百三十五話目 教授
「実は治癒魔法と一口に言っても、いろんな種類があるんですよ」
試合が終わって患者来るまではすることがなかったので、ノクトが治癒魔法講座を始めてくれた。
「魔法と言うのはイメージです。治癒魔法を使うときにいろんなイメージをもって行うと思います。漠然と奇跡で治る、元に戻す、肉体の力を強める、身体を作る。僕は元に戻すことをイメージして治癒魔法を使用しています。どんなイメージを持って治すかによって、術者にかかる負担は異なってきます」
ノクトの説明は今まで聞いた話とは少し異なるように思う。魔法と言うのは詠唱によってイメージを固定化して発動させるものであったはずだ。
ノクトが目を閉じて人差し指をフリフリさせながら説明を続けているので、質問はしないで黙って聞く。
「本人にあったイメージを持つことが大事ですね。そしてどこにイメージを寄せるかによって、出る結果も異なります。ファイアアローの爆発力が人によって異なるのと同じように、治癒魔法による治り方も異なります。治癒に痛みが伴うこともあれば、患部が温かくなることもあります。一瞬で元に戻るものもあれば、じわじわと怪我が塞がっていくものもあります。僕の使う治癒魔法の場合は、壊れたものが元に戻るようにして治ります。ハルカさんはどんなイメージをしていますか?」
「私の場合は……、自然治癒を加速させるようなイメージです。あ、でも急を要したときは、元に戻るように願って治したこともあります」
「なるほど、その時に体にかかる負担の違いは感じませんでしたか?」
ハルカは返答に詰まる。
今まで魔法を使って体にかかる負担を感じたことがない場合は、一体どう答えるべきなのか悩んでいた。
ノクトはハルカの返答を黙って待っている。明らかに何かを言い淀んでいるのをわかっているはずなのに、ただ待っている姿を見て、ハルカは首を振って反省した。
相手を信じると決めたのに悩むようなことではなかった。
こういうのが自分の良くないところなのだと思う。
「私、魔法を使う時に、身体に負担を感じたことがないんです」
「ほんの少しも?」
「はい」
ノクトはコップを両手で包んで考え込む。
ハルカは彼の返事をドキドキしながら待つ。普通ではないということを、自ら他人に話すのは初めてだ。どんな反応が返ってくるのか恐ろしくもあった。
自分では気づいていなかったが、少し顔色も悪くなっている。
ノクトは湯飲みから視線を上げてハルカの顔を見て、笑いかける。
「大丈夫ですよ、そんな心配そうな顔をしなくても。ひとまず考えるのは後にしておきます。不安にさせてしまったみたいですからねぇ」
「あ、いえ、そんな」
「たくさんの人と関わって長く生きてますから、不思議なこともたくさん見てきました。あなたが何を言っても急に態度を変えたりしませんよ。小さな子みたいな顔をするんですねぇ、あなたは」
しどろもどろの返事をするハルカを見て、ノクトは立ち上がってハルカの横まで歩いてきた。
「あなたは仲間にも恵まれていて、力もあって、容姿も美しいです。何があなたをそんなに不安にさせているんでしょうねぇ……。一度お話はやめて、あなたの力を見せてもらったほうがいいかもしれませんね」
「……すいません」
「謝ることはないですよ。ほら、元気出してください。僕は障壁魔法も得意だと言いましたね?それを使って身体強化の強さを見てみましょう。はい、じゃあこれを攻撃してみてください」
ノクトの横にピンク色のフィルムのようなものが浮かぶ。
透明でガラスのようにも見えるが、厚さがわからない。
少し気持ちが沈んでいたが、見たことのない障壁を見てそれに興味がそそられる。
「色を付けてみました、かわいいでしょう?」
「触ってみても?」
「いいですよ」
表面に指先でそっと触れると、感触は堅い。
手のひら全体で少し力を込めて押してみると、ぐぐっと跳ね返されるような動きをしてきた。
「障壁って、こんな感触なんですね」
「いいえ、これも人によって異なりますよ。ただ固いだけの人もいますし、びよーんって伸びる人もいます。僕は僕が思う一番衝撃を吸収してくれそうな柔らかさにしてあるんです!自信があります」
小さな体を目いっぱい逸らして胸をはる姿は、とても年上とは思えない可愛らしさがあって、見てて微笑ましい。少し元気が出てくる気がした。
「そういえばノクトさん、今詠唱をしていませんでしたね」
「あぁ、詠唱って別にイメージさえきちんとできていれば本当は必要ないんですよ。でも求める効果を均一に出したいなら、慣れないうちはやっぱり詠唱したほうがいいですねぇ」
「詠唱破棄ですか?」
「そう呼ばれているそうですね。普通は詠唱したほうが術者への負担は少ないです。ただ僕みたいに使う魔法が限られてると、同じものばかり使いますから、詠唱してもしなくても、かかる負担はそれほど変わりませんねぇ。というわけで、さぁ、思いっきり叩いてみてくださぁい」
トントンと障壁を指先で叩いて、ノクトはハルカに攻撃を促した。
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