五十二話目 実際のところ

「邪魔者がいなくなったところで、ハルカさん。一体どこで魔法を学んだんですか?師は一体誰です?」

「いえ、本で読んだくらいです。強いていうなら、訓練所にいた人たちは参考にしましたけど」

「冒険者の訓練所って、そんなにレベルが高いの」


 レオがモンタナに尋ねるが、モンタナは横に首を振った。


「ハルカより上手な人は練習してなかったと思うです」

「そうかな、そんなことないと思うんですけど……」

「少なくとも私は、君ほどたくさんの魔法を同時に操る人を見たことがないな。それに魔物に噛みつかれてまるで無傷だって話も、与太話以外だと、特級とか、それに近いレベルの冒険者でしか聞いたことないねぇ」


 話に割って入ってきたのはコーディだった。


「いや、有望な新人と仲良くなれればそれでいいと思っていたけれど、想定以上の収穫になったね。今回こうして守ってもらえただけでも雇った甲斐はあったというのに、お釣りまできそうで私はとても嬉しいよ。今回はありがとう、これからもよろしく頼むよ、ハルカさん」


 丁寧に頭を下げたコーディが礼を述べる。饒舌なのは彼が少し興奮しているからだろうか。


「君たちも十分な働きだった、とても今の階級の冒険者とは思えないね。まだまだ先は長いから、頼りにさせてもらうよ」


 コリンとモンタナにもそう言って笑いかけるコーディは満面の笑みを浮かべていた。


 レジオンの渉外を担当する彼は、新たな発見や珍しい出会いが大好きだ。国内で信仰にすべてを捧げて生きていくには好奇心が旺盛すぎた彼は、小さな頃からあちらこちらを駆け回り、新しいことを試したり、行ってはいけないと言われたところに顔を出したりする問題児だった。

 それでも一族が揃ってオラクル教の熱心な信徒であったため、自分もいつかはその道に進むのであろうことはぼんやりと理解していた。彼はそれくらいには家族のことは好きだった。

 ただ諦めきれない好奇心で、その両方を満たす方法はないかと探し回った結果、辿り着いたのが、このオラクル教の渉外担当という役職だった。

 

 コーディは年甲斐もなくワクワクしていた。


 新しい出会いに、未知の魔法使いに、好奇心を掻き立てられていた。この出会いがきっと自分を楽しい騒動に巻き込んでくれている予感がした。

 思わずこぼれだす笑顔を隠すこともなく、彼らに礼を述べて、スキップするように自分のテントへ向かう。

 彼は心の中で思っていた。


『もっといっぱいトラブル起きないかな?』


 意外と迷惑な男である。



「あの人ちょっと苦手なんだよね」


 大人しくしていたレオがモンタナの後ろから顔を出した。


「他の人と違って賢そうなんだけど、でもなんか、ちょっと何考えてるのかわからないから」

「それはそうね」


 同意したコリンも目を細くしてコーディの後ろ姿を見つめていた。彼女も小さな頃から父と一緒にたくさんの人と出会ってきたものだから、厄介者のもつ独特な空気をコーディに対して感じ取っていた。

 多分この場においてコーディに対して一番好感度が高いのはハルカだった。

 ただ常識のあるいい人だとしか思っていない。四十年の平和な世界での人生経験は、どうやら人物評においては十歳そこそこの子供達にも劣るらしかった。







「それで、ハルカさんは結局誰に魔法を学んだの?」


 先ほどのハルカの話をまるで信じていないレオが同じ質問を繰り返す。

 ハルカとしては答えた以上のことはない。納得できないのであればと、記憶喪失の設定の話をした。記憶がないので正しく誰に教わったのかわからないと言えば、レオは顎に手を当てて考える。


「そうなんだ……。じゃあハルカさんに色々教えてもらうのは難しいか」

「教えるって何をですか?」

「さっき使ってたみたいな、詠唱をいじるやり方とか」

「確かに、感覚で魔法を撃っているので、教えてくれと言われても難しいかもしれません」


 レオは考える。

 もし、本当に彼女が記憶喪失なのだとしたら、体に感覚が残っているくらいには魔法を使い慣れているということになる。記憶があった頃にはさぞかし優秀な魔法使いであったはずだ。


 新人パーティに混ざっていていいような魔法使いではない。


 とはいえ、先ほどの戦いの様子を見る限り、この冒険者パーティは優秀だ。認めるのは癪だけども明らかに騎士たちにも劣らない働きをしていた。何をしたらいいか迷ってしまっているような自分達とは違って、立派な戦力になっていた。

 少なくとも学院の中で、彼らほどの使い手を見たことはない。

 しばらく一緒に旅ができるから、その間にハルカから盗める技術もあるかもしれないと思えば、この出会いは悪くなかった。


 ただ一方で、パーティメンバーも含め全員が、あまりに魔法に対する知識がなさすぎる。

 少なくともモンタナのことはいい人だと思っているし、ハルカは恩人だ。

 コリンも話してみれば、同い年の奴らと比べれば落ち着いていて話せる奴のように思えた。

 ここにいないアルベルトのことについては考えから除外するとして、彼らと関わることは自分達にとってメリットがありそうに思える。

 テオについてはなんだかんだ言って、レオの言うことは聞いてくれるから、ちゃんと説明さえすれば心配ないはずだ。


「三人さえ良ければだけど……。みんな魔法に詳しくないみたいだから、旅の間色々教えてあげようか?」

「いいんですか?」

「うん、いいよ、助けてもらったし」


 今更年下から学ぶことに何の抵抗もなかったハルカは二つ返事でお願いした。ハルカも最近魔法を学びたいと思っていたところだ。書物だけで学ぶには魔法は複雑すぎる。

 それに書物はいつの時代のものかはっきりしないものも多く、今の時代とは認識がずれていることもありそうだった。

 若い人に今現在の魔法について教わることは、これから生きていく上でとても役立ちそうに思えた。


「そうね、教えてもらおうかな。私たち魔法に詳しくないしさ。じゃ、よろしく、レオ君」


 モンタナはオオカミが運ばれていく様子をぼんやりと眺めていたが、コリンは思うところがあったのか、素直にレオに頭を下げた。


「じゃあ、明日からね。僕、テオにも話してくる」


 レオはそれだけ言うと、振り返って自分のテントに戻っていった。

 その態度はそっけなくみえたが、実際は顔がにやけているのを隠すために慌てていただけだった。

 自分を助けてくれたハルカと交流を持てることを、思ったより嬉しく思っていたことを気づかれるのが恥ずかしかった。

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