百三十四話目 師匠?

 色々と考えなければいけないことが山積みだった。

 ハルカは顔を上げて、ノクトを見つめる。

 この人をどこまで信用して、何を話していいのかで悩んでいた。

 個人的な考え事は後でもできる。

 今は答えをくれる人が目の前にいるのだから、その機会を無駄にするべきではないと考えていた。


「ノクトさんは……、なぜ狙われるのがわかっていて、優秀な治癒魔法士であることを公表しているんですか?」


 まずは相手について知ろうと思った。そうでないと彼の人となりがわからないまま、あれもこれもぺらぺらと話してしまいそうだった。


 ノクトはテーブルの上に両手を乗せて、組み合わせる。少し目を伏せて考えてからハルカの質問に答える。


「僕は、僕に与えられた力を存分に活用しようと思っているから、ですかね。より知られている方が、僕を必要としている人が、僕のことを探しやすいでしょう?」

「なぜそんな風に人を助けようと思うんですか?」

「それが僕の生き方だからでしょうか?結局のところ人の役に立つのが好きなんですね。自分の周りにいる人が喜んでいる方が、人生は豊かですから」

「……悪い人に利用されることだってあるんじゃないですか?」

「その都度、治すか治さないかは自分で判断します。人の噂ではなく、直接話してから考えるようにしてます」

「危なくないですか?」

「僕は障壁魔法も得意なんです。今のところこれを破れる人は、ほとんど見たことがありません。体の周り全部に障壁魔法を張ったままで、数週間過ごすこともできます。行き先さえあらかじめ伝えておけば、大体誰かが助けに来てくれます。長生きをしているので知り合いも多いんですよ」


 聞けば聞くほど善人にしか思えない。

 しかしそんな人間が世の中にいるんだろうかとも思う。

 思ってからハッとした。


 もしかして自分も、他人から同じように思われていたんじゃないか。


 本音が出せなくて、人の辛い姿を見るのが嫌で、その割に積極性がなくて、なんとなく生きていた。


 当時付き合っていた彼女に振られた時のことを思い出す。


「何を考えてるのかわからない」「遥君からは何も提案してくれない」「私のこと好きじゃないんでしょ」


 三十年近く経って、他の世界にまで来てしまって、ようやく気づいた。


 彼女は多分、自分が一緒にいるだけで満足してしまっていることを信じられなかったんだろう。

 その気持ちが、わかった。

 悪いことをした。

 やっぱりあの時に、そんなことはないと大きな声で言えていたら、自分の人生は変わっていたのかもしれない。

 心臓がぎゅっと締め付けられた気がした。


 下を向いて黙り込むハルカをノクトが不思議そうに見つめる。ハルカもそれに気づくと、自分の胸元に手をやりながらまた一つ質問をした。


「どうしてそんなに善人でいられるんですか?」

「あぁー、僕はねぇ、善人なんかじゃないんですよ。僕のやっていることは全部僕のわがままです。僕が人が喜んでいたり、幸せそうにしてる姿を見るのが好きだから、やめろと言われてもやめないで勝手なことばかりしてるんです。クダンさんにはよく助けに来てもらってるので、特に迷惑かけてますね、ふふふふ」


 迷惑をかけているといいながら思い出し笑いをしているところ見ると、クダンとは良い関係を築いているのだろうことがわかる。


 ハルカはその姿を見て、羨ましくなった。


 クダンも、自分のわがままを通すために強くなったと言っていたのを思い出す。

 強い人や、かっこいいと思う人たちは、本当はみんなわがままな人なのかもしれないとハルカは思う。


 敵もいるけど、それでも誰かに愛される。自分の正しいと思っている道を進める。悩みながら苦しみながらも、自分の正しいと思った道を進める。


 そんなヒーローにずっと憧れていたはずなのに、自分は一体何をして生きてきたんだろうと、情けなくなった。

 疎まれることを恐れて逃げ出して、そのまま逃げ続けてきた人生だった。


「ノクトさん、あなたは神様に助けてもらったから、神様のために人を助けてる、とかではないんですよね?」

「はい、僕は僕のために人を助けてるんですよ。なんで神様のために、やりたくないことをしなきゃいけないんですか?」


 ハルカは、この人を信じてみようと思った。


「あの、私も治癒魔法が使えます。できればこれからくる怪我人を治すのを手伝わせてもらえませんか?それで、私の治癒魔法がどの程度のレベルのものか評価してほしいんです」

「はい、いいですよ」

「それから、私の魔法の威力とか、身体強化がどれだけできているかとか、そう言ったものの評価も、できたらしていただきたいんですが……、さすがにご迷惑ですか?」

「いいえぇ、いいですよ。お付き合いします。今日の試合が全部終わってからでよければですけど」

「お願いします、ありがとうございます」


 ハルカは立ち上がってノクトに頭を下げた。

 彼の話によれば、彼が人を助けるのは、自分のためだと言っていた。

 それでも快諾してくれたことに、ただただ感謝の気持ちが湧き上がってきて、それをどうしても伝えたかった。


「悩み事が少し減ったみたいでよかったです」


 座ったままハルカの下げた頭に手を伸ばして、ぽんぽんと優しく撫でたノクトは、幸せそうに微笑んでいた。


「あの……、師匠って呼んでもいいですか?」

「えぇ……、それはなんか嫌ですー……」


 ちらりとそのまま顔だけを上げて、言うハルカに、ノクトはそのままの笑顔で返事をした。

 残念な気もしたが、彼がなんでもイエスと言うわけではないのがわかって、ハルカはそれに少し人間臭さを感じていた。

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