四十四話目 出発

 ハルカがこの世界に来てから半年ほどが過ぎている。間にひどく暑い時期を挟んで、今はちょうど過ごしやすいか、少し肌寒いくらいの時期になっていた。

 年月日の概念がまるで示し合わせたかのように地球のものと変わらなかったので、その点では馴染むのが簡単だ。

 星の大きさとかそういうのが地球と同じくらいなのかもしれないし、もっと複雑な事情が絡み合っているのかもしれないが、ハルカがその事情を知る余地はなく、ただわかりやすくてよかったと思っていた。


 そういえば地球での爬虫類たちは冬になると姿を見せなくなっていたのを思い出し、オジアンの方をみる。彼は、彼女かもしれないが、賢そうな瞳で周りの様子を観察していた。見るからに爬虫類なオジアンは冬眠とかしないのだろうか。

 気候はこれから寒くなる一方だ。途中で動かなくなったりしないのだろうか。


「コーディさん、竜というのは冬眠しないのですか?」

「あぁ、冬眠するやつのことは竜と呼ばないんだ。そういうのはどんなにデカくても蜥蜴って呼ぶ。竜はね、体の中に火炎袋を持っていて、体温を自分で調節できるんだ。だから多少動きが鈍くなったりはするが、冬でもしっかり働いてくれるよ」

「そうなんですね。火炎袋ということは、火を吐いたりも……?」

「そうだ、ハルカさんは竜が気になるんだね」

「ええ、かっこいいですから」

「うちの息子と同じようなことを言っているよ、やっぱり冒険者っていうのは好奇心が旺盛だ」


 いつの間にかオジアンの背中によじのぼろうとしているモンタナを見て、コーディは笑った。止めないところを見ると、別に問題ないらしい。オジアンもぎょろっとモンタナのことを目で追っているが、好きにさせているようだった。


「モンタナ!交代、交代!」

「はいです」


 ぴょんとモンタナが飛び降りると、今度はアルベルトがよじのぼる。楽しそうでハルカも乗ってみたいと思っていたが、流石にあの二人に混ざって行くのは恥ずかしい気がして、我慢した。

 心の中で「私は四十三歳」と呪文を唱える。

 呪文を唱えて思い出したが、あれから半年が経過していると考えたら、じぶんは既に44歳になっているはずだ。いよいよアラフィフまであと一歩だった。


 ハルカが一人で苦悩していると、遠くから青と白で統一された服装の集団が歩いてくる。その集団はそのまま歩みを緩めることなく、ハルカ達の元へとやってきた。その中の重そうな鎧を着込んだ人物が、少し先にコーディの元へ駆け寄ってくる。


「コーディさん、相変わらず早いですね。それとも我々が遅れましたかな?どうやら護衛の方々ももういらしているみたいですね」

「いや、少し早いくらいじゃないかな。しかしいいタイミングだったよ、おかげで護衛をしてくれる皆さんと交流することができたからね」


 新しいメンバーが合流したのが見えたのか、アルベルトが慌ててオジアンから飛び降り、ハルカとコリンの元へ駆け寄った。モンタナはちゃっかり先に来ている。


「こちらの皆さんが護衛の方ですか?いや、聞いた通りお若い」


 男は顎を撫でながら、4人を見た。表情の変化はなかったが、ハルカの前で一瞬視線を止めたのがわかる。モンタナはじーっとその様子を観察していた。

 ハルカは強そうな人だな、と思ったのと同時に、日本ではあまり見ることのなかった立派な割れた顎に目を奪われていた。青い瞳も相まって、ファンタジーで想像する立派な外人さんのイメージそのものだ。


 彼の部下になるのか、後ろから似たような鎧を着たものが3人、それにローブを着たアルベルト達と同じ年頃か少し下ぐらいの少年が2人、駆け寄ってきた。

 全員が同じような色の装備をつけているものだから、それだけで威圧感がある。


「荷物の積み込みも終わっているようですし、我々もいつでも出発できます。皆さんの準備がよければ早々に立つとしましょうか。なぁに、旅路は長いですから、自己紹介は追々していきましょう。そのほうが旅の楽しみが増えるってものです。よろしいですか、コーディさん」

「うん、それがいいかもしれないね。それじゃあ改めて。レジオン使節団の依頼を受けてくれてありがとう。この使節の代表を務めるコーディ=ヘッドナートだ。一月ほどの期間になるが、どうか我々の安全を守ってほしい。……準備はいいかな?」


 アルベルト達の驚く顔を見て、コーディは悪戯っぽく笑った。ハルカは依頼書の隅まで目を通していて、彼が代表なのだろうとなんとなく察してはいたが、他の面々は本当に人足の親方か、オジアンの世話係くらいに思っていたようだった。


「準備はできています、よろしくお願いします、コーディさん」

「……残念、ハルカさんは驚いてくれなかったね」

「一応、依頼書をちゃんと読みましたので」

「小さくわかりづらいように書いておいたんだけどなぁ」


 いつもそんな悪戯をしているのか、残念そうに呟いて彼は笑った。

 旅の道連れとしてはそれくらいお茶目なほうが退屈しなくてよさそうだった。


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