24:牧神の午後への前奏曲

2036年3月1日 昼

佐久間の顔に昼の陽射しが当たっている、目の周りをグニョグニョと皺を動かし「うーーーっ。」と喉を鳴らし目覚める。床に転がるディスプレイが割れたPCがバラバラ遺体にオーバーラップする。視点が定まらない目と違い皮膚感覚が鋭敏になっていて、僅かに動かした手にスマホが触れ、ビクッと身体が反応した。ゆっくりと視界を手元に移す待ち受けにメッセージの通知が見えた。5件のメッセージと2件の着信があった、佑月からだ。佐久間は(あぁ、もう昼か、、、。)と思いながら無表情でコールバックする、何度かのコールで繋がった「はい、佑月です!。佐久間さん、どうしました?、心配したんですよ!。」「あの、、、。」と言ったつもりが、しっかり声が出ない、唾を飲み込み繰り返す。「あの、、、。」「はい?。」「すみません、ちょっと声が出し辛くて、、、。」「大丈夫です、ゆっくり話してください。」「あの、話を聞いてください。」「ごめんなさい、今日はちょっと、、、待ってくださいね、、、。えっと、明日の診察時間前ですが8時30分なら。」と言われ予約をした。スマホを切るがスマホを手放せない、ネットは見ない方が良いと分かっていても、不安を抑えられずにスマホでネットを見てしまう。悪意の文字とニュースに並ぶ単語を目に浴びている内に、マンションの住人の視線や言葉を思い出す、悪意を滲ませた眼球や言葉を吐く唇、バラバラになった遺体の映像が粗いドットになりながら妄想の中でクローズアップされ、巨大に見える。段々と掠れる自分の呼吸の音が耳に煩い、色んな音が気になり始める、マンションの周辺は大きな道路がなく、車を時折しか通らないが、その車の音さえ騒音に聞こえる。耳を塞ぐと、籠った“ンーーーー”という音が、耳から手を離しても“シーーーー”という音が鳴り続ける。使っていなくとも家電は何か小さな音を出している事に気づく。その内に鼻腔を空気が通過する音や、唾液を飲み込む時になる喉を耳が詰まる感覚、挙句は内臓が動いている音まで聞こえるような幻聴がおき、何をしても消せない。どうしようも無くなり、安定剤に救いを求めた。(俺も殺されるかもしれない、、、。)と思っていると眠ってしまった、握った手から薬の抜け殻がこぼれている。



3月2日 早朝

佐久間の部屋

窓からの朝日が反射した街の景色が目に入る。(あー、寝たんだ。)とゴロっとうつ伏せになり、両肘で上半身を持ち上げ支えるが、両目は硬く閉じ首は落ちそうに垂れる。(気持ち悪い、、、薬かぁ、、、頭がズキズキする、安定剤飲みすぎだな、、、。)両肘が支えきれなくなり、横に倒れる。頭をぐるぐる動かしスマホを探す、無意識にまた悪意に触れようとしている自分に気づき、スマホを持った手はパタっとベッドに落ちる。(体を温めよう、、、。)根拠は無いが体を温める事で楽になれる気がした。バスタブにしゃがみ込み、シャワーを出す、無数の温かい水の粒が体で爆ぜる。悲しいとか、辛いとか、感情を探しても見つからず、ただただザーっと言う音だけを聞いている、気がつくとぼんやりと伴田やコミュニティーを思い出している。(伴田さんや、あそこの住人も、こんな思いをしたんだろうか、、、。)、浴室リモコンの時計を見ると7時を過ぎていた、(病院行かなきゃ、、、。)ゆっくりと立ち上がりシャワーを止めた。


佑月の診察室

「お前の態度が不愉快なんだよ、人の話を真面目に聞いてるか?ペンをクルクル回したり、頬杖付いたり、えっ?。」の怒鳴り声が廊下にも響く。「そんなつもりじゃな、、、。」「言い訳する前に、謝れよ!。」「すみません、そうですね私が。」緊張で口元が引き攣る佑月「なんで白笑してる?何が面白い???。」「笑ってません、すみません、、、。」佑月の心拍数が上がり、肩や背中の筋肉が硬直する。「俺が話してんのに真剣に聞いてるのか?俺がレビスだから見下してるのか?村上をお前もおんなじか?え!。」ガン!佐久間が佑月のデスクを蹴った。バタバタバタと外で音がし、警備員が駆け込んでくる。「大丈夫ですか?。」息が上がった佐久間が下を向いて立ち尽くす。「大丈夫です。大丈夫ですよね?佐久間さん。」警備員と佐久間の両方を交互に見ながら佑月が宥めようとする。「、、、すみません、ごめんなさい。」佐久間が荒い息の中から漏れるような声で言った。「もう、大丈夫です。ほんとに。」佑月が警備員に帰るように促す。警備員は手を警棒に掛けながら、佐久間を鋭く見る。何度も頭を下げる佑月、佐久間の呼吸が落ち着き始める、「落ち着きましたか?。」と佐久間に問いかける警備員。佐久間が申し訳無さげに頭を下げると警備員は確認するように佑月を見る、佑月は黙って頷く、その様子に仕方ないといういう面持ちで「わかりました、何かありましたら呼んでください。」と警備員が言いう。佑月は小走りにドアに行き「ありがとう。」と警備員に言いながらドアを開けどうぞと言う風に手を外に向ける。「くれぐれも冷静に、では、失礼します。」警備員は念を押すように佐久間に目を合わせ出て行く。

