三十一話目 警戒心

 アルベルトはハルカのことを色眼鏡で見ていたことを認めつつあった。

 元々わかりにくい表情に、丁寧な話し方で一見取っつき辛い不愛想な奴だと思っていたのだが、いざ長いスパンで付き合ってみると、ハルカの優しい部分であったり、間抜けな部分が見えてくる。とは言っても、やはり年上なのか、自分たちの愚痴や失敗を穏やかな様子で許容してくれる包容力はあって、つい甘えてしまう部分があるのも事実だった。

 アルベルト自体は特別ハルカに恋愛的な感情を抱いたりはしていなかったが、彼女が無自覚にもてているのは、なんとなく理解していた。


 ハルカと外に出かけると、あまり気を抜くことができないというのはパーティ全員の感想だ。いや、正しくはコリンとアルベルトの感想で、モンタナに関しては判断が難しい。ただ、彼もまたハルカと一緒に出掛けているときは、いつもより警戒して歩いているようなので、おそらく全員一致だ。


 これにはいくつか理由がある。

 まず第一に、お金に関する管理がずさんすぎること。妙なものを買わされたり、散財するわけではなく、むしろそういったことには人より気を配っているくらいであるのに、当たり前の買い物でぼったくられる。

 あの無表情に対してぼったくりを仕掛ける店主も大したものだが、値段を吹っ掛けることは別に犯罪行為には当たらない。騙される間抜けな奴が悪いのだ。そして間抜けな奴だと思えば平気で吹っ掛けてくるものもいる。


 アルベルトは前に、気のいい店主の可哀そうな光景を見たことがあった。

 彼が1つ1銭貨の果物を冗談で「1つ1金貨だよ!」と言ったところ、ハルカが自分の巾着を覗きこんでから、なんとなくしゅんとした様子で立ち去ろうとしたことがあった。その様子に良心が疼いたのか、店主が慌てて追いかけて、正規より3割ほど安い値段でハルカに果物をうっているのを見たのだ。


 あいつ大丈夫かよ、と思い、こっそり様子を伺っていると、心なしかご機嫌な表情で、果物を物色している間に子供に巾着をすられていた。慌てて捕まえて、巾着を取り返してハルカに返したところ、


「あれ、落としてしまってましたか、ありがとうございます」


 と来たものだから、間抜けも極まれりである。

 しかも後でわかったことであったが、ハルカはその巾着に自分の全財産をつっこんであったらしい。それを聞いたコリンが慌てて冒険者ギルドに口座を作らせて、お金を預けさせた。

 それから二人で話し合った結果、ハルカが休みの日には、朝一度集まって、その日にどこに行くか確認し、必要そうな金額だけをハルカに渡して出かけさせることにした。


「私いい年をした大人なんですけどね……」


 小さな声でハルカは抗議をしていたが、二人はまったく取り合わず、彼女の財布はお小遣い制となっていた。



 二つ目に自分のことに無頓着なこと。

 しばらく付き合ってきてわかったことなのだが、ハルカは自分の容姿や肉体に無頓着だ。寝起きに平気でだらしない恰好でうろついたりするし、ナンパにもあっさり引っかかる。ちょっと道に迷ったんだけど~みたいなのに平気で引っかかって裏路地に連れていかれる。

 アルベルトは知らないが、そのうち6割はヴィーチェに念入りにお話しされて、2割は毒気を抜かれ、残りの2割はトット達と同じ目にあっている。最近あれくらいでは人は死なないと学んだハルカは、対人では水魔法を多用するようになっていた。おかげでここのところ、裏路地で溺れたように気絶している男たちが発見されるようになって、ひそかにオカルト話として噂が広がっている。

 これ以外にもヴィーチェによる度重なるセクハラ行為は、パーティ全員に目撃されていた。ヴィーチェは恋愛対象が女性だと言うのは冒険者内ではよく知られていで、コリンは散々ハルカにそれを注意している。

 しかしハルカとしてはちょっと怖くて嫌だな、くらいの感覚で接しているせいであまり効果はないようだった。ハルカが女性の扱い自体が得意でないのもその理由の一つかもしれない。


 とにかくそういうわけでコリンとアルベルトは、ハルカと一緒に出掛けるときは周囲に目を光らせていた。



 そんな中事件が起こる。



 4人で買い物にでかけていると、化粧をばっちりした、こういってはなんだが夜の仕事をしていそうな女性がハルカの方に歩いてきたのだ。今のところそういった人物がハルカに害を及ぼすようなことはなかったので、全員が無警戒で様子を見ていた。それがよくなかった。


「この、泥棒猫!!!」



 ばちーんと往来に響く痛そうな音。

 ぽかんとする3人。


 頬をはられた本人のハルカも、痛いとかそんなことより、ただ口を開けて呆然としてしまっていた。

 まったく痛くもなく衝撃すらもなかったのに、ただ女性に唐突にたたかれたという事実に思考がついていけなかった。


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