百六十一話目 準決勝

 意外なことに先に仕掛けたのは、大槌のシーグムンドだった。

 もう一歩届きそうにない距離から、その槌を両手で大きく振りかぶる。

 ナーイルは怪訝な顔で、一歩だけ距離を取った。


 その大ぶりの一撃をすかして反撃をするつもりだったが、迫りくる威圧感に、一瞬槌の位置を目視し、すぐさま膝の力を抜いて地面に座り込んだ。

 頭上を重い風切り音が通り過ぎ、風圧だけで体が揺れる。揺れたついでに外聞を憚ることもなく、ごろごろと転がって、その場から離脱した。


 転がり終えて立ち上がると、シーグムンドは槌を大上段に振り上げて止まっていた。あのまま転がっていたら、頭上にそれがぶち込まれたのではないかと思うと、ナーイルの背に冷汗が噴き出した。


 少し疑いながら、彼我の距離が十分にあることをじっくり確認して、服の汚れをはたいて、やや乱れた呼吸を整えるために減らず口を叩く。


「あんたこの大会は殺したら失格なんだけど、知らなかったのかな?」

「まともな武人なら死にはしないだろう」

「言ってくれるじゃないか」


 無口な男なのかと思えば、随分な嫌味を返された。

 あれで死を感じるくらいなら、碌な武人ではないと言われているに他ならない。

 いつも飄々としてはいるが、ナーイルも力に自信のある武人だ。そういわれて黙ってはいられなかった。


 ぎりっと奥歯をかみしめながら、顔には笑顔を張り付ける。


 左手をぐっとさげ、切っ先を相手へ向ける。


 前の試合で自分がやられたように、肩の靭帯に傷をつけて両手を使えなくするのが目的だ。

 身体強化魔法で自身の左側を重点的に固める。

 シーグムンドの最初の一撃は大概が右から左へ向けてだ。一撃耐えれば、その後はどうにでも料理できる。


 走り出すナーイルをみて、シーグムンドも体を捻り、右肩の後ろへ槌を持ち上げた。


 突き出された剣は吸い込まれるようにシーグムンドの肩をついた。

 そして同時にナーイルの左肩に外から衝撃が走る。脆い骨を守るために、わざと丈夫な部分で攻撃を受けたのに、身体が浮き上がる衝撃だった。

 確かに相手の肩に傷をつけたが、ここで剣を手放してはこの後勝つことができない。

 衝撃で体を飛ばされながら、ナーイルはしっかりと剣の柄を握り手放さなかった。


 ダメージを受けた直後に全身を身体強化魔法で固める。

 出来るだけ背中で衝撃を受けるつもりだったが、受け身が上手くいかないこともあるからだ。


 空を浮き吹き飛ぶ時間が思ったよりも長い。

 ようやく地面に跳ねてワンバウンド、まだ止まる様子はない。

 剣を持っていない左手を動かそうとして、まるで言うことをきかないことに気づき舌打ちを一度。

 そして体がまた跳ねる。


 空中で無理やり体勢を直して、右腕で剣を地面に突き立てた。無理やりブレーキをかけるが、それでも体がまだ滑る。

 後ろを見ると場外が迫っている。


「くっそ!!」


 普段なら絶対言わないような汚い言葉を吐いて、足に無理やり力を入れて場外ぎりぎりで踏みとどまる。

 一瞬ホッとして、いざ反撃と顔を上げたとき、目の前に大きな影があることに気付く。

 確認もせずに横薙ぎした剣が金属音と共に止められる。


「ルールなら理解しているとも」


 額を何かで強くつつかれて、バランスを崩したナーイルはそのまま空を仰ぐように場外に倒れた。

 見上げると、シーグムンドが左腕をだらりと下ろして、右腕だけで器用に槌を回転させて、その柄の先を地面にどんと突き立てる。


「片手で扱えない武器など使うものか。だがなかなか強い、お前の名は?」


 はじめて興味を持ったように尋ねるシーグムンドに、ナーイルは腹の底から笑いが込み上げてきた。いつか絶対にリベンジしてやろう、そう思いながらも悪い気がしなかった。


「ナーイルだ。ルールを聞いてるなら選手紹介くらい聞いておけ」

「シーグムンドだ」


 自分の名前だけを告げてさっさと退場していったシーグムンドを見送ると、ナーイルはクシャっと顔を顰めて、動く方の右腕で目元を覆う。


「知ってるさ、くそ!なんだっていうんだ、悔しいじゃないか……」


 場内には万雷の拍手が鳴り響き、彼のその言葉は誰にも聞かれることはなかった。





「うおおおおお、かっけぇえええ、シーグムンドかっけぇええええ!」

「うわぁあ……」


 叫んでいるのはアルベルトで、感嘆の声と共にぱちぱちとひときわ大きな音で拍手をしながら目を輝かせているのがハルカだ。音がでかすぎて、たまにぎょっとした人がハルカの方を向いて、自分の目をこすっている。モンタナも小さな体を目いっぱい動かしてぱちぱちと拍手をしている。一緒に尻尾も、したんしたんと椅子を叩いていた。


「確かにいい試合だったわよ、でもそこまで横で盛り上がられると、盛り上がりづらいのよね、こっちは」


 おざなりに拍手をつづけながら、横目で仲間たちを見てつぶやくコリンの言葉も、やっぱり誰にも聞かれなかった。






 そんな盛り上がった試合のしばらく後。

 レジーナの目の前に足を震わせた少年が立っていた。


 少年は小さな声で何かを言っているようだったが、よく聞こえずに舞台の上にいる審判が、それに近づいていく。


 レジーナはぶんぶんと愛用のこん棒を振り回しているが、少年はそれの勢いを見て顔を真っ白にして、歯もがちがちと鳴らしている始末だ。


 審判が近くによると、少年は悲鳴を上げるように、少し高い声で叫んだ。


「き、き、き、棄権しますぅ!!」


 酷いブーイングが起こるのではないかと思った会場だったが、誰もが虐殺現場を見たいわけではない。

 多少のざわつきは見えたが、ふるえてまともに歩けもしない少年に文句を言うくらいですんでいる。暴動が起こるほどの問題は起きそうになかった。



「あのー、あの子って予選の時舞台の端で震えていた子ですよね?なんで今ここにいるんですか?誰に勝ったんです?」

「あー、ほら、一回戦が棄権した選手だろ。んで二回戦がイースってやつで不戦勝」

「なるほど、そんな偶然あるんですねぇ」

「あれで三位なんだもんねー、賞金いっぱいもらえるわよぉ、羨ましい。私も出ればよかった」


 コリンが口をとがらせて文句を言う。

 アルベルトが呆れたようにそれを見ながら、ぶっきらぼうに言う。


「出りゃよかっただろうが」

「嫌よ、怪我したくないもん」

「どっちだよ……」


 トラブルは起こったが、結果的に決勝戦は予選からバチバチに戦っていた二人が対戦することになった。

 今会場は棄権した少年のことより、その勝敗の話で一気に盛り上がりを見せていた。


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