第230話 悲報でした

〜〜院長先生〜〜


「それじゃ、行って来ます」


「行ってらっしゃい。あまりジュンを困らせないようにね」


「ジュンを困らせるわけないじゃないですか、もう」


 ジュンは優しいから…何も言わないだけで内心じゃ困ってると思うわよ。


 ジュン…私の、もう一人の息子。


 あの子が孤児院に来た時は本当に驚いた。男の子を捨てる母親が居るなんて想像もしなかったもの。


 でも、今になって思う。


 もしかしてジュンは捨てられたのではなく、私に預けられたんじゃないかって。


 私の過去を知っていて、私がジュンを手放す事なく育てる事を見越して孤児院の前に置いて行ったのでは、と。


 それでも手放す理由なんて判りはしないのだけど。


 殆どの国で男性は手厚く保護されるし、育児支援も受けられる。


 例え貧民層の出身でも男の子を産めば人並の生活が送れるようになる。


 本当にジュンを手放す理由がわからない。


 …ジュンの本当の母親は今頃ジュンを手放した事を後悔しているんじゃないかしら。


 ジュンの噂は他国にまで届いてるもの。容姿も黒髪だってだけで、もしやと思うはず。


 男なのを隠して女の子として育てたせいか、勇ましくて逞しいのが玉に瑕だけど…とても強く賢い子に育ってくれた。


 女として育てた事に恨み言の一つも無く、感謝の言葉をくれる優しい子に…優し過ぎてつけ込まれないか不安になるけれど。


「院長先生。今日は出掛けるって言ってませんでした?」


 ああ…そうだったわ。朝からピオラの突拍子の無い話を聞かされて頭から飛んでいたわね。


「ありがとう。行って来るわ…ジェーン?朝御飯の後なのに食べ過ぎじゃないかしら」


「大丈夫ですよぉ。こんなにいっぱいあるんですもん。院長先生の分もありますから」


 いえ、そうじゃなくて…単に食べ過ぎを心配してるのだけれど。


 帝国から帰って来たジュンからのお土産と…どうしてか財務大臣から贈られた山のような帝国土産…食べ物以外にも服やら置物やら…何故贈られて来たのかしら。


「院長先生、おでかけ?」


「ジュンお姉ちゃんのとこー?」


「いいえ。お出かけはするけれどジュンの所ではないわ」


「そうなんだぁ」


「ジュンお姉ちゃんのとこなら着いてこうと思ったのにぃ」


「ウフフ。残念だけど、また今度ね」


 ジュンは年上にも年下にも好かれている。ステラやジーニみたいな年増にまで好かれてるのは気の毒だけれど…


「何か失礼な事を考えていないかしら」


「あら、おはようジーニ」


「おはよう。で?何を考えていたの」


「ジュンは誰にでも好かれるな、と考えていただけよ」


「そう?ならいいけれど」


 元冒険者仲間のジーニ…今は孤児院の隣、エロース教教会の司祭をしてる長年の友人。


 彼女も今日の私の目的地まで一緒に行く。何故なら同じ人物に呼ばれたから。


「何の用かしらね。マチルダは聞いているの?」


「いいえ。でもドミニーも呼んでいるそうよ」


「あら。じゃあ昔馴染みの誰かの事かしらね」


 その可能性は高そうね。そしてそれは多分…不幸の報せね。




「ステラを…ギルドマスターに呼んでくれるかしら」


「マチルダ様ですね。あちらの部屋へどうぞ」


 今日の目的地…私達を冒険者ギルドまで呼び付けたのはステラ。


 部屋に入るとステラとドミニーが御茶を飲んでいた。


「ああ、来たか」


「……」


「ええ。新年おめでとう」


「これからもよろしくね」


 ドミニーは相変わらず無口だけれど今のはわかるわ。


 今日が年明けの初顔合わせだもの。


「ドミニーには用件を話したの?」


「いいや。あまり何度も口にしたい話題じゃないんでな。一度で済ませたい」


 ああ…やっぱり、そうなのね。


「…誰が死んだの?」


「…やはり、わかるか。リムとラムだ。二人共、依頼中に亡くなった」


