八十三話目 いざ出発!の前に

「おはようございます!」


 朝になって宿の前に立つ人物を見て、ハルカは頭を抱えたくなった。

 身の丈に合わない大きなリュックサックを背負って、帽子をかぶり、出てきたハルカ達に大きな声で挨拶をしてくれたのはサラだった。

 昨日の夜に随分すんなりと帰るとは思っていたが、どうやら今朝一緒に出掛けるための準備をしてきたらしい。そういえばしっかりと出発時間などは確認していたように思う。


「えーっと、私たちは先に冒険者ギルドに行ってるわね」


 めんどくさそうな気配を察したコリンが、早々に冒険者ギルドへ足を向けると、他の二人もそれについて行く。

 ちらっと後ろを振り返ったモンタナが、口をパクパクと動かして手をぐっと握る。多分「頑張るですよ」とか言っているのだろう。完全に他人事だ。


「私も一緒に連れて行ってください」


 真剣な顔をしてハルカを見上げる女の子にハルカはすっかり困ってしまった。なぜこんなに懐かれたのかもよくわからない。まだ十三歳の子供を、親の許諾もなく命の危険がある冒険に連れて行けるわけがなかった。どう説明したらこの子が傷つかずに納得をしてくれるのか、それに思い悩む。


「……何でついてきたいのですか?」

「あなたの僕になると約束しました」

「口約束ですし、それに勝者の私が必要ありませんと言っています。人生を棒に振るほどの約束ではないでしょう?」

「それでも、約束です!」


 頑なに言い張るサラだったが、本当にそんな約束だけで彼女がこうして意地を張っているように思えなかった。これまで過ごした数日、彼女の様子を見る限り、彼女には正義感にあふれた優等生というイメージを持っている。融通が利かないわけでもなく、仲間内では慕われているように見えた。こんな風に意味もなく聞き分けのないことを言うタイプではない。

 ハルカはしゃがんで、彼女の目を下から覗き込むように見つめて尋ねる。


「……何か理由があるんじゃありませんか?」

「……ないです」

「本当に?」

「…………夢を、見ました」


 サラが呟く。


「ハルカさんが森の中の家で、暮らしていて、成長した私がその家に一緒にいました。黒髪の子供が慌てて家の扉を開けて入ってきて、何事かと思って外を見ると、地響きと共に巨大な竜が降りてきます。その竜が口を開けて、そこに炎が集まったとき、私が咄嗟に障壁の魔法を展開します。……そんな夢です」

「それが予知夢だっていうんですか?」

「わかりません。でも、私このまま学園に進級しても、あんなに巨大な障壁魔法を咄嗟に張れるようになるとは思えません。強くなる努力をしなきゃいけないと思うんです」

「見る夢全てが予知夢というわけではないんでしょう?」

「でももし予知夢だったら?」


 ハルカはうーんと腕を組んで考えて、サラに尋ねる。


「その時のあなたは何歳くらいなんですか?」

「多分、今のハルカさんくらいの年齢だと思います」

「……では、3年、それくらいして、まだ旅に出る必要があると感じていたら、一緒に連れて行ってあげましょう。それからでも猶予はまだ3年あります。その頃には私ももっと魔法を使えるようになっているはずですし、効率よく強くなることができると思います。どうですか?」


 サラは無言で下を向いたまま答えない。納得がいかないのだろう。これだけ準備してきたのだから当然だった。


「モンタナ達も15歳くらいから冒険者を始めました。当然親の許可はとっています。……まさか今日サラさんも親の許可を取ってここに来たわけではないでしょう?」

「…………とってないです」

「誘拐犯になるのは困りますね。納得してもらえませんか?3年後の新年、ここにもう一度来ます。その時にまた一緒に考えましょう」


 苦笑しながら伝えるハルカの表情を見て、サラもハルカのことを困らせているのを察していた。適当にあしらわれてもおかしくないのに、困った表情をしながらまじめに付き合ってくれているのが理解できていた。


「……わかりました。その時までにもっと役に立てるようにいろいろ勉強しておきます」


 譲歩して約束までしてくれたハルカにこれ以上迷惑をかけられないと思ってしまったサラは、そういってついて行くのをあきらめた。

 強くカッコいい女性への憧れもあった。特別な神子だといわれても曖昧な夢しか見られない自分を、別の何かにしてくれそうな、そんな転機のようにも感じていた。残念ながら今回はついて行けないようだったが、きっと次はついて行く、サラは心にそう誓った。彼女は中々しぶとく、神経の太い少女なのだった。


 ハルカは納得してくれたようであるサラをみてほっとしていたが、彼女がより強い誓いを自分にたてているのには気づいていない。12歳くらいなんて中二病真っ最中の時期だから、3年も待てば好きな異性ができたりして、きっとこの街を離れたくなくなるに違いないと高をくくっていた。


 この意識の違いが3年後、どう響いてくるのか、それは今はまだわからない。





 冒険者ギルドに二人で向かうと、既にアルベルト達がギーツと合流していた。

 ギーツは身の丈に合わない大きなリュックサックを背負って、帽子をかぶり、大きな声でハルカに挨拶をする。


「あ、やっと来たな。今日からよろしく頼むよ!」


 大の男がふらつくほどの荷物をリュックサックに詰め込んで、繁華街を行くようなおしゃれで高そうな帽子をかぶって、歩き辛そうな新品の革靴を履いて、一体何をしようというのだろうか。

 サラと横に並べると大きい蝸牛と小さい蝸牛みたいで面白い。

 現実逃避をしながら、絶対に必要のないものもたくさん入っているリュックサックにもう一度目を向けて、ハルカはこっそりため息をついた。


 多分この貴族のお坊ちゃんが旅に慣れていないであろうことは、パーティ全員が一目で悟っていた。

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