六十六話目 喧嘩を売られる
自分の方を見ながらひそひそされるというのは、想像するより心を苛んでくるものだ。ハルカはできるだけそちらを見ないようにして、依頼ボードの前にたどり着いた。
確かダークエルフが破壊の神によって生み出された、みたいな噂がレジオン神学院で流れているのだったと思う。とするとあの子たちは学院の子たちなのかもしれない。レオとテオもそこの出身だったから、知り合いの可能性もある。
「うーん……、なんか討伐依頼ねぇな」
上半身ごと動かしながら端から端まで依頼ボードを眺めまわしているアルベルトが、つまらなさそうに体を伸ばした。
ハルカもざっと流し見てみるが、街中での手伝いのような仕事が多く、五級以下の依頼ばかりであるように思えた。
たまにあるよさそうな依頼は、全て数日かけて行うようなものばかりだ。
「これ……、多分近隣の安全は騎士の人たちが確保しているからですね。わざわざ冒険者に頼む必要がないんですよ」
「あ、そっか。そうだよねぇ、オランズみたいにそばに大きな森があるわけでもないもんね……」
思い当たる節をハルカが述べると、コリンが残念そうに同意した。
これは冒険者としては暮らしづらい地域なのかもしれない。ハルカ達は困ってしまいボードの前に立ち尽くす。
「普通に引越しの手伝いや、建設の手伝いでもしますか?」
「えぇ、折角階級上がったのにまたそんなことするのかよぉ……」
しおしおと小さくなり、やる気のなくなっていくのを全身で表現するアルベルトに笑ってしまう。よっぽど下積み時代が嫌だったらしい。
「困っている人を助けるのも立派な仕事じゃないですか。良さそうなのを探してみましょう?」
小さくなったアルベルトの頭を撫でてやるが、やる気は出ないようだ。
「ちょっとあなたたち!」
「……なんでしょう?」
後ろを振り返ると、さっきハルカから逃げていった少女が仲間を連れて、そこに立っていた。
トラブルになりそうだな、と思いながら、できる限り落ち着いた声色で返事をしたが、その少女はひゅっと息をのんで、一歩引き下がった。
表情が引きっつっているところを見ると、どうやらハルカのことが怖いようだ。
怖いならそっとしておけばいいものを、勇気を出して声をかけてきたのだろう。
こんな調子で子供たちに絡まれるなら、ヴィスタにいる間はフードをしっかりかぶっておいた方がいいかもしれない。旅の間脱ぎっぱなしですっかり解放感に浸っていたせいで、かぶりなおすのを忘れていたことを後悔した。
少女はハルカの方を極力見ないように、他の三人へ話しかける。
「だ、ダークエルフは、破壊の神ゼストの使徒なのよ、い、一緒に、一緒にいると危ないわ!」
三人はお互いの顔を見てから、ハルカの方を見て、それから依頼ボードへ振り返り話の続きを始めた。
「もういっそ仕事をしないで観光するのってどうかしら?」
「俺賛成、でももう一回依頼見てみる」
「それでもいいです」
「あ、あの、無視するのは良くないと思いますよ?」
拳を振るわせて涙目になっている女の子を見て、悪者にされている当事者がフォローを入れることになってしまう。
「ハルカ、そんな奴相手にするなよ」
少女の方を一瞥もせずにそういったアルベルトは、依頼ボードの左上からまたじーっと依頼を確認し始めた。
きっとこの少女はダークエルフが本当に破壊の神の使徒だと思っていて、勇気を出して注意しに来てくれたんだろう。方向性は間違っていても、ハルカはそんなに悪い子ではないように思えた。
知らない人を気遣えるいい子だ。
その調子でダークエルフの自分の気持ちも慮ってくれると尚よかった。
ダークエルフが本当にそういった物ならともかく、コーディの話では、間違ったよくない噂が流れているというような言い回しだった。問題があるとすればそんな間違った噂を流した者にあるのだろう。
もっとも最初に言い始めた者も、こんな風に本当にダークエルフに迷惑をかける程のことになるとは思っていなかったかもしれないが。
ハルカは、この街に来てから初めて、遠目にエルフらしき人を見かけることはあったのだが、相変わらず街でも道中でも自分以外のダークエルフを見たことがなかった。
これだけの人がいて見かけないのだから、変な噂が流れることもあるだろう。
人間誰しも未知のものというのは恐ろしいのだから仕方がない。
完全に無視を続ける3人に、涙目できりっとした顔をした少女は、ハルカに対して指を突き付けて宣言する。
「あなた!私と勝負しなさい!私が勝ったらその洗脳した人たちを開放するのです!」
唯一相手をしてくれそうなハルカにターゲットをうつしたその子は、足を震わせながらも逃げ出さずにそう言った。
ハルカとしてはそんなことを言われても困ってしまう。
そもそも人と戦いたくないし、負けたら彼らを開放しなければいけないらしい。そんな何のメリットもない戦いを安易に受けたくはなかった。
「はぁ……」
大げさにため息をついたアルベルトが、振り返ってつかつかと少女に詰め寄っていく。
「じゃあまず俺が相手してやるよ、負けたら二度とハルカに近づくんじゃねーぞ」
うわ、懐かしい、ヤンキーみたいなガンの飛ばし方してる、というのがハルカの最初の感想だった。あの上から下まで睨め付けるような独特な首の動きは、懐かしの昭和のヤンキーだった。
相変わらずビビっている様子の少女は、うぅ、と言いながら二歩ほどさがって、今にも泣きだしそうだ。
後ろのがやがそれを励ます。
「頑張れサラちゃん!」
「サラちゃんは、神子なんだぞ、お前なんかに負けるもんか」
「やっちゃえサラちゃん」
どちらかと言えば後ろの子たちの方が悪いように思えてきたハルカは、その子たちの顔を順々に見ていく。
目があった子がサラちゃんとやらの後ろに隠れるように逃げていく。やっぱり勇気を出して直接言ってきただけサラの方がいい子のように思えた。
「安心しろよハルカ、ぼっこぼこにして二度とハルカの前に出てこれないようにしてやるから!サラとかいうのをやったら、次は後ろの奴らの番だからな」
サムズアップしてハルカにとても素敵な笑顔を見せたアルベルトにハルカは不安になる。アルベルトは子供っぽいところがあるから、やると言ったら本当にやる。多分女の子が相手でも関係なく、顔面からぶん殴るタイプだ。
今にも気絶して倒れてしまいそうなサラをちらりと見て、ハルカはかわいそうになる。たぶん喧嘩とか得意じゃないんだろう。後ろの子たちも明らかに荒事に慣れているタイプではない。アルベルトに任せたらタダでは済まないだろう。
仮にも冒険者として野生の獣を倒してきたのだから、これくらいの子たちの相手なら自分にもできるはずだ。
「いえ、アル、ちゃんと私が相手しますよ、ありがとうございます」
体が丈夫だし、怪我をすることもないと思い、そうアルベルトに告げた。
あからさまにホッとしているサラを見て、大丈夫かな、この子と思う。そもそも破壊の神の使徒だと思っていたハルカが相手をするときいて、ほっとするのはどうなのだろうか。どうやらヤンキーみたいなアルベルトのことがよっぽど怖かったらしい。
「ただし」
集団に向かってハルカはできるだけ怖い顔を作って話しかける。
「全員でかかってくるんですよ。誰か一人にだけ責任を押し付けるというのはなしです」
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