百十三話目 応援団とかに憧れたことのあるおじさん

 武闘祭は数日に分けて行われる。参加人数は多く、まずは人数を絞る必要がある。まず最初に大きく八つのブロックに分けられ、そこからふるいにかけていき、減った人数でトーナメントを行う。

 最初のふるい落としのルールは、生き残り戦だ。

 街の南の門を出ると、そこには大きなコロシアムがあり、そこには石畳の舞台が用意されている。そこで一斉に戦いを開始し、最後に残った四人が決勝トーナメントに出場することができる。つまり合計三十二人が駒を進めることになる。

 毎年の参加人数は凡そ千人弱、つまり百人以上の人数がいる中での四人に残らなければいけない。それは並大抵のことではなかった。

 この武闘祭には各国のスカウトや、専属の護衛を求める大商人も訪れているので、決勝に残るとそれだけで将来を約束されたようなものだ。一発逆転を求めて参加する者も多くいる。

 とはいえ、ただ実力を試したいものや、暴れることが好きなだけな者も大いに混ざっていることから、作戦が通じるような空間ではないのも確かだ。


 そんな闘技大会だが、いくつかルールは存在する。


 一つ、武器は会場で用意された木製のものを使用する。

 これは他人の物を奪う分には問題ないし、最初に幾つ持って挑むのかも自由だ。ただ、個人の持つ殺傷力の高い武器を持ち込むのが禁止されているというだけだ。


 二つ、殺しが発生した場合、それに関わったものは即時失格とし、法に照らし合わせて裁かれる。

 これに関しては曖昧で、情状酌量の余地がある場合重い罪にならないこともある。ただし悪質な場合は参加権を永久剥奪され、すぐさま指名手配されることもある。また参加者は死ぬ可能性もあることをあらかじめ承知するよう念書を書かされている。


 三つ、一級冒険者以上の実力者と判断されたものは参加を禁止する。

 これは大会側で制御することが難しくなるからだそうだ。二級冒険者と一級冒険者の間では大きな実力差があると言われている。特級冒険者は言うまでもない。そういうものが本気で暴れると、会場が壊れたり、周囲に害を及ぼす場合もある。また、武闘祭は武の頂を目指す者たちの祭りであって、本気の殺し合いではない。一定水準以上の化け物たちが参加してしまうと色々と支障が出るのだ。




 適当な木の棒を用意し、布を買ってきてモンタナに縫い合わせてもらいながら、出場しない三人はアルベルトによるルール説明を聞く。コリンは不審なことを始めたハルカとモンタナが何をしているのか気になっていたようだが、先に帳簿付けを終えたいようで、そちらにいろいろと書き込みをしている。


「アルは多人数を相手にするのは得意なのですか?まずはそこを抜ける必要がありそうですが」

「実はあんまり経験ないんだよな……。でも、なんとなるだろ。目の前だけに集中しすぎないほうがいいだろうな。多人数の相手するのなんかは俺よりモンタナの方が得意なんじゃねーかな」

「そうなんですか?」

「多分そうです。アルは戦いが長引くほど集中していくタイプですから」


 ちくちくと針と糸を使って布を縫い合わせていくモンタナは、手元から目を離さずに返事をする。モンタナの指は本当に器用に動く。ハルカは家庭科でやるようなことは大概苦手だったから、よどみなく進んでいく作業がまるで魔法のように見えた。


「そんで、何やってんだそれ」


 コリンより先にアルベルトの方が我慢できなくなったのか、モンタナが縫い合わせてハルカが端を引っ張って伸ばしている布を指さした。ある程度の大きさになったところで両方から引っ張って広げてみる。


「何って……、アルのことを応援するための横断幕作っているんです。かっこいいでしょう?」


 アルベルトは慌ててそれをひったくって胸のうちに抱える。

 ハルカとモンタナはそろって右に首を傾ける。


「お、おま、お前らこんな……」


 ハルカは動揺するアルベルトを見てポンと手を叩く。納得したような顔をして目を閉じて満足げに頷いた。


「そんなに喜ばなくても大丈夫ですよ。ちゃんと応援してあげようって思ったんです。当日はこれを二人で振って応援してあげますからね」


 優しい微笑を浮かべるハルカと、うんうんと頷く神妙な顔をしたモンタナ。二人は至極まじめに横断幕造りに取り組んでいた。きっとアルベルトが喜んでくれるに違いないと思ったのだ。百パーセント善意である。

 隣から帳簿の一部をくしゃっと握りつぶす音がして、コリンが肩を震わせてそっぽを向いている。小さな笑い声が口から漏れている。やがて我慢できなくなったのか、席を立って廊下の影に消えていく。空気の漏れるような音と、ばんばんと壁を叩く音が聞こえてきた。

 純粋な顔をした二人にアルベルトはそんな恥ずかしいことをしないでくれ、と言い出すことができない。年頃の男の子なのだ、こんな応援の仕方をされたら顔から火が噴き出して勝てるものも勝てなくなる。

 布を握りしめたまま脳みそを高速回転させたアルベルトは、何とか言葉を絞り出す。


「あ、ありがと、な。この布だけ、気持ちとしてもらっとくから、当日はちゃんと席についてじっくり見てくれよ」

「……そうですか?応援したほうがよくないですか?」

「いや、それより俺が戦ってる姿をしっかり見ててほしい」

「アルがそういうのならそうするですか」


 ハルカはまだ納得していない顔をしていたが、ひとまずこの話は収まったようで、無理に布を取り返そうとはしなかった。


 実はモンタナの口角がほんの少し震えていたのには誰も気づかない。


 ハルカにこれを提案されたとき、まじめな表情だったから手伝いを申し出たが、実はモンタナもこんな応援の仕方をされたらちょっと恥ずかしいと思っていたのだ。それでもハルカが一生懸命に考えているのはわかったし、それを否定するのは違う気がして、モンタナはその気持ちを忘れてまじめに取り組むことにしていた。

 そのつもりではあるのだが、モンタナはアルベルトの動揺している顔を見て、どうしても口角が上がりそうになるのを必死で我慢していた。

 それが申し訳なくて、最後にアルベルトのフォローした事にもやっぱり誰も気づいていなかった。

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