百五十六話目 みんなと一緒に晩御飯
「何をしてたか知らないけど、夕食の時間になっても帰ってこないんじゃ心配するでしょ!」
「面目ないです……」
年下の少女に怒られて、中身四十代のおじさんは項垂れた。
「お昼は食べたの?」
「茶菓子を少々」
「ちゃんと食べなさいよね。食べるの好きでしょ」
「はい、おっしゃる通りで」
反論もせずにただ謝られ続けると怒る気力もなくなってくるのか、コリンはやりづらそうに黙り込んだ。
遅くなってもまだ開いている屋台は、昼間ほどではないが繁盛していて、通りはまだ賑やかだ。
肉を焼くにおいが漂ってきて、ハルカの空腹感を刺激する。
小さな音でお腹がくーっとなったのが分かった。
自分で思っていたよりお腹が減っていたようで、身体は正直だった。
コリンと横並びで屋台を眺めながら歩く。
「そんなに屋台見ながら歩くぐらいなら、途中で何か食べればよかったのに」
「ホントそうですよねぇ」
あんなふうに時間も忘れて何かに取り組むのは、本の世界に入りこんで読み漁った小さな頃以来だ。
一生懸命に訓練するあまり忘れかけていたが、ナーイルが言っていた件を仲間に話さなければならなかった。
「そういえば、皆に相談したい大事な話があったんです」
「ふーん、ご飯食べながらでいいの?」
「ええ、でも人に聞かれない方がいいような話です」
「そ、じゃあ屋台で何か買って、部屋でみんなで食べながら話しましょ?おなか減ったんでしょ、寄り道して先に少し食べたらいいじゃない」
「それは……、待たせてるのに悪いかなって……」
「いいから食べなさいよ、さっきお腹の音聞こえてたわよ」
ハルカはお腹をさすり、ちらっとコリンを横目で見る。
コリンも同じようにハルカを見て、笑っていた。
「待っててあげるから皆の分選んで買って来てよね。ほら、早く」
背中をとん、と叩かれて、ハルカは屋台に向かって早足で歩き出す。まずは並んでいる間に食べられる串焼きを一本買おうかなと、炭と肉の香りのする屋台に足を向けた。
コリンは最初に自分の食べるものを買いにいったハルカを見て、遠くで一人で笑っていた。
「というわけで、今日は一日力加減の練習をしていました。これで次にアルを試合に送り出すときには、背中を叩いて気合を入れてあげられます」
「そんなことのために一日中訓練してたのかよ……」
得意げに宣言をしたハルカに、あきれた口調でアルベルトが答えた。
部屋の床に車座になって、ハルカの買ってきた屋台の食べ物を食べながら、まずは今日一日あったことを報告し合っていた。
大事な話があることはあらかじめ言っていたが、食事の時にまじめな話をしてもつまらないからというコリンの提案で、お互いの話をすることになったのだ。
「そんなこととは何ですか。私もアルベルトに気合を入れたかったんです。ちょっと自信はないですが、一度試させてもらえますか?」
アルベルトは、じりじりと尻をずらしてハルカから距離を取る。
「ちょっと自信がないのに俺で試すな」
「大丈夫です、ちょっと失敗しても治癒魔法の勉強もしてきましたから」
「おい、こいつ特級冒険者の悪いところばっか学んできたんじゃねぇのか?!大丈夫かよ、あのノクトとか言うやつ!お前らも笑ってないで止めろ!」
モンタナは口にものを詰め込んで、物を食べるのに一生懸命ですよみたいな顔をして、興味深げに、少し楽し気に二人を見ている。コリンに至っては指をさして笑っていた。
「よぅし、ハルカ!訓練の成果を見せてよ」
「ダメだからな、絶対ダメだからな!」
煽るコリンに、本気で身を引くアルベルト。
ハルカは二人を見てから、少し寂しい顔をする。
「ちゃんと訓練してきたので、大丈夫ですよ、多分」
「その多分が怖いからやめろって言ってるんだよ!せめて自分が完璧だと思うまで俺で試そうとするのやめろ!」
「……そうですね。今日から毎日訓練することにしましたから。アルが訓練してるときは一緒に横でやります」
「……お、おう」
妙に素直に引き下がったハルカに、アルベルトは拍子抜けして、そろそろと元座っていた場所へ戻ってきた。
ハルカもこれからまだまだ機会があるのだから、いいかなと思って身を引いたのだ。少しわがままを言った時に、相手がどんな反応をするのか、それが見てみたかったのもあった。そしてそれを知れてハルカは満足していた。
そうか、ちょっとわがままを言ったり、少し冗談を言ったくらいで、すぐに嫌な思いをさせたりはしないんだ。
自分が彼らの仲間で、冗談を言ったりまじめな話をしたりして、一緒にいて当たり前の存在になれていたことが、前よりしっかり理解できた。
ハルカは、きゅーっと口を結んで下を向き、感動してしまっている自分の表情を隠した。
黙り込んだハルカを見て、三人は黙って様子を見る。
しばらくそうしていると、アルベルトが頑なに断ったせいで、ハルカが落ち込んだんじゃないかと思い始めたコリンがアルベルトの腕をつつく。
アルベルトが俺のせいじゃないと睨み返すと、反対側からも、食べ終えた串でモンタナからつつかれる。アルベルトはそちらにも、視線を向けて首を振るが、両側からツンツン、ツンツンとやられてついに立ち上がった。
そうして勇気を出して、ハルカに一言言おうとしたときに、ハルカが照れくさそうな、今まで見せたことのない笑顔を浮かべて顔を上げた。
「あの、私皆さんと一緒に冒険者になれてよかったなと、今日改めて思ったんです。……これからもよろしくお願いします。…………あれ、アルはなんで立ってるんですか?」
「……なんでもねぇよ」
アルベルトが照れ隠しなのか、乱暴に座ってそっぽを向いた。
「俺も思ってたより好調に、楽しく冒険者ができてるから、あの時誘ってよかったと思ってる」
「珍しいわね、正直にそんなこと言うなんて。でも私もパーティに恵まれたと思ってるかな」
皆が少し気恥ずかしそうに視線を合わせない中で、モンタナがにへっと笑う。
「僕もですよ」
視界の端でそれをとらえた三人は、見間違いではないかと慌てて顔をそちらに向けたが、その時にはモンタナはいつもの表情に戻っていた。
一斉に見つめられたモンタナは、それを気にした様子もなくて目をぱちぱちとさせてハルカに話しかける。
「確かに大事な話です」
「……あぁ、大事な話ではあるんですが、これは私の個人的な大事な話ですね。実はユーリに関する大事な話があるんですよ」
「ですか、じゃあその話するですか」
モンタナはハルカに話の続きをうながす。
実は表情が緩んでしまったことが恥ずかしく、早く次の話題に移ってほしいと思っていたモンタナであった。
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