百七十五話目 お帰りなさい
夕食は宿で食べるつもりだった話をすると、エリがギルドへの報告を終わらせて付いてくることになった。エリは報告に行く前にアルビナがいないことに気付いて顔を顰めたが、よくあることらしく、放っておけばいいと言っていた。
宿へ着く前に、トットが大きなホーンボアを肩から下げて帰ってくるのが見えた。相変わらずソロで活動をしているらしい。怖い顔をして歩いていたが、ハルカがいるのに気づくとクシャっと破顔して駆け寄ってきた。
そうなると少し年相応に見えるから不思議だ。土佐犬とかがじゃれついてきていると思えば、かわいらしいものである。
「姐さん帰ってきてたんすね!外行ってた間の話聞かせてくださいよ」
仲間たちもトットがハルカにすっかり懐いているのはよく知っている。ラルフがいない限りは攻撃的な言動も見えないので、食事に招くくらいは問題ないだろう。
エリの方をちらっと見ると「別にいいわよ」と言われたので、宿の場所を伝えてトットも食事に招くことにした。
「泥だらけなので、少し身ぎれいにしてから来るんですよ?」
最初の出会いが悪かったとはいえ、慕って傍に来てくれていたトットをハルカもかわいい部下みたいなものだと思っている。目を細めて笑いかけると、トットはどさっとホーンボアを地面に落として硬直した。
ぶるぶると顔を振る様子は犬が水を飛ばすときの仕草に似ていて、ハルカはまたくすりと笑う。
エリがコリンにこっそりと話しかけた。
「ねぇ、ハルカってあんなに表情変わってたかしら?」
「ふふふ、かわいいでしょ?」
「かわいいっていうか、やばいんじゃないの。変なのに目を付けられるわよ。ラルフとか」
「それはもう手遅れじゃないですか?」
トットはホーンボアを担ぎなおすと、慌てて走っていく。
「姐さん、すぐ行きますんで、待っててください!」
「転ばないように気を付けて」
トットを見送って歩き出すと、ノクトがいたずらっぽく笑いハルカを見上げる。
「人気があるんですねぇ」
「仲良くしてもらっています」
宿にたどり着くと、不機嫌そうにそっぽを向くアルビナと、両手を広げてハルカを待っているヴィーチェが立っていた。女性に、というか積極的に他人に抱き着くようなタイプではないハルカは、そんなことをされても戸惑うだけだ。
どうやらアルビナはハルカが帰ってきたことをヴィーチェに報告に行っていたらしい。ハルカのことを好きではないだろうに、帰ってきたのを見たら報告するように、きっちり調教されていたのだろう。
「あ、ヴィーチェさん、お久しぶりです。本日戻ってきました」
「……えい」
ハルカが抱きしめに来ないことを察したヴィーチェは、武闘祭参加者に勝るとも劣らぬスピードでハルカに突っ込んできた。無駄な本気と、人が突然抱き着いて来たことにハルカは一瞬身を引いたが、すぐに腰のあたりをホールドされていた。
胸に顔を押し付けられて、後ろに回された手で尻を撫でられて、全身に鳥肌が立つ。
「ほはえいあさい」
人の胸の中でしゃべるのはやめてほしい。助けを求めて周りを見るも、誰も手を貸してくれる様子をなかった。完全に諦めて空を見上げて時間が過ぎるのを待っていると、ヴィーチェがそのまま深呼吸してから、ようやく一歩後ろへ下がった。
そーっと視線を戻すと、顔がとろけて見るに堪えないものになっている。元々お嬢様然とした整った顔をしているのに、どうしてここまでエロ親父みたいになれるのかがわからない。
すぐにきりっとした表情に戻ったが、数秒遅い。
「帰ってきたらすぐに私のところへ来てくれるとばかり思っていましたが、ハルカさんは照れやさんですのね」
「すいませんでした……」
「恋人ですかぁ?」
「師匠、勘弁して下さい」
「あら、こちらの可愛らしい子は良いことを……」
かつてないほどのご機嫌顔でノクトを見たヴィーチェは、そのままカチンと動きを止める。
「はぁ?恋人ぉお?ヴィーチェ先輩がこの女の恋人のわけないだろ、この桃色おちびちゃんは何を言ってるんですかねぇ?」
アルビナが元気にノクトに顔を近づけ、ヤンキーの様にガンを付ける。ノクトはにこにこと笑っているが、こっそり自分の前に透明な障壁を張ったことにハルカは気づいていた。指がくいっと動いていたのだ。
ヴィーチェの腕が一瞬ぶれて、ゴッという鈍い音がして、アルビナの全身が弛緩する。
「あら、どうしたのかしら。急に眠くなったのかしら?」
犬猫を持ち上げるようにアルビナの襟首を持ったヴィーチェが、しらじらしく首をかしげる。そこにいる全員が、お前が殴ったんだろと思っていたが、誰も口には出さなかった。
彼女は片手にアルビナをぶら下げたまま、優雅に一度ひざを曲げて、ノクトに向けて頭を下げる。
「私、
「ご丁寧にありがとうございますぅ。ノクト=メイトランドですぅ」
「お会いできて光栄ですわ」
ニコニコと名前だけを名乗ったノクトに、ヴィーチェはそれ以上のことを何も言わなかったが、彼女は緊張した様子でもう一度軽く頭を下げた。
それを見たエリは目を丸くして驚いた。自分たちのリーダーがそんな態度をとるところをエリは見たことがなかったからだ。可愛らしい少年に見えるノクトがいったい何者なのか気になって仕方がなかったが、肝心の本人はにこにこして何も語らない。
ハルカを見ると目が合ったので、ふいっとノクトの方を顎で示すが、ハルカは困ったように耳を撫でるばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます