艶な
それから彼女は今に至るまでの経緯を話してくれた。
「私の名前は、
佳栞は柊真の察しの通り、図書室の常連客だった。
「───図書委員なんて陰湿で根暗な委員会だと思われているのか、誰も好きで仕事に取り組もうとはしてくれません。なので私が代わりに本の整理などをしていたのですが……」
ここまで図書室を利用している佳栞が図書委員ではないのは理由があるようで、図書委員になれば仕事がなくて楽な上に委員会に入ったという建前だけもらえるという考えの人が多くて、その人の勢いに負けて図書委員会に入れなかったと話してくれた。
「ですが、そんなことは無いんです。本が動くのは人が手で触れた時だけです。それまではずっと本棚に保管されていて、埃がかぶりやすくなっているんです」
確かにそうだ。図書室は人の出入りが少なく、その上来る人はその場の雰囲気によって落ち着いている。なので埃が室外に運ばれることが少ない。
「この図書室には多くの本が並んでいます。それらすべての手入れをするとなると大変なんですよ」
そういって、優しい笑みを浮かべた佳栞を見て柊真は、穏やかな人だと思った。
図書委員の人たちが仕事をしないことに対しての怒りの感情ではなく、自分が本の手入れをしていることに対しての達成感を見出していたからだ。この笑顔を見れば誰でもそう思ってしまうだろう。だからこそ、柊真の頭には一つの疑問が浮かんだ。
「それなら、なおさら俺がお礼を言われる理由が分からないんだけど」
「ありますよ。あの日、図書室に来てくれたじゃないですか」
「確かに行ったけど、本当にただそれだけだよ」
柊真が言う通り、柊真は本当に図書室に行っただけだった。それ以降は夏蝶が来て雑談をしてたわけで図書委員の仕事らしきことは一切していなかった。
「それだけなんです。なんですけど、私なんだか嬉しくて。あの席に座って、マニュアルを読んでいる柊真さんを見ていたら」
「そっか」
今まで自分が好きなことをないがしろにしてきた人を多く見てきたのだろう。図書委員という本来自分がなりたかったものを他人が楽そうだからという軽い気持ちでなったこと、責任を持ってくれなかったこと、そんな人が多くいた中で向き合う姿勢、たったそれだけのことを見せてくれた柊真が佳栞にとっては感動を与えるものだったのだろう。
「どうして、仕事をしてくれようとしたんですか?」
「先生に頼まれた」
「それだけですか?」
「それだけだな」
「そうですか……では本は普段から読まれるんですか?」
「純文学は読まないけどラノベとかなら読む方かな。オタクと言われるまでは揃えられてないけど」
「ほんとですか!?」
佳栞からの質問に順々と答えていくうちに佳栞の目が光り始めてきた。
携帯、スマホが普及されているこのご時世、本を読む人が確実に減っている中で自分と同じくした同胞がいることに喜びを感じているのだろう。
「嬉しいです! あ、あの! どのようなジャンルを?」
「ちょ!? っといいか?」
「なんでしょう?」
そんなきょとんとしたような顔で柊真に問い直した。
「急に話しすぎ」
「はっ! ごご、ごめんなさい! 私つい。迷惑でした?」
「いや、そんなことはないけど、もう放課後だし、また今度でいいか?」
「今度? というのは」
「よく図書室にいるんでしょ? なら俺が行ったときにでもって」
「来てくださるんですか!?」
「いいところだったから、たまに行くかも」
「───っ!」
「なんでそこ泣く」
「目に埃が入りました」
「図書室はいつも羽野さんが綺麗にしてるから大丈夫でしょ」
「そうじゃないですよ……もう」
そう言った彼女の顔は涙をこぼしながらも笑みを浮かべていた。
それから佳栞が泣き止むまでの数秒、柊真は別のことを考えていた。そして、その考えに一撃をくらわすかのように佳栞は柊真に問うた。
「ところで、春日夏蝶さんとはどのような関係なのですか?」
「っぐっ───それもまた今度でいいか?」
「ん~。分かりました。今度お話聞かせてください!」
「う、うん。じゃあ」
