秘密

 あれから少し時間が経ち、昼休み。早めにお弁当を食べ終えた柊真は時間つぶしのために屋上へ来ていた。この学校の屋上は狭いうえに長いこと使われていなかったからか少し汚かった。

 そう、汚かったと過去形なのはいま、柊真がいる屋上は見違えるほどに綺麗になっているからだ。ある日誰もいない穴場だと知った柊真はここを黙って綺麗にすれば過ごしやすい空間になるのではないかと考え、行動に移した。結果、このように誰もいない屋上で一人くつろぐことが出来ている。


「…………」


 と思っていたのだが、以前ここに人が来たことがある。その人がまたしても屋上に顔を出した。


「この学校の屋上は汚いと思ってた……」


 夏蝶だ。どうやら、教室を早々に出ていく柊真が気になったのか後を付けられていたようでこの場所がばれてしまった。


「どうして春日さんがここに?」

「私が何をしようが勝手でしょ」

「こんなところ見られたら変な噂が立つって心配してるんだけど」

「あらそう」

「それだけ?」

「どうせ噂なんてどうしよもないもの」


 夏蝶は柊真の影響か、少しづつではあるが着実に変わってきている。それでも学校ではツンデレないを演じているのには理由があった。


「それでいいのか? ちゃんと話せばわかってくれる人もいるかもしれないけど」

「面倒なのよ、今更そういう友達付き合いとか」

「友達ができる前提なんだ」

「なによ」

「いや。なんでも」


 悪いところでも柊真の影響を受けていた。無気力に生きている柊真と一緒に過ごしていれば少しくらい左右されてもおかしくなかった。それか本当の夏蝶はこうだったのかもしれない。

 すると、夏蝶は自分の中にある屋上のイメージとすり合わせるように見渡した。


「それより、ここ。あなたがやったの?」

「まぁな」

「綺麗になったことも生徒どころか教師も知らないじゃない」

「誰にも言ってないからな」

「なんだか秘密基地って感じね」

「すげぇオープンだけどな」


 これほどまでに開けた秘密基地があっただろうか。

 そして、一部周りと比べても綺麗なところに柊真が移動して寝転がった。以前夏蝶が乱入してきたときにも寝転がっていた場所だ。


「私もいい?」

「俺と添い寝することになるぞ」

「別に気にしないわよ」

「ならいいけど」


 そう言って、照れる様子もなく夏蝶は柊真の隣に腰を下ろした。


「恥ずかしいとかないの?」

「一緒に住んでるんだし気にならないわよこのくらい」

「そうか……」


 柊真はここまで気を許してくれていることに少し誇りを感じていた。確かに成り行きとはいえ関係を持つことになったが、それでも噂に隠れた夏蝶を見れたことに謎の達成感と共に安心感のようなものも同時に感じていた。


「屋上に来るような人はいないし、教室からはちょうど見えないようになってる」

「それに割と景色もいい」

「ええ。私も使っていいかしら?」

「どうぞお好きに。もとから俺に拒否権はないし」

「そう、また落ち着ける場所ができたわ」


 そう言った夏蝶は立ち上がってその場を後にした。

 一人になった柊真はそれから適当に時間をつぶそうと、引き続き寝転がっているといつの間にか寝ていたようで目が覚めた頃にはすでに学校が終わっていた。夕焼けを見て「やべ」と体を起こすとそこには柊真のカバンと一通の手紙が置いてあった。その手紙の内容は『一生寝てなさい』とのことだった。


「いや、起こしてくれよ」


 紙が少しだけ酸化していたので、これを置いたのは本人はおそらくもう学校にはいないだろう。寝起きの体を目一杯の力で起こし、柊真は帰るべく屋上の扉へ向かった。

 それから昇降口に向かった柊真は外から部活をしている生徒たちの声を聞き、閉じ込められたわけではないことに安堵していた。そして、靴を履き替え外に出ると校門で誰かを待っているのか、その壁に寄りかかっている女子生徒がいた。背格好からして同年代か一つしたの学年の子かという感じだった。部活動をしている恋人でも待っているのだろうか。しかし、こんな時間まで待っているとは、


「青春かな」


 と自分には無縁なことにそのまま通り過ぎようとしたその時、その女子生徒と目が合い、そのまま女子生徒が一礼して寄りかかった壁から体を離し、柊真に近づいてきた。


「……えっと、何ですか?」


 近づいてきただけで動きを見せない女子生徒を前に柊真は何もすることが出来ず、そんな言葉しか掛けられなかった。すると何かを伝えようとしているのか口をパクパクさせ始めた。


「金魚のモノマネ?」

「………」


 頭の上にはてなを浮かべて対応に困っていると、少しずつ声が聞こえるようになってきた。


「あの……この間……とう」

「あのこのだとう? まって、標準語でお願いできる? 方言は詳しくなくて」

「あの!」

「うおっ」


 突然の大きな声で柊真は驚いていたが、それを他所に少女はつづけた。


「この間はありがとうございました!」

「はい?」


 はっきり言ってお礼を言われるような心当たりはない。柊真はこの訳の分からない状況に頭が追い付いていなかった。


「どういう事?」

「そそそ、それは、あのこの間の」

「ちょっと待った」

「はは、はい!」

「一旦落ち着いてくれ。頭の中で整理してから話してくれるとありがたいんだけど」

「……ごめんなさい」


 少女は胸を撫で下ろし、その後でふぅと息を吐いた。どうやら落ち着いたようで、さっきまでの挙動がおかしく金魚のモノマネをしている人ではなくなった。声色も落ち着いていて表情もどこか凛とした顔をしていた。見れば見るほどこの子も魅力に引き込まれるようだった。


「この間、図書室来てくれた方ですよね?」


 そのままに胸の前に両手を合わせながら前で一つに束ねた髪を傾けて柊真に確認の質問をした。


「図書室? あー確かにいったな、それをどうして知っているのかは聞いていいのか?」

「いつも委員会の人は来ないのに、その日だけは来たので、気になって先生にお名前を聞きました」


 その言葉だけで大方理解することが出来た。委員会に所属しているわけでもないのに図書委員会のことを把握しているという事は、すなわち毎日のように図書室に通っているという事。つまり、この少女は図書室に頻繁に現れるというある意味夏蝶のような知られ者だった。


「でも、あの日は誰もいなかったような……」


 誰もいなかったからこそ、夏蝶は柊真に割った話をしてくれていた。それがもし聞かれているとなると夏蝶がどう思うか。


「はい。実は……」

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