第二章〜⑯〜
7月22日(木) 天候・晴れ
夏休みの初日は、前日に続き朝から太陽が照りつける猛暑の一日となった。
シャ〜シャ〜、シャ〜シャ〜、シャ〜シャ〜と、がなり立てるようなクマゼミの大合唱が目覚まし時計の代役を果たし、午前七時過ぎに目覚めたオレは、登校の必要のない貴重な朝を満喫するべく、テレビの情報番組を眺めつつ、優雅なブレックファストを楽しみながら(と言っても、我が家の朝食は、白米・味噌汁・納豆の和テイストのモノなのだが……)、昨日、小嶋夏海から送られたメッセージを確認する。
持ちもの:
と書かれた欄に注目すると、『時のコカリナ』の停止時間を正確に計測するために必要なモノが欠けていることに気付いた。
初日にコカリナが発生させる停止時間を確認した際に、自室で使用したモノを持って行くことを思いつき、自室に戻って学習机からストップウォッチを取り出した。
彼女のことなので、このテのアイテムを自分で用意してくることも考えられるが、万が一の時に備えて、坂井夏生が『頼れるオトコ』であることをアピールしておくのも悪くはあるまい。
小嶋夏海から憧憬の視線を向けられるシーンを想像して、自然に笑みがこぼれるのを感じつつ、再度、メッセージアプリの内容を見直す。
集合場所に指定された市立図書館は、自宅から自転車で二十分もあれば到着できる距離なので、八時半に家を出れば、午前九時の集合時間に、十分に間に合うハズだ。
彼女にクギを刺されるまでもなく、初日から遅刻という事態は避けておきたいが、リビングの壁掛け時計で、まだ八時前であることを確認したオレは、浴室でシャワーを浴びてから家を出ることにした。
※
わが街の図書館は、近隣に文化会館やコンサートホールなどが集まり、区画整理によって、時代劇の舞台の様な白壁作りの建物が並ぶようになった文教地区の中心地にある。
午前八時五十分——————。
シャワーを浴びて感じた清涼感も、ものの五分ほどで雲散霧消するほどの気温に耐えて漕いできた自転車を駐輪場に止め、図書館の入り口にむかうと、そこには、小嶋夏海の姿があった。
周囲の壁が作る日陰に立つ彼女は、白と黒のトップスに丈の短いジーパンというスタイルで、普段、高校で見る制服姿よりも、さらに大人びた印象に映る。
「おはよう! 待たせてしまったか? 申し訳ない」
と、声を掛けると、チラリとスマホの画面を見て、
「指定した集合時間の十分前でしょ? 問題ない」
素っ気ない返答があった。
いつも通りの反応に、心の中で苦笑しつつ、周りに人気がないことを確認して、彼女にたずねる。
「それで、今日は、どんな実験をするんだ?」
「今日は、《長時間停止》の停止時間の確認ね。コカリナの奏でる音階によって、どれだけ停止時間に違いがあるのか知っておきたいから……ただ、坂井の意見を尊重すれば、《長時間停止》は、回数に制限があるかも知れないから、慎重に実験しないとね」
『本格的な実験と調査』と、大げさな表現を使っただけはあって、彼女なりの実験計画を立てているようである。
しかし、気になることもある。夏休み中の図書館は、学生が多く集まり、人目につかずに実験を行うには不向きに思えたからだ。
「場所は、図書館で良かったのか? 確かに、暑さ対策には向いているが、結構ヒトが多いだろう?」
疑問をぶつけると、
「停止時間の確認自体は、近くの稲野神社でするつもり。図書館に来てもらったのは、実験が終わった後、コカリナについての文献調査が目的だから……」
と、答えを返してきた。
なるほど、この図書館から徒歩一分も掛からない神社の敷地内なら、木々に囲まれているので木陰も多く、人気が少なそうだ。おまけに、セミの大合唱の有無が、時間停止の目安にも成り得るので、我らが『時のコカリナ』の実験を行うには、絶好の場所といえるだろうが――――――。
「神社を実験の場所にするのは良いアイデアだと思うが、図書館での文献調査って、ナニをするんだ?」
再び疑問を投げ掛けると、
「この図書館にある資料で、『時のコカリナ』の正体がわかるとは、私も思っていないけど……楽器としてのコカリナのルーツとか、コカリナが作られた土地の文化とか時代から、何か推測できることがあるかも知れないと思ったから……坂井は、気にならないの? この不思議なアイテムが、いったい何なのか――――――」
そりゃ、祖父さんが形見として授けてくれたようなモノだから、気にならない訳はないが、その調査をするにしても、自分のような平凡な高校生には、なにから調べれば良いのか、検討もつかない。
まさか、最近お笑い芸人が、三代目の局長に就任したテレビ番組の某探偵局に依頼を出すわけにもいくかないだろうし……。
それでも、小嶋夏海が、この祖父さんの形見に、並々ならぬ興味を抱いてくれているなら、ぜひ調査に協力したいと思う。
「確かに、気になる! それに、何だか『夏休みの自由研究』って感じで楽しそうだな!」
そう答えると、彼女は苦笑しながら、
「『夏休みの自由研究』って、小学生じゃないんだから……まぁ、でも、自分たちに出来ることなんて、同じ様なレベルなのかもね。大学に行けば、もっと、本格的なことが研究できるかもだけど……」
と、つぶやくように語る。
そんな取り留めのない話をしていると、いつの間にか開館時間になったようで、入り口の自動ドアが開いたので、空調の効いた図書館内に移動する。
そして、この場所を使い慣れている様子の小嶋夏海の案内に従って、学習室の席を確保したオレたちは、『時のコカリナ』の実験のために、図書館から歩いて一分の場所にある神社にむかった。
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