六十四話目 いたずら
一度コーディの屋敷に立ち寄る。
テレビの豪邸を訪ねる番組でこんな家を見たことあるな、と思うような、大きい西洋建築の建物だ。
「ちょっと妻に事情を説明してこの子を預けてくるよ。すぐに戻ってきて君たちに宿を紹介してあげるから、待ってるんだよ」
コーディはユーリを抱いたまま、小走りで屋敷の中へ入っていき、宣言の通り十分ほどで馬車へ戻ってきた。
「よし、ではとっておきの宿を紹介しよう。契約期間中はこちらで宿代を持つから安心してね」
そういって御者に何かを告げたコーディは自分の席に戻り、ニコニコと街並みを紹介し始めた。
段々と街の建物が大きく、煌びやかで豪勢になっていく。一体どこまで行くのだろうと心配になり始めた頃に、ひときわ大きな建物の前に到着し、馬車がようやく止まった。
「ここなんてどうだろう?私の一押しなんだけれど。まるで王侯貴族になったかのような豊かな時間を味わえることを約束するよ?」
見上げた建物は高層になっており、敷地面積もその高さも、周囲の建物を圧倒していた。この辺りの建物はどれも立派で、ただでさえ委縮していたというのに、ここに泊まるなんてとんでもなかった。
他人の支払いとはいえ、宿泊費の想像がつかないような宿ではのんびり休める気がしない。過去一素敵な笑顔で一行を見つめるコーディに対して、ハルカ達はぶるんぶるんと無言で一生懸命に首を振った。いつもこういう時には動じないモンタナまでもが、ぷるぷると否定の意思を示し、他の3人に賛同している。
「……ぷっ、ふはは、冗談だよ、冗談。君たちがどんな反応するか気になっただけなんだ、申し訳なかったね。本当のおすすめに案内するからついておいで」
コーディが噴き出して、笑いながら歩き出した。おかしくてたまらないようで、目的地に向かいながらもたまに笑い声を漏らしている。
「コーディさん、最初に合った時とだいぶ印象が違うよなぁ」
「最初は様子を見ないとね。君たちも一人ぐらいそういう腹芸ができる人がいたほうがいいんじゃないかな?」
「俺そういうのやだ」
「私も嫌かなー」
すぐに断った幼馴染二人の返事を聞いて、モンタナとハルカは顔を見合わせた。
「ハルカ、どうです?」
「私はー……、腹の探り合いとかは苦手です」
「そうでした、僕もしたくないです」
あっさりと認めたモンタナに、複雑な気持ちになるハルカだった。そうでした、ってすっぱり言われるほど自分って頼りにならないだろうか、いや、確かに頼りにならない。瞬間的に自問自答して今度は勝手に落ち込んだ。
「それじゃあお相手がご機嫌伺いしてくるぐらいに優秀になるしかないねぇ」
コーディが楽しそうにそんな提案をしてくる。
「それだな、その方針で行くぞ」
アルベルトがコーディの提案に腕を組んで答えた。志だけは立派である。しかしその生き方がハルカにとっては眩しく見えた。
ハルカも腹の探り合いをするなら、冒険者としての高みを目指してみるほうが楽しそうだなと思う。
幸いなことにこの肉体は魔法を使うにも、身体を使うにも人よりアドバンテージを持っている。それがどこまで通用するかはわからないし、他人のふんどしで相撲を取っているようで気の引ける部分もあったが、仲間たちの為にこの力を活かしていきたいと、前向きな気持ちになっていた。
コーディは手を挙げて、待たせておいた馬車を呼ぶと身軽にそれに乗り込んだ。
「さ、皆乗った乗った。こんな貴族区の宿に用はないだろう?冒険者区画へ行こうじゃないか」
促されて馬車に乗り込んだハルカであったが、その席に座ってからおかしなことに気づいた。
「あの、コーディさん、さっき来た道を戻って行っているように見えるんですが?」
「うん?そうだね」
「あの、まさかとは思うのですが……。私たちの醜態を見るためだけに、わざわざ別の方向に来たってことはないですよね?」
「…………まさか」
ほらあそこがどこどこ国の誰それがよく宿泊する、などと説明し始めるが、流石にそんなことでごまかされるほどハルカは子供ではなかった。
やがてコーディの屋敷を過ぎ、スタート地点の門を通り過ぎ、貴族区とは反対の方向へ馬車は止まらずに進んでいった。
まさか本当にここまで完全に反対側に来るとも思ってはいなかったハルカは、あきれを通り越して感心してしまっていた。
「まるっきり反対方向じゃないですか……」
「……ハルカさん、いつまでも若くいるコツはね、自分に素直になることと、子供心を忘れないことだよ?」
その返事を聞いたハルカ達が一斉にジト目でコーディを見つめると、コーディは取り繕うように、遠くの方を指さして声を上げた。
「ほら、あれがヴィスタの冒険者ギルドだ、立派だろう?」
先ほどの宿と変わらぬほどの敷地面積を誇る建物がそこにはあった。ただその建物は装飾が一切なされず、機能性だけを重視したような見た目をしており、いかにも冒険者が集まりそうな無骨な見た目をしていた。
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