百六十二話目 お仕置き

 興奮が収まりきらないのか、未だ鼻息荒いアルベルトは、ぶつぶついいながら腕を動かしている。どうやら剣の軌道を確認したり、さっきの戦いの舞台に自分が立っていたら、どうしたらよかったかを考えたりしているらしい。

 今にも走って鍛錬をしに行きそうだったが、次の試合が控えているのでここで我慢しているようだ。


 いつもより遅い時間に始まった試合だったが、午前中には終わる予定だ。

 午後からは表彰式がある。

 ここでは武闘祭の表彰だけでなく、同時並行で行われていた、様々なイベントごとの表彰も行われるらしい。

 それが夕方には終わり、あとは本当にただのお祭りだ。

 食べて飲んで、受賞者を盛り上げて、ここ数日間の思い出を語り合い、楽しむだけの時間になる。


 決勝を待つ間あちらこちらで、アルベルトと同じように興奮した様子の子供たちが暴れては、親に窘められたり笑われたりしている。

 人に迷惑をかけないように静かに興奮しているアルベルトは、子供たちに比べるとまだ分別があると言えるだろう。


 ハルカはこっそりと障壁を作っては、破壊する作業を繰り返す。ばれないように訓練をしていたが、すぐにコリンに気づかれた。


「ハルカ……、何してるの?」

「え、あ、いえ、その、ちょっと訓練を」

「……ハルカって、会った時より子供っぽくなってない?」


 ハルカがなんと返すべきか迷っていると、コリンがハルカの尖った耳の先を触る。ジッとされるがままにしていると、しばらくつついて手を離した。


「ハルカの耳、触ってみたかったのよねー。触ってみると、そう自分のと変わらないわね。……別に困らなくてもいいわよ。今のハルカの方が前より魅力的」

「そー…‥、うですか」


 コリンに触られた耳を自分でも撫でながら、返答に窮して視線を彷徨わせた。ただ照れ臭くて誤魔化していたのだが、視線を彷徨わせていると、遠くの人ごみの中に、目立つピンク色の髪と角が見え隠れしていた。


 ハルカが照れている様子を見ながら笑っていたコリンだったが、その視線が一点にとどまったことに気付く。少し背筋を伸ばしてみると、くるっとした角が見えて、そこにハルカの師匠がいるのだということが分かった。


 彼との時間を取るようになってから、ハルカがまた少し明るくなっていると感じていたコリンは、ノクトに悪い印象は持っていなかった。

 何を考えているのかわかりづらいので、かわいい見た目の通りの人物だとは思っていないが、自分たちにとっては、付き合って損のない人物だと判断している。


 少し離れたところから、ずんずんとクダンが歩いてきて、道ができる。そのまま一人ぽつんと真ん中に残っていたノクトのそばにより、立ち止まることなく、腰の辺りの服を鷲掴んでハルカたちの方へ向かってきた。


 人がたくさんいるのに、回り道することなくハルカの元へたどり着き、ノクトが地面に下ろされる。


「ちょっとすいませんねぇ、ここいいですかぁ?はい、ありがとうございますぅ」


 何事もなかったかのように、よいしょと言って立ち上がったノクトは、そのままハルカの隣にいた人と交渉して、その席に腰を下ろした。

 クダンを便利なタクシー代わりとでも思っているのだろうか。


「そいつ一人で人の中にいると、攫われるかもしれないから、見といてくれ。お前は勝手に歩き回るな」


 ハルカたちに声をかけて、ノクトに念押しだけすると、クダンはすぐに立ち去っていった。まるでノクトの保護者である。


「随分と世話焼きね、クダンさんって」

「そうですねぇ。ただ今回の場合、僕のことを護衛するのも仕事の範疇みたいなので、気にかけているんですよぉ。あと今僕が攫われると、依頼されるのは一番近くにいる、知人であるクダンさんですからねぇ、面倒なんでしょうねぇ」

「あ、わかってて上手に使ってるってことなのね」

「ふへへ、そんなことないですよぉ」


 コリンの呆れ顔に何故か照れてツノを両手で擦るノクトだったが、コリンはそれに絆されたりはしなかった。

 ただし、周りにいる戦いにはあまり興味のなさそうなお姉様方の一部は、その仕草に夢中になっているようではあった。


 一方ハルカは、ノクトが来てから訓練をやめている。あれは見えないところでやって、爆発的な成長を見せるのがいいものなのだ。その見せるべき相手が横にいるので、一時訓練中止だ。


 コリンとノクトの間に、ぬっと影がさす。

 上からノクトを威圧的に見下ろしているのは、最近馴染みの顔になったオクタイであった。


「おい、ちょっとその席詰めてくれねぇか?」


 相変わらずのチンピラ具合で、わざわざいかつい顔を作ってノクトに凄む。当然席を譲ってもらえるものだと思っていたのだが、どうもその少年はニコニコと笑顔を浮かべたまま。動き出すようすがまるでない。


「あっちの方が空いてますよぉ」


 少し遠くの空いている席を指差して余裕の表情を浮かべたのをみて、オクタイは眉間の皺を増やして、顔を寄せた。


「あ?俺はそこ詰めてくれって言ってんだよ」

「僕はそこが空いてますよぉ、って言っていますよぉ」


 額に血管を浮かばせたオクタイが、さらににじり寄ろうとすると、それが見えない何かに阻まれる。


「ちょっと近いですねぇ」


 ノクトが人差し指をすいっと何度か振ると、半透明な桃色の壁が四方上下を囲った。ついーっとノクトが指を半円を描くように動かすと、オクタイの体が空中で真横を向いた。

 そのままゆっくりとオクタイの入った障壁の箱を地面に下ろしたノクトは、その上に足を伸ばして乗せる。


「いい足置きができましたぁ。ハルカさん、師匠のピンチは助けないとダメですよぉ」

「……助け、いりましたか?」


 オクタイは何かを喚いているが、外にその声が漏れてこない。しばらくそのまま放っておかれると、オクタイの顔色がだんだんと悪くなってきて、ばんばんと障壁を叩き始める。

 そうなって初めて、ノクトはオクタイの頭上を塞いでいる障壁を、蓋を開けるように動かした。


 ゼーゼーというオクタイの呼吸音が聞こえてきて、ノクトがそれをみながら話しかける。


「そこで静かにしているなら、ここは開けておいてあげます。騒いだらまた閉めますよぉ。わかったらうなづいてくださいねぇ」


 オクタイが怒りの形相で動き出そうとした瞬間、ノクトはまた天井の蓋を閉める。


 それを三度繰り返し、結局オクタイは憤懣やる方ない表情のまま、黙ってノクトの足置きにされていた。

 ノクトは満足げにうなづいて、再度オクタイに話しかける。


「試合が始まったら縦にしてあげますからねぇ」


 オクタイは何かを言い返そうとしたが、その瞬間についっと動いた指を見て、歯軋りすることでそれを堪えた。












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