百五十三話目 ロージィナイトメア(※めちゃくちゃ痛い描写あり)
ハルカは顔が引きつっていることが自分でも分かった。
明らかに骨がぐちゃぐちゃになっている右腕と、ノクトの顔を交互に見て、確認をする。
ノクトが手際よくその男をベッドの四肢にロープで固定していく。男も少し不安そうな顔をしてそれを見ていたが、今から治してもらえると信じているから抵抗もしない。
「これ……、この腕をまっすぐにするんですか?どうやって?」
「どうやってって……、手でつかんでぼきぼきってやるんですよ?」
「ぼきぼき……??」
脳が理解することを拒否して、言葉を復唱することしかできなかった。つまりこの解放骨折部や、そのほかこまごました部分を強制的に通常の状態に戻せということになる。
何かを言おうと口を開いた男の口に、ノクトがそのまま清潔な布で猿ぐつわをかませた。
「ご協力ありがとうございますぅ。舌嚙んじゃうと大変ですからねぇ。あ、見た目だけしっかり戻してくれればいいですよ。うまく戻らなかったら、一度砕いちゃっていいですからねぇ。僕だと非力なので難しいですけど、」
砕いちゃっていいです、と言ったあたりで、男が何かをわめきながら首を振っている。多分やっぱりやめろとか、そんなことを言っているようにも思える。
「さっさとやってくれ、だそうです。僕だけだったら選択肢なく戻す治癒魔法を使っていたんですが、ハルカさんがいたので助かりましたぁ。良かったですねぇ、シュオ=ランさん、骨がとっても丈夫になりますよぉ。ハルカさんも丈夫になるイメージで治してあげて下さいねぇ」
ハルカは確かに今このシュオと心で通じ合っているような気がしていた。シュオが何かを訴えるように、わずかな希望にかけるように自分の方を見つめているようにしか思えないのだ。
「あの……、やっぱり痛くない治癒魔法にしてあげませんか?」
「ハルカさん……、男の人が一度決めたことをこっちの都合で勝手に変えてはいけませんよぅ」
「で、では、せめてもう一度確認をしてみるとかいかがでしょう?」
ノクトは腕を組んで少し考えるようにしてから、首をゆっくり振った。
「早く終わらせてあげましょう。待たせるほど恐怖が増えていくというものです」
どうぞ、と清潔な布を渡されて、ハルカはシュオの顔を見つめた。ムオムオと何か言葉にならぬことを訴えている。もう一度ノクトを見る。
「仕方ありませんねぇ……」
ノクトの言葉に二人が希望を見出した。もう一枚清潔な布を自分の手に取って、ノクトがシュオに近づいていく。
「僕がまず見本を見せてあげます。非力なので、もしかしたら時間がかかって余計痛いかもしれませんが、我慢してくださいねぇ」
ほんの少しのためらいも見せずに布越しに、飛び出た骨に触れて、ノクトが「えい」と気の抜ける掛け声を出して、そこを押した。思わずハルカは目をそらし、シュオが布越しに咆哮する。
「えい、あれ、やっぱり力が足りないかな、もうちょっと、えいっ、あれぇ……」
ノクトの「えい」という掛け声の度に男の咆哮が聞こえ、ハルカはこらえきれずにノクトを後ろから抱きかかえて持ち上げて、一度男から離した。
「え、もうちょっとでできると思うんですがぁ、あと何度か試せば多分ですがぁ」
「わ、わ、私が、私がやります、私が」
くるりと回ってノクトをじぶんの後ろに下ろし、ハルカは男の腕にふれる。男は震えて涙を流しながら、ハルカに向かって頷いた。ひと思いにやってくれと言う意思だと判断したハルカは、腕にゆっくり触れる。
強く願ってその勢いのまま、手に力を籠めると骨が砕ける音がして、腕がぐにゃんとなった。
「ぁあ!」
やばい、と思って男の顔をばっと見る。
男は泡を吹いて気絶していた。
申し訳ないが今のうちに、と思い、目をそらさずになんとか男の腕をまっすぐに伸ばす。ところどころ軟体動物のような触感になってしまっていて、ハルカは今にも吐きそうな気分だった。
ただここで倒れたら痛がらせ損だ。
彼の腕がもっと強く、もっともっと丈夫に。二度と怪我をしなくて済むように治りますように。
治療室内に眩い光が広がり、徐々に収束する。
光が消えたあと、そこには男の腕がきちんとした形で存在していた。元の腕よりやや浅黒く、たくましくなっている。
ハルカはよろよろと歩いて、丸椅子に座り込んで脱力して息を吐いた。おぞましい経験だった。多分あの、自分の手の中で骨が砕ける感触は一生忘れない。
「うん、上手にできましたねぇ」
とんとん、と指先でシュオの腕をつついてから、ノクトが彼を拘束していたものを外していく。拘束していた部分に深い擦過傷ができている。
ノクトは無詠唱で腕以外の怪我を治していき、それが終わると溜めてあった水で手を洗い、席に戻ってくる。
それを見ながらハルカも魔法で水を出して、自分の手を濯いだ。
「ただ、うーん、想定していたより腕が丈夫になっているような気もしますねぇ。その辺のことはまた起きてから確認してみましょうかぁ」
精神的な疲労が大きかったハルカは、涙目になりながら黙って頷く。混乱して勢いでやってしまったが、やっぱり普通に直してあげたほうがよかったんじゃないか、そんな考えが繰り返し頭をよぎる。
ばさっとシュオにかけられていた布の落ちる音がした。
ベッドで起き上がるなり、飛び降りて臨戦態勢になった男は、部屋の端まで飛びずさり、ノクトを見ながら叫ぶ。
「悪魔かてめぇわ!!!殺す気かこの野郎!」
「治す気でしたよぉ、治ってよかったですねぇ」
「てめぇ、このうすばかがこらぁ、名を名乗りやがれ、ぶっ飛ばしてやる」
「ノクトですよぉ。自分で選んだ治療法なんだから文句を言わないでくださいよぉ」
「ノクト……、特級冒険者の【
「二つ名なんて照れますねぇ」
突然怯えるように態度を変えたシュオは、ノクトから出来るだけ距離をとって、壁伝いにドアまでかさかさと歩いて行き、勢い良くその身を外へ出した。顔だけずぼっとドアの間から出すと、ハルカの方を見て、言い捨てていく。
「助かったぜ別嬪さん、そこの【
えへえへと照れて笑うノクトは、どうみても悪夢と呼ばれる人物には見えない可愛らしい獣人だったが、ハルカはその笑顔が少し恐ろしくなった。
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