気まずい空気の中で、佐久間の様子を見続ける佑月。「あの、落ち着きましたか?。さっきは無神経でごめんなさい。」佑月は佐久間の前に立ち、深く頭を下げた。「いえ、私こそ、、、イライラして申し訳ないです。」と何度も頭を下げる佐久間。「もう少しお話しませんか?、ちゃんと聞きますから。」と歩み寄るように佑月が訴える、「あ、いえ、、、出直します、、、大丈夫です。ほんとに、すみません。」と自分の愚かさで居た堪れなかった、「本当にごめんなさい。」と佑月が言うと、「いえ、、、あ、さっきはかばってくれて、ありがとうございました。」と佐久間が言った。佑月は穏やかな表情を見せて「いつでも連絡ください。」と言うと、佐久間は深く頭を下げて部屋を出て行った。佐久間がデスクを蹴った時に床に落ちたペンや資料を拾いながら、批判する糸井に声を荒げて反論する、医師らしくない感情的で子供っぽかった咲真教授を思い出していた。


佐久間の部屋

佑月への態度に自己嫌悪を消せない佐久間。安定剤と睡眠導入剤を含みビールを呷る、テーブルに空き缶を並べるが全く眠くならない。目を閉じるとバラバラにされた自分をあざ笑う隣人や黒く塗りつぶされたような人が取り囲む映像が浮かぶ、教会の鐘のような音が鳴り響く、頭蓋骨の中で反響するような船酔いするような感覚に陥った時、手の振動で我に返った「あっ、、、。」と手に触れていたスマホに見知らぬ番号からの電話、不安定な呼吸でグリーンのボタンをタップする。「佐久間さん?。遅くにごめんなさい、佑月です。」という声、反射的に「あっ、はい、、、。」と取り繕うようにスマホを頬に当てる。「すみません、寝てましたか?。ちょっと心配で、本当は医者が掛けちゃいけないんですけど、、、。」という佑月の声が佐久間には有難かった。黙っている佐久間に佑月は話かける、「大丈夫ですか?、勝手に話ますから気にせずに居てください。たぶんニュースとか色んな情報で不安になってるんだと思います。見るなって言われても見ちゃいますよね?、でも見たことで自分を責めないでくださいね。それで、、、。」と語り掛ける佑月の話を聞いている内に佐久間は少しづつ呼吸が安定して行く、佑月の声はフルートのように聞こえ、まどろむような感覚になってきた、「、、、。そう、あのですね、佐久間さんの本、買いました。‘’滅び行く動物達‘’、まだ読み始めたばかりなんですが、、、。」と話す佑月に意識を戻されると「ありがとうございます。あの、大丈夫です。」と穏やかに佐久間は言った。「あ、大丈夫ですか?。もし、辛い時があったら、いつでもメッセージください。」と寄り添うように佑月が言うと、佐久間は佑月への感謝の気持ちが気恥ずかしくなり、わざと素っ気無く礼を言って通話を切った。通話を終えたスマホを手にしながら(話せて良かった。)と二人は同時に思った。


※夢を見ている※

ゴッ、、、ゴッ、、、ゴッ、、、

鈍い振動

(ごめん、ごめん、、、)

止まらない

ゴッ、、、ゴツ、ゴツ

(許して、、、)

ドロっとした感触と温い粘る臭い

(わかってんだろ)

(大丈夫?、、、大丈夫?、、、大丈夫?、、、大丈夫?、、、)

背中に手が周り体が浮く

体がフワっとして、視界が青くなる

(飛んでる?)

アンドロギュヌスが飛んでいる

その人の手が私の手を掴んでいる

飛んでいる

町が見える、通りを行く

(この間見つけた本買っとくか?、あ、でも急がないと)

(あ、新しいマンション出来たのか?前なんだっけ)

目の前に噴水

ゴッ、、、

意識がフワっとなった

全身にドンという衝撃

ゴッ、、、ゴッ、、、

(ぃたねーんだぉ、ぇめー)

ゴッ、、、ゴッゴツ

ミシッ、鼻から温い血が溢れ、口に逆流し鉄臭い味がする

湯船に顔を付け鼻から湯が入って咽せるように、咳き込んだ。

ゲホッゲホッ、ゴッ、(きたねーははは!)ゲホッ、ゴッ、ゴッ、(おもしれー)

(舐めろよ、おい、舐めろ)

ゴッ、、、ゴッ、、、

(もういいかな、疲れたな)

ぼんやり遠くを見ると人が走ってくる

ぼんやり見ている

なんだか怒鳴り声とかが遠くで鳴っている

その人を見ているとハンモックで揺れている気分

ユーラユーラユーラユーラ

ギュン!って高く飛んだ!高い所から見下ろす。

(お前がやったのか?!)

(知るか)

急に引き上げられる

どんどん引き上げられる

(なんだ????)

アンドロギュヌスが大きな石の前で歌っている

そして物凄いスピードでこちらに向かって来る

(あ!)目を閉じると

顔に凄い風と羽根の感触

目を開くと、視界の上ギリギリの黒い影が

黒い影を遮るように羽根がいくつも舞っている

アンドロギュヌスは、こちらに向け男の顔は微睡み、女の顔は牧神の午後への前奏曲を口ずさむ

※※※

佐久間は眠っている、牧神の午後への前奏曲の主旋律に身体を委ねるように、まるで夢から醒めまいと耐えているように見える。

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