六十二話目 方針決定

 子持ちの荷駄隊の男が、ユーリを優しく抱き上げて、じーっと顔を覗き込む。


「僕の子供たちも成人してからもう長いからねぇ……、そうだなぁ、多分生後半年と少しくらいだと思うんだけどなぁ……。ほら、歯が少し生えてきているだろう?」


 むにっと唇を指で押し上げて見せる。

 皆赤ん坊がいると知ると、ワイワイ集まった。俺にも抱っこさせろ、僕にもだ、と言い始めた頃に、まず手や衣服をできるだけ清潔にするようコリンに注意されていたから、ひとまずその辺は問題ないだろう。

 皆に代わる代わる抱っこされても、唇を触られても、じーっと見るばかりで泣き出しもしない赤ん坊に、皆興味津々だった。


 その男が離乳食の作り方や、これからどんな風に成長していくのか、なんてことを語り始めて、皆でまじめな顔をしてメモを取っていたところでコーディ達が戻ってきた。


「おや、すっかりアイドルだね」


 コーディ達を出迎えたのはハルカ達だけで、他のものはユーリに夢中だ。おかえりなさい、とおざなりに声をかけてそそくさと元の位置へ戻っていく。


「生き残りは他にいましたか?」


 ここへ戻る途中に、ユーリの顔を覗きながら、ハルカは生き残りの人物について考えていた。

 ユーリが隠されていたことを考えると、あの部屋からの逃亡者は、おそらく逃げ切れるとは思っていなかったのだろう。自分を囮にして、ユーリの生存確率を高めようとしたのではないだろうか。あるいは、その人かユーリどちらかが生き残っていれば達成可能な目的があったか。後者の場合はユーリが赤ん坊であることから可能性は低いだろうと思っていた。

 大切に衣服にくるまれて隠れていたこともあるし、ハルカがそう信じたいという理由もあったが、ユーリを囮にして逃げ出した、とは思いたくなかった。

 帰ってきたコーディ達がだれも連れてこなかったことから、逃亡者が見つからなかったことを期待しながら先の問いを発していた。


「残念、やはりその子を除いては全滅のようだったよ。ただわかったことが幾つか、それから国へ戻ってから確認したいこともいくつかあるね。幸い必要な物資も村の中から見つけて回収することができた。代金を支払う相手はもういないけどね。進路は予定通りで、今日はここを野営地とする。念のため、いつも以上に警戒をしておいてほしいかな」


 ばっさりとハルカの期待を切り捨てて、コーディは先の予定を立てる。

 凄惨な遺体の状況を伝えるのを避けるために、あえて相手の返事を待たずに話を続けた。この件についての詳しい事情は本国に帰ってから改めて調べてみればいい。どのような内容かもわからないうちに、護衛の冒険者たちを巻き込むことはないと思っていた。

 国の渉外担当の一人として、裏と表を行き来するような生き方をしてきたコーディだったが、素直で気持ちのいい冒険者たちを無理やり騒動に巻き込むような悪辣な人物ではなかった。

 もう少し擦れてかわいくない奴らだったら大いに利用してやるのになぁと思いながら、悲しそうな顔をしてユーリを見つめるハルカ達に目をやった。3人が同じような顔をして同じ方向を見てるのが面白かった。似た者同士でチームを組んだのか、たまたまそうなったのか、と笑っていたのだが、モンタナだけが自分の方を見つめていることに気づく。

 思い出してみると、モンタナだけはずっと妙な行動をしていることが多かった。今も自分の目や顔を見るというより、自分の方を見ているという感じがする。

 コーディは彼の動きを気にしていないふりをして、テントへ向けて歩き出す。


「久々に前線をうろうろしたら気疲れしたなぁ……。私は先に休ませてもらうから、後は頼むよ。それからその子についてはできうる限りレジオンで保護をさせてもらうつもりだ、構わないかな?」

「あ、はい、よろしくお願いします。そのことで何か私の手が必要なことがあれば、お手伝いしますので」


 ぺこっと頭を下げたハルカはほっとしていた。

 この子に何かをしてあげたいとは思っていたが、しょせん今は根無し草の冒険者だったから、コーディが申し出てくれなければ、こちらから提案しなければいけないと思っていたからだ。


「おや、そんなことを言っていいのかい?これは得をしたかもしれないねぇ」


 コーディがテントへ戻っていくのを見送った後、コリンがつんつんとハルカの上腕をつついて、耳元に口を寄せて内緒話をしてくる。


「ハルカ、ああいうちゃっかりした大人に、空手形の約束しないほうがいいよ?」

「え、でも、世話してくれるって言ってますし、見つけたのは私たちですし……」

「人がいいんだから、もうー」

「え、何でですか?」


 両サイドをきょろきょろと見まわすと、アルベルトとモンタナがうんうんと頷いて、なんだかぬるい視線でハルカの方を見ている。

 そんなに間抜けたことをしてしまったのだろうかと、ハルカは首を傾げた。

 それを見て残りの三人はハルカのことが心配になる。どうにもこの美女はどこか間が抜けているのだ。

 ハルカは騙された方ではなく、騙したほうが悪いと思っているが、この世界においては、圧倒的に騙された方が悪い。公の場や貴族同士のやり取りにおいては一部逆になることはあるが、一般市民たちの間ではそんなものだ。

 丁寧で大人らしい判断ができるのに、こういった約束事になると途端に頼りにならない、というのが仲間3人の共通認識だった。

 コリンとアルベルトがはぁ、とワザとらしくため息をついて騎士たちの方に向かう。残ったモンタナと目が合うと、モンタナもそれを真似するかのように、ふーっとため息っぽくない息を吐いて、二人の後を追った。


 残されたハルカは、何で普通にしてるのにこうなるんだろうなぁ、と指で鼻の頭をなでながら、一番後ろを歩いてついて行った。

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