を拭う。


 巨人の一撃を受けて殴り飛ばされた兵士の救護に向かうものは誰もいなかった。

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