二百五十二話目 ただでは済まない
土煙がまだ視界を遮る中、またアルベルトの喚く声が聞こえてくる。
「だぁああ! くそっ、止めきらねぇ」
その声は遠い。おそらく尻尾により遠くまではじき飛ばされたように思われた。アルベルトの無事を確認したハルカは、竜の動きを警戒しながら、モンタナの居場所を探る。
少しずつ土煙が張れていく中で、ハルカは竜の背中の上に走るモンタナの姿を見つけた。姿勢を低くして、地面を走るかのように安定した動きで羽の根元までたどり着いたモンタナは、短剣を両手で持って、そこに思いきり突き刺した。
短剣の刀身自体は皮膚の外で止まっているように見えるのに、血が噴き出し、大型飛竜が喚き声と共に地面に転がった。
間抜けな動きのように見えたがそうではない。竜は痛みにのたうち回ったのではなく、背中にのっかる異物を押しつぶすために地面を転げたのだ。
慌てて飛びのいたモンタナは、ハルカの横に着地したが、その手に剣はなかった。転がって立ち上がった竜の足元に、モンタナの剣が落ちているのが見える。
「背中から抜けなくなったです。失敗です。実戦で使うには練度が足りなかったですね」
「武器を拾いに行けますか?」
「ぎりぎりまで抜こうとしてたら、手首痛めたです」
見ればモンタナの手首は腫れて、指が変な方向へ曲がっている。ハルカは血の気が引くのを感じながら、慌ててモンタナの傷を治した。
「他に……、他に怪我は!?」
思わず大きな声を出すと、モンタナは耳をぺとっとへたらせて、首を振る。
「だいじょぶです、剣を取ってきます」
そう言った直後にモンタナはもう走り出していた。
遠くからアルベルトの雄叫びが聞こえてくるのに合わせて、飛竜がそちらに振り返った。離れた場所から地面を蹴って飛び上がったアルベルトは、剣を大きく振りかぶり、その身を弓なりにするほどに力をためて、自分の方を向いた竜の頭に思いきりそれを振り下ろした。
竜は頭部に生えた立派な角でそれを迎え撃つ。
「んんんっだぁああ!」
気合一閃。
アルベルトの一撃は竜の角ををへし折った。断面が綺麗でないので、切り落としたというべきではないだろう。
「おらぁあ! どうだぁ! ……やっべ」
剣を掲げて竜を睨みつけたアルベルトは、自分の得物の異常に気付いて焦りの声を上げた。剣が半ばから折れてしまっている。よく見れば、へし折られた角の横に、剣の半身が落ちていた。
大型飛竜に攻撃が通用しないわけではない。
良い武器で上手に戦えば勝機も見える。
それでも今の状態はピンチと言えるだろう。ハルカは自分の周囲に、棘のような形をした巨大な岩をいくつも展開させた。そうしてそれを増やす、増やす、増やす。
一撃で貫かなくてもいい。質量で相手を押しやってから、そのまま押しつぶす気だった。
そうしてハルカは、その場に巨大な壁が現れたかと思われるほどの大量のストーンバレットを生み出す。それはもはやストーンバレットと呼ぶべきようなものではなかったが、ハルカの中ではストーンバレットに違いない。
ハルカがそれを放とうとした時だった。
大型飛竜が突然背を向けて、わき目も振らずに逃げ出したのだ。まさか魔法に恐れをなしたのかと、一瞬思ったのだが、すぐにそうではないことに気付く。
何かの残像が見えて、空に浮かぶストーンバレットが、粉々に吹き飛んだ。それから突風が通り抜け、モンタナとアルベルトがそれに煽られよろめく。小石が舞い、顔まで飛んでくる。ハルカは腕で目元を防ぎ様子を窺う。逃げ出した大型飛竜のいた場所に、さらに大きな何かの影が見えた。
光沢を放つ黒い鱗。
何かを壊すことに特化した棘のついた尻尾。途中から少し細くなっており、その先は大きく膨らんでいる。
土煙が張れた直後その竜の口元が怪しく光った。
嫌な予感がしたハルカは、その目の前に先ほどと同じように幾つもの障壁を展開させる。間を置かずに開かれた口からまばゆい光が放たれた。
凝縮された破壊エネルギーが吐き出されたのか、爆発音とともに障壁がいくつも割れる。それでもそのブレスは、地面に届く前にその光を失った。
竜は忌々しそうな表情を浮かべる。これは比喩表現ではなかった。本当に感情があるように見える、そんな表情をしたのだ。
犬に突然吠えられた人が浮かべる表情に少し似ているように思えた。
凶器の形を持った尻尾が無造作に振られる。先ほどの大型飛竜と比べると、それは予備動作がなく圧倒的なスピードを持っていた。
だというのにハルカにはそれがスローモーションに見える。
ハルカは、これが死に際に脳が起こす錯覚なのかと思った。
このままだとその尻尾は誰よりも先に、ハルカにぶつかるはずだ。無数の棘が生えたそれは、体を貫き、恐らく止まることなくそのままアルベルト達に襲い掛かるだろう。
余計なことを考えている暇はなかった。
尾の進みがゆっくりと見えるのなら、その間にできることをすべてやるべきだ。
ハルカは再び障壁を浮かべる。
どんな形でもいい、固くて丈夫な材質を思い浮かべて、いくつもいくつも自分の身体と襲い来る尾の間に障壁をうかべる。
尾は止まらない。勢いがいくらか緩んだような気がしたが、障壁を割り続けながら、ハルカに身に迫ってくる。簡単に止められるとは思っていなかった。こんなことなら、ノクトに強い障壁のイメージをちゃんと聞いておくべきだったと思ったが、そんなことは今考えるべきことではなかった。
ハルカは覚悟を決めていた。
逃げるわけにはいかない。
丈夫な体と、この体に宿った力を信じるしかない。何もせずに逃げ出して、アルベルトとモンタナがこの尾に打ち据えられるのを見るくらいなら、先に自分が死んだほうがましだと思った。
迫りくる凶器に、ハルカは地面を蹴って体ごと思いきり体当たりをした。
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