二百五十一話目 縄張り意識

「なんにしても助かったぜ……。お前らも卵を取りに来たのかよ? なんか知らねぇが、飛竜共が大挙して巣穴に戻りやがった。今はやめておいた方がいいぜ」


 服についた土を払いながら、男は立ち上がった。

 無精ひげが生えており、体は良く鍛えられている。仲間たちと合流してお互いの無事を確認してから、またハルカ達に向き直る。


「っていうか、随分若い奴らだな。この辺は飛竜の巣だから気をつけろよ」

「そんくらい知ってるっての。あんたらこそ、あぶねぇからさっさと山降りたほうがいいんじゃねぇか?」

「言うじゃねぇか! ま、好きにしろよ。忠告通り俺たちはもう下山するぜ。卵はもう手に入ったからな。精々竜の糞にならないように気をつけろよ。行くぜ、お前ら」


 仲間たちに合図をして山を下り始めた男について行ったのは、足の速い男だ。大男と魔法使いは顔を見合わせて、何かを話し合った後、ハルカ達に話しかける。


「一応助けてくれようとしたみたいだし、いいこと教えてあげる。最近公爵領が飛竜の卵をものすごい高値で買い込んでるわ。お金稼ぎが目的ならそこに持ってくといいかもね! じゃ、がんばってねー、行くわよー!」


 魔法使いは大男の背に飛び乗って、その頭を叩く。


「お前さ、戦いの時以外は自分で歩けよな」

「いいからいいから、すすめー!」


 大男はぶつぶつと文句を言うが、魔法使いはそんなことを気にせずに、ばしばしと男の頭を叩く。


「そんじゃあな、ガキども。卵を盗むときは、昼間がいいぜ。大概の竜は日が落ちると巣に戻ってくるからな」

「はい、それではお気をつけて。ご忠告ありがとうございます」

「お、おう。なんだか調子狂うぜ」


 それきり振り返らずに冒険者たちは山を下っていく。背中が遠くなるのを待って、ハルカはほっと息を吐いた。


「……竜が帰ってきたのって、私のせいですよねぇ」

「だろーな。また戦いそこなった。こうなったらやっぱり大型飛竜のとこまで行くしかねぇな」


 アルベルトが先に歩き出したので、ハルカたちもそれに続く。




 イーストンの話によれば、大型飛竜は山頂付近に数グループいるらしい。生態は中型飛竜と変わらないので、日が出ている間に巣につけば、遭遇することもなさそうだ。


 飛竜たちは卵を産んでも、普段と違う生活パターンになることはない。それは卵が温めなくても勝手に孵化するからだ。また、卵を盗みに来るような天敵は人間位なものなので、常にそばにいて守っておく必要もない。

 それは大型飛竜でも同じなはずだ。


 巣を見つけて入りこむことさえできれば、卵を盗み出すことはそれほど困難ではない。


 ではなぜ、大型飛竜の卵が市場に出回らないのか。

 その答えは、大型飛竜の縄張り意識の高さにあった。

 彼らは縄張りの外に生きる者にはそれほどの関心を示さない。迂闊に縄張りに踏み込んでくるものが少ない時は、狩りの為にその外へ出てくるが、そうでなければ大人しいものなのだ。


 逆に言えば、大型飛竜は無遠慮に縄張りに踏み込んできたものは、そこから出たとしても執拗に追い回してくる。


 山頂に近い場所から、大きな塊がハルカたちに近づいてくるのが見えた。

 それは見る見るうちに大きさを増していき、やがてそれが竜の形をしていることが分かった。


「今度こそ俺が前に出る!」


 アルベルトが剣を構えて前に飛び出す。

 中型飛竜のものより低く重い咆哮が、空気をびりびりと揺らした。


 スピードを緩めずに突っ込んできた大型飛竜は、一番前にいるアルベルトに向けて、そのかぎづめを向ける。その一本一本が、アルベルトの剣ほどの長さがある。


 アルベルトが振りかぶった剣を、気合と共にそのかぎづめに向けて振り下ろす。

 金属のぶつかり合う高い音がして、砂埃が舞い、アルベルトの姿が見えなくなった。ハルカは息をのんで、アルベルトの姿を探す。

 大型飛竜もまた、勢いを殺されて、その場に高く舞い上がった。


 十メートル程先でアルベルトが吠える。


「くそ! 爪切れなかった!」


 擦り傷が少しあるようだが、体の不調はなさそうだ。

 空に浮かぶ大型飛竜は、口をがばっと開く。喉の奥が熱で揺らめいたのを見て、ハルカは叫んだ。


「ブレスです! 障壁を張ります!」


 竜の口の目の前に透明な障壁を三重にして展開させる。鉄の様な硬さと熱への耐性を想像したから、容易に破られるとは思っていなかったので、念のためだ。

 目の前にそんなものがあるとは気づかない飛竜は、そのまま火炎のブレスをぶちまけた。


 目の前に炎が広がり、面食らった飛竜は、さらに高度を上げて口をしっかりと閉じた。

 飛竜はここまで来て初めて、ハルカ達を獲物ではなく敵と認識した。


 ブレスが効かないと判断した飛竜は、再び高高度から速度を上げて一気にアルベルトの方へ舞い降りる。質量で地面に押しつぶそうとする動きを見て、流石のアルベルトも迎え撃つことはせずに、慌てて着地点から離れた。


 地面に降りてきて、改めで全身を見ると、とにかく大きくてものすごい迫力だった。

 ハルカは小型のジェット機の実物を見たことはなかったが、テレビで見たそれよりもまだ大きいように思える。

 それを見てから、前線に立つアルベルトとモンタナをみると、その姿が酷く小さく見え、とにかく心配で仕方がなくなった。


「アル! モンタナ! なんとかなるんですか!?」

「なんとかする! ハルカはとりあえずブレスだけ防いでくれ!」


 その直後に竜が、その場でぐるんと回るように尾を振った。全方位を鞭のようにしなる尾が通り過ぎる。間にあった岩が砕け、粉々に吹き飛んでいく。

 その中間地点にモンタナ、一番勢いの乗る最終地点にアルベルトがいた。あがった土ぼこりで二人の姿が見えなくなる。


 尻尾が最後まで振り切られたように見え、ハルカは慌てて前線へ走り出した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る