二百三十二話目 望む未来
果たして訓練でぼこぼこになったのは、アルベルトだった。
同格以上を二人同時に相手にして何となるはずがない。こっちを向けば、あっちに叩かれ、あっちを受ければ、こっちに叩かれで、それは訓練と言うより、ただ順番に殴られているようにしか見えなかった。
それでも意地になって何度も何度も挑んでいくものだから、そのうちイーストンの方が音を上げて「今日はもう終わり」と宣言をして部屋へ戻ってしまった。
宿の裏庭に寝転がったアルベルトに治癒魔法を使ってやる。
ハルカはかなり早い段階で、もうやめたらどうかと一度だけ言ったのだが、どうにも聞きそうになかったので、諦めて大けがにつながらないことを祈りながら見つめていた。
アルベルトは空を見上げてまま、むっと口を閉じたまま押し黙ってる。
自分だけ階級が上がるのが遅れて、拗ねていた頃の顔とそっくりだった。
ハルカは少し考えて、アルベルトの横に腰を下ろした。
モンタナもてててっと走ってきて、アルベルトを間に挟むようにして、地面に座った。
アルベルトが何も話し始めないので、ハルカはぼんやりとただ座っていた。
てっきりそのうちアルベルトが何かを言うのだろう思っていたが、意外なことに口火を切ったのはモンタナだった。
「冒険者の終わりは、英雄みたいなものばかりとは限らないです」
ハルカにはその言葉の意味が理解できなかった。しかし、隣のアルベルトは苦い表情を浮かべている。
モンタナの言葉は独り言のようだが、途切れることなく続く。
「依頼に失敗して落ちぶれる者もいるです。酷い怪我をして続けられなくなることもあるですね。街の外で魔物に食われる、
「……わかってんだよ、そんなの」
そこまで言われて、ハルカもようやく察しがついた。答え合わせのために、モンタナに尋ねる。
「エドガーさんは、冒険者でしたか?」
「胸元に冒険者のドッグタグが見えたです」
確かに雇われのような話を兵たちがしていたのを思い出す。
それから、自分たちが王国において、あまり歓迎されない存在であることもだ。
ハルカの身体は、どうしたら傷がつくのかわからないほどに丈夫だ。魔法も常軌を逸したレベルで使える。ダークエルフなのだとすれば、寿命も長いはずだ。
ハルカにとって、死はとても遠い存在だ。
そういった意味では、前衛で刃をくぐるモンタナやアルベルトの気持ちに迫ることは難しい。アルベルトが何にイラつき、何故無茶な訓練をしていたのか、ようやく、ほんの少しだけ理解することができた気がした。そして、それを察せられなかったことが、無性に悔しかった。
三人の間に再び沈黙が流れる。
蝶番が静かにきしむ音がした。
ハルカだけが振り返りそちらを見ると、そっと顔を出したコリンが、そのまま足音を消して、三人の方へ近づいてくる。口の前に人差し指を一本立てて、ハルカに喋らないよう促す。
こそこそと三人の傍まで寄ってきたところで、アルベルトが声を上げた。
「なんか用かよ」
「……なんだ、ばれてたんだ。脅かそうと思ったのに」
「バレバレだっての」
そう話しながら、コリンはハルカの横に座った。
「イースさんが戻ってきたのにみんなが戻ってこないから、心配して見に来たらさー、皆で並んで黙り込んじゃって。何してたの?」
「別になんもしてねーよ」
「アルのお悩み相談?」
「なんもしてねぇって言ってんだろ」
「お悩み相談です」
そう答えたモンタナのことを、アルベルトが睨みつける。
「今日倒した……、殺したエドガーさんって、冒険者だったんですって」
「へぇ、そうだったんだ」
コリンはそれだけ言って、少し黙り込んだ。それだけで多分、アルベルトの悩みを理解したのだろう、慎重に言葉を選んでいる風にも見えた。
ややあってから、明るい調子でコリン話し始める。
「私はさー、アルが凄い冒険者になるのを見るために、一緒に来てるんだよね。実力はドレッドさんに追いついてきたじゃん。あとはさ、もっとたくさん、皆が憧れるような冒険をしたいよね。それでいつか
「……拠点作ったって、遠征ばっかじゃ使わねぇだろ」
「でも欲しくない?」
「
「ふーん、じゃあ早く一級冒険者にならないとね。でっかい拠点作って、皆を驚かそうよ」
「拠点はともかく、訓練場はしっかり作れよな」
「わかってないなぁ。いい依頼を貰うにははったりも大事なの!」
ハルカを間において、幼馴染の軽快な会話が続く。徐々にいつもの調子を取り戻していくアルベルトを見て、幼馴染というものの偉大さを思い知った。
「ハルカもそう思うでしょ?」
「あ、ええ、はい。立派な建物は、交渉の時に相手に侮られにくくなるとは思いますが……」
「ほらぁ!」
「うるせぇな、好きにしたらいいだろ」
「好きにするもーん。ってわけで、全員が一級冒険者になるまでに、あと金貨1000枚を目標に頑張ろう!」
「はぁ?!馬鹿じゃねぇの!そんな大金どうすんだよ!」
「どうするって、だから拠点作るのよ。あとー、訓練場もしっかり作るんでしょ?魔法に耐える的とか結構高いし、消耗品だってあるし」
「そんなに稼がねぇと拠点もてねぇのか?」
「
だいぶ遅くなるまで続いた、どうなるかもわからないような将来の話は、窓から降ってきた「あの、うるさいんだけど」というイーストンの声で中断された。
次の日の朝、ノクトに拠点の値段を聞いたハルカたちは、驚いて口をぽかんと開けることになる。
その値段は、コリンが必要としていた額とは、桁が一つ違っていた。
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