欲しいのは、君と時間と笑った顔
宿を出て駅へ向かう。やっと目の前に現れた君に触れたら駄目なんだとただ堪えた夜だった。堪らずにキスをしたのは許してほしい。
僕が死んだと噂が流された頃、慌てて帆乃花が僕を探しに、確かめに来てくれるかと期待した。だけど帆乃花はもう違う人生を歩んでいると知り、この気持ちにも蓋をした。
それからしばらく経つもやっぱり僕は帆乃花を探した。見つけた彼女のTwitterは想像したより酷かった。
まさか、あの人と結婚するとは僕の衝撃も想像したより酷かった。消えたい……それを見たとき消してたまるかって消えかけた心の火を再び灯した。消えかけたこの命で。
僕は、余命3ヶ月だと知ったのは帆乃花に再会する少し前。
脳に腫瘍があり、厄介なことに手の施しようがないらしい。だから、最期に会いたかった。
最期に、笑う帆乃花を見たかった。だから悲しませないように傍に居たい。きっとこれは僕の人生最大の罪であり、わがままかもしれない。
「残すはパフェと奄美大島だね」
「それだけ?それ終わったら……」
帆乃花は何か言わんとするように言葉を濁した。僕が頭が痛いのはバレている。
かといって残された時間を伝えたらきっと君は崩れる。
もう一度会わなければ、死亡の噂が本当になるだけだったのに……ごめん。
「……終わったら、僕はアメリカ行き」
「…………そっか」
言えなかった。もうすぐ死ぬなんて……言えなかった。
「あのさ、帆乃花……」
僕が名前を呼ぶと、明日この世がおわりを告げると言われるかのように不安な顔をする。
「帆乃花、もし僕が居なくなっても消えないでよ」
「……じゃ、居なくならないで」
「それは無理だなぁ。」
「…………?」
「僕には僕の決められた人生がある」
「…………」
帆乃花はがっかりしたように、口をつぐむ。
「じゃ、パフェも奄美も行かない」
「え?」
帆乃花はプーと膨れた。まさかの反撃に僕は戸惑う。
「いいよ。時間は無いから僕ひとりででも行くから」
後どの位薬や通院でしのげるかわからない。いつまでこうして自由に動けるか分からない。
本当に時間は無い。君がいなければ時間なんて惜しくも無かった。なのに今は一分でも一秒でも……欲しい。
「じゃ、行く」
短い返事をした帆乃花が可愛くて頭をぼさぼさにしてやった。笑って、笑ってほしい。
「やめてっひろ。もう……ひろは変わらないね。高校時代に戻ったみたいに錯覚しちゃいそう。私さひろがアメリカに戻ったら仕事探す。それまで、思う存分ひろと居たい。だめ?」
僕も居たい。手足を縛ってずっと隣に置いておきたいくらい、居たい。けれど四六時中居ると僕の不調を隠し切れない。
「いいけど……でも家には帰ってよ。」
「あっまた昔みたい。不良にみえて実は真面目だよね」
「真面目?そうかな。帆乃花みてたら真面目になるだけ」
そうなんだ。君と出会って僕は変わった、無茶をしなくなった。君を見ていると守らなくちゃいけないと……僕にはそんな強さが無いとしても。
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