第33話 呼ばれる私と呼ぶあなた—①

 「うう……、明日からお仕事再開です。憂鬱です……」


 「そうねー」


 「……みそのさん、なんだかそっけないです?」


 「別に?」


 「わ、私、なにかしましたか?! やっぱり、この前のが余計なお世話でしたか?! えと、えと……」


 「別に、ここねは何にも悪いことしてないじゃん」


 「そ、そうですか。よかった……」


 「…………」


 「…………え?」


 「どうしたの?」


 「今、えと。あの私のこと―――」


 「……そろそろお昼ごはんにしよっか」


 「ええ―――っ!!?」




 私は生まれて今まで、誰かに自分のことを好きになって欲しいなんて本気で想ったことがありません。


 勝手に好きになってくれた人は、まあいないではありませんでした。


 ほどほどの関係の人は、まあ数えるのも馬鹿らしいほどたくさんいました。


 仲良くしようとして、失敗した数は何回かありました。そういう試みが全く成功してこなかったから、私はあまり人を好きになれてこなかったのかもしれません。


 心のどこかで、誰かがブレーキを踏んでいるのです。


 のめり込まないように、行き過ぎないように、引かれないように、気を付けながら。


 だからそう、きっと私は。本当の意味で誰かと仲良くなりたいと、想えたことが無いのです。


 何せ一生で一度も上手くいったことが無いのです。ブレーキのべた踏みもやむなしということでしょう。


 まあ、最近はなんだか、みそのさん相手にはブレーキが壊れている気がしないでもないですが。


 閑話休題。


 というわけで、まあ私、望んだ人に好かれた経験がないのです。


 当然、ちょっと進展したような経験もないわけで。


 まあ、まして、ねえ。


 名前を、呼ばれたなんて。


 ずっと、苗字呼びだったのに。


 これは、進展したということでいいのでしょうか?


 それとも、遠回しに丁寧な呼び方はもういらないと雑に扱われているということなのでしょうか。


 なにぶん、前例がないのでよくわかりません。


 どうすれば、どうすればいいのでしょう。


 うう……、あう……。


 本人にもはぐらかされてしまったし。


 こういう時、一体誰に相談すればいいのでしょう。


 なんて、悩んでいた折に。


 私ははっと想い出しました。


 そうです。昨日の温泉の帰り道。


 まなかさんから連絡先を教えてもらったではありませんか。


 きっと、まなかさんなら助けてくれる。


 人に頼るのは苦手なので、怖くて恥ずかしくて仕方がありませんが、みそのさんのことなら背に腹は代えられません。


 万が一、何か機嫌を損ねていたらいけないし。きっとまなかさんなら、解決策を知っているはずです。


 そう想って、私はわらにもすがる思いで、まなかさんにスマホでメッセージを飛ばしました。


 そんな私を見て、お昼ご飯のチャーハンを口に運びながら、みそのさんは不思議そうに首を傾げていました。


 



 ※




 『まなかさーん!! 助けてください!!』既読 12:07


 『ここちゃん、おはよ。どうしたの?』既読 12:08


 『みそのさんは急に私の呼び方変えてきたんです! これは……怒ってるのか、距離を取られているのか……』既読 12:08


 『ふーん? ちなみになんて呼ばれてるの?』既読 12:09


 『え、普通にここね……って。前までは優しく加島さんだったのに!対応もなんかそっけない気がします! どうすればいいですか?!』既読 12:10


 『…………』既読 12:10


 『え、え。本当に私なんか地雷、踏んでます』既読 12:10


 『踏んだね……』既読 12:11


 『ええ!!??』既読 12:11


 『なんだろ……ツボを』既読 12:11


 『…………え? 割れます?』既読 12:12


 『そっちじゃなくて……あー、とりあえず、あれだね』既読 12:12


 『あれ……とは』既読 12:13


 『抱かれちゃえ』既読 12:13


 『え?』既読 12:15


 『あ、嫌じゃなければね?』既読 12:15


 『え?』既読 12:17


 『健闘を祈るよー。あ、私これからご飯だからー』既読 12:17


 『ま、まなかさーん!!??』


                12:18






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