百五十九話目 訓練のやり方

 ハルカは目の前に障壁を浮かべて、中指でコツコツと叩いてみる。

 昼間訓練しているときにはノクトが作ってくれていたので、実はどれくらいの強度の物だったのかがわからない。

 少し悩んでから、後ろで騒いでいる二人組に試してもらうことを思いつき、声をかける。


「アル、オクタイさん、障壁魔法の強度を試してほしいんですが」


 二人が言い争いをやめてハルカの方を向いた。

 オクタイがニヤッと笑う。


「よぅし、障壁割りで勝負しようぜぇ」

「望むところだ!」

「あ、いえ……。まぁいいですかね」


 障壁がパンチしたら割れるくらいの強度で出来ているか、確認してほしかっただけなのだが、勝負のだしにされてしまった。付き合ってあげて、その中で強度の確認をすればいいかと思いなおす。


 同じ強度の障壁を浮かべて、二人の前に浮かべてやる。

 ノクトが障壁の色を自分の髪の色と同じにしていたので、真似して銀色で半透明なものを浮かべてやる。中々見栄えも悪くない。


 掛け声とともにそれを叩かれると、ガラスが割れるようなエフェクトで、それがパラパラと散る。

 オクタイがカカカと笑ってガッツポーズした。


「どうやら障壁魔法は大したことないらしいな!」

「あ、いえ、今強度の調整をしてまして、段々堅くしていくのでご協力お願いいたします」

「……おう」


 ハルカに少しでも勝てるところがあったのが嬉しかったようだが、その言葉を聞いて、不満そうに頷いた。


「では、ちょっと強度を上げてみます」


 イメージとしてはノクトが作ったものより、幾分か堅いものだ。うまくいけばこれで訓練をするつもりでいる。ノクトが出したものより難易度を上げて訓練をすることで腕を上げて、次に訓練を見てもらったときに褒めてもらうつもりでいた。


 二人がそれに向けて気合を入れて拳を叩きつける。

 そして二人同時にその場にしゃがみこんだ。

 どちらも割れずに、拳を少し痛めたようだ。


「ハルカ……、ちょっとって言ったじゃんかよ……」

「すいません、調整失敗したのかもしれません」


 涙目で見上げるアルベルトに、ハルカは苦笑して答えた。

 少し離れたところにいたコリンが興味深げに寄ってきて、障壁を表裏から覗き込む。


「ふむふむ、なるほど?」


 そうしてポケットに手を突っ込んで、グローブを取り出し、右手に装着した。ナックル部分や、手のひらの部分に手の動きを遮らないように、鈍く光る金属が取り付けられている。


「私も試してみよっかな」

「ちっ、無理に決まってんだろ、おー、いってぇぜ……」


 オクタイは自分の右手をさすりながら、ヤンキー座りで悪態をついた。

 コリンは足を肩幅程度に開き、左手を前に、右手を腰のあたりにひいて、ぴたりと動きを止めた。姿勢は様になっていて、独特の気配を感じる。


 空気を鋭く吐く音がして繰り出された右こぶしは、障壁にぶつかり、すぐに元の位置へ戻った。

 障壁にひびが入り、真ん中から二つに割れるようにして崩れ落ちる。


「嘘だろ、おい」

「……嘘じゃねぇよ。俺武器持ってなきゃこいつに勝てねーもん」


 口をぽかんと開けたオクタイに、苦々しい表情でアルベルトが突っ込みを入れる。


「お前のパーティ、後衛の方が近接戦強いんじゃねぇの?」

「流石にそれはねぇよ、長物もったらコリンには勝てるっての」

「こいつは?」


 オクタイがにやにやとハルカを指さすと、アルベルトはイラっとしたのかその指に向かって無造作に手を伸ばす。

 オクタイは慌てて手を腕ごとひいて立ち上がった。


「てめぇ、又俺の指折ろうとしやがったな!」

「うるせぇ、ばーか!お前だってハルカに勝てねぇだろうが!」

「はいはい、もう寝てる人もいるんですから、喧嘩は静かにやりましょうね」


 いちいち止めるのも面倒になってきたハルカは、その横を通り過ぎてコリンの下へ向かう。


「コリン、近接戦も強かったんですね」

「まぁね、見直した?」

「えぇ、驚きました」


 ふふんと胸をはるコリンは、ハルカを驚かすことができてうれしそうだ。それで満足したのか、グローブをポケットに突っ込むと、最初に行っていた型の稽古を始める。

 武道を習ったことのないハルカには、それがどんな意味を持って行われている動きなのかはわからない。しかしいかにもそれっぽい動きは、とてもカッコよく見えた。


 ハルカを怒らせることを恐れたのか、二人も喧嘩をやめたようだ。

 アルベルトは素振りをはじめ、オクタイは宿へ戻っていく。


 それぞれが訓練し始めたのを見て、ハルカも先ほどの障壁と、その先に脆い障壁を一枚浮かべた。

 それを割る訓練を繰り返して十数分経った頃、素振りを一度やめたアルベルトに横から声を掛けられる。


「なぁ、ハルカ」

「なんでしょうか?」

「お前、魔法使いだよな。魔法の訓練はしなくていいのか?」


 ハルカは障壁を二枚貫通させて、動きを止めて考える。

 普通は自分の戦い方をより効率化したり、能力の向上を図るのが訓練だ。

 元から持っている力を制御するのは、確かになんだか違う気もする。


「……明日ノクトさんに、魔法の訓練の仕方を聞いておきます」

「別にいいけどよ、一応パーティだと後衛だからな。気になったんだよ」

「ありがとうございます、完全に力加減の訓練だけをしていました」

「なんで魔法使いに師事して、力加減の訓練の仕方だけ聞いてくるんだよ、おかしいだろ」


 アルベルトのぼやくような指摘に、ハルカは返す言葉もなく、視線をそらして自分の耳を撫でた。

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