「…驚いた。あの二人、まだ現役だったの」


「ほんと…確か私達より五つほど年下だけれど…もういい齢だったはずよね」


「ああ。二人共、人族だからな。四十八だか七だか…その辺りだったはずだ。普通ならとっくに引退してる年齢だな」


「……」


「そうね、ドミニー。皆、先ずは二人の冥福を祈りましょう」


「ええ…」


「そうだな…」


 リム、ラム…私達が現役時代に手解きした双子の後輩冒険者。偶に一緒に依頼を受けたりもした…後輩であり仲間であり友人だった。


「そのリムとラムには子供は居なかったが…マチルダの真似事のような事をしていたらしい。数年前から四人の孤児を引き取って育てていたそうだ」


「あの二人…特にマチルダを慕っていたものね」


 そんな事をしていたのね…何年も前に故郷に帰ると言っていたのが最後…便りも無かったし、何も知らなかったわ。


「私も知ったのは二人が死んだと報せを受けてからだ。四人の子供達は今、王都に向かってる。そこで、だ。マチルダ…」


「わかったわ。私の孤児院で引き取るわ」


「助かる。二人は自分達に何か有れば私達を頼れと子供達に言っていたらしい。あと四日もすれば来るだろう。受け入れ準備でもしておいてくれ」


「ええ」


 部屋は…ピオラが出て行くなら足りるわね。丁度良かった…と言っていいのかしらね。


「話は以上だが、お前達からは何かあるか」


「私は特に…いえ、丁度良いわ。ステラ、あの件は何か進展はあったかしら」


「…あの件か。すまないな、何も無い…何もな」


「…そう。気にしないで。貴女が謝る事じゃないわ」


「マチルダ、貴女…まだ探していたのね」


「……」


 …いえ、殆ど諦めているわよ。もう三十年以上も前の話だもの。


 でも、それでも…


「あ〜…ジーニはどうだ。何か面白い事は無かったか」


「面白い事…ではないけれど…今度新しい神子様が赴任されるわ」


「ほう。いつぞやのド阿呆神子のような奴じゃないだろうな」


「流石にあんなド阿呆は滅多にいないわよ。今度来る神子様は神子セブンほどじゃないけれど、ベテランの信頼の置ける方だそうよ。年齢は確か…三十八だったかしら」


 三十八…生きていれば、あの子と同い年ね。


「三十八…人族だろう?おっさんじゃないか」


「失礼ね。三十八歳はまだまだ若者ですぅ。エルフから見たら余計にそうでしょうに」


「三十代のエルフは本当にガキだからな…人間の三十代とはえらく違うのは確かだ」


「でも、もしかしたらステラの好みかもしれないじゃない。予約しとく?優先的に順番を回してあげる」


「いらん。私はジュンに純潔を捧げると決めている」


「八十代のおばあちゃんの純潔なんて捧げられても困るでしょう」


「誰がおばあちゃんか!」


 いくらエルフで見た目が若いからって…母親代わりの私としては八十代の、自分より年上に息子を渡すのは…うん、嫌ね。


「だから諦めなさい、ステラ」


「いーやーだー!私はジュンの尻が大好きなんだー!」


「あら、私は全部好きだけれど。ドミニーは何処が好き?」


「……」


「照れるような歳でも無いでしょ。言ってみなさいよぉ」


 ドミニーは男が怖いらしいから…照れてるんじゃなく嫌がってるんでしょ。


 やめてあげなさいよ…


「おっと、そうだ。神子の話で思い出した。教皇がジュンに興味を持っているという話。あれからどうなった」


「特に何も。音沙汰もないし私も新しい情報は送ってないから。教皇猊下も判断に困ってるんでしょうね。もう暫くは何も無いと思うわ」


「ならいいがな」


 エロース教の教皇…ジュンも大変ね。


 でも、もし教皇が王都まで来たら…会ってみたいわね。


 あの子の事を知らないか聞いてみたいから…

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