やはり、柊真と夏蝶が話しているところを見られていた。どのような関係と聞いていることから話までは聞かれていなかったようだが、あの夏蝶が誰かと話しているなんて気にならないはずがない。これはまた今度詳しく話すという事でこの場は収まったが、どう説明しようか悩んでいた。短時間しか話してないが、佳栞ならむしろきちんと話せば夏蝶の噂を乗り越えてくれるのではないかとも思ったが、それを勝手に夏蝶の許可なく話すのは失礼だと思い、考えるのをやめた。
「約束ですよ? 必ず来てくださいね、柊真さん」
「いつになるかは分からないけど。いろいろ済んだら必ず行くよ」
「はい!」
そうして二人は学校を後にした。
その少し、前の事。夏蝶はすでに家についていた。
「起こした方がよかったかしら……まあ、そんなに遅くならないわよね?」
遊び半分に置手紙は残したものの、さすがに帰りが遅いことを心配した夏蝶はどこかそわそわしていた。
「一人いないだけでこんなにも寂しく感じるなんて……少し前まで知らなかった」
いつも柊真が座っているリビングのソファーでここ最近の出来事を思い返しているとこの家に一人でこんな長い時間いるのは初めてだったと肌が少し冷え込むのを感じていた。
「───シャワーでも浴びてこようかしら」
そんなマイナスな思考を切り替えるために浴槽へ向かった。
「私、最近なんだか変ね」
シャワーを浴びながら夏蝶はそんなことを呟いていた。
頭、いや心の中にいつもどこかで柊真が存在している。こうやって一緒に住んでいても特に何も起こっていないはずなのに、どうしてかそんな何も起こさない柊真に少しずつ惹かれている自分がいることにおもわず失笑してしまう。
「本当に変」
胸のどこかが温かくなるのを感じて頭を振った。
柊真とはただの……ただの。その言葉の先が出てこなかった。柊真と自分はどんな関係なのか。住む場所を提供して、される関係なのか。否、そんなことで済ませていい話ではない。柊真は気にしていないが夏蝶は一方的な恩を受けていると思っている。ナンパから救ってくれたことに始まりそれからも。
「私はどうなりたいんだろ……」
そう言いながら、答えの見つからない
「もうあがろう」
考えるだけ時間の無駄と、自分に言い聞かせた夏蝶は浴室を出て、髪を乾かしていた。
するとそこに、帰宅したばかりの柊真が洗面所の扉を開けた。
髪を乾かした後に服を着る夏蝶は当然下着姿。ではなく、寸前で着ることが出来たシャツ一枚で、それは長めのシャツでのワンピーススタイルになっていた。
「…………」
「…………」
「へ?」
「───っ!! 何してるのよ!」
「こっちのセリフだ。どうしてこんな時間からシャワーなんだよ」
「いいでしょ別に、私がどのタイミングでシャワーを浴びようが」
「その結果がこれだよ」
「あなたが不注意だったのがいけないでしょ! ドライヤーの音が聞こえなかったのかしら?それともわざとじゃないでしょうね」
「……それはないから安心してくれ。お互い同じ家に住むんだからプライベートは守るつもりだ」
「なんだか急に落ち着いてるわね」
「…………」
そう見えてるだけだ。柊真も普通の男子高校生。そんな柊真が同級生の、しかも夏蝶のこんな姿をみて何も思わないはずがない。
「というか、早くどこかへ行ってくれないかしら。見せ物じゃないのよ」
「見てないから。何も、見てない」
「そう……」
夏蝶を視界に入れないように扉を探す柊真を見て、夏蝶は不敵な笑みを浮かべてあろうことか柊真に近づいて行った。
「もしかして、恥ずかしいの?」
「バカなこと言ってないで早く服着ろ」
「顔、赤いわよ?」
「………」
すると、顔を赤くした柊真が夏蝶の顔だけを見るように顔を近づけた。そして、一言。
「鏡見ろって」
そう言われて、洗面台にある鏡を見るとほとんど下着姿で柊真に歩み添っている自分の姿が見えた。
それを見て恥ずかしくなったのか、夏蝶は次第に顔を真っ赤に染め、頭から煙を出したかのような熱さになっていた。
「───っっっ!! 見るなバカっ!」
歩み寄ったはずの夏蝶の方が先に限界を迎えたのか、そう叫びながら柊真を洗面所から突き飛ばし、扉を閉めた。
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