第227話 最後の夜でした

「ああ…今夜で御別れなんて…」「何故、愛する二人が離れ離れにならないといけないのでしょう」「必ず迎えに行きます…待っていてください」


「…いえ、その…私達の関係って何なんです?」


 闘技大会が終わった後のパーティー。明日の朝には王国に帰還するわけだが…帝国や他国の御令嬢達に迫られて怖い。


 何故、運命に引き裂かれる悲恋の二人のように語ってるのか。申し訳ないけど、俺にはそのつもりは全くありませんよ。


「モテモテですな、ノワール侯爵」


「宰相殿…そう見えますか」


「見えるわね。喜んではないみたいだけど」


「…ミネルヴァ様も御一緒でしたか」


 そう言えばこの子の事が残ってたな…あの時の意味深な言葉の意味を確かめないと。


 …確かめない方が良いような気もしてるが。


「ノワール侯爵。先ずはあの時の御礼を。御協力感謝いたします。つい、礼を言いそびれていました。他に気になる事があったもので」


「…御礼の御言葉、確かに。しかし、気になさらないでください。勝手にやった事ですし、カサンドラ様から御礼の言葉は頂いてますので」


「そういう訳にもいきませんので。姫様からも御礼を伝えたいそうですので、こちらへ」


「いいからいくわよ。皇帝のサーラ姉さんから直々の御言葉を拒否するなんて、不敬よ、不敬」


 なんかテンション高ぇな、ミネルヴァ様。何故だろう…その機嫌の良さが増々嫌な予感を募らせて行く…


「というわけで、御連れしました姫様」


「ご苦労様。あと陛下と呼びなさい」


「何処でも大活躍だな、お前は」


「あ、ジュンも呼ばれたんだ」


 …皇帝陛下と一緒にアリーゼ陛下とアイも一緒に居る…ただ御礼を言われるだけじゃないんスね?


「ふふ…そう警戒しなくても大丈夫ですよ。御礼と約束について御話するだけですから」


「はっ…約束?」


 ………ああ、推薦枠を貰う代わりにお茶会に参加するってやつね。でも、明日にはもう帰るんだけど。いつお茶会すんの?


「先ずは感謝を。妹達を救ってくれた事、感謝いたします。首謀者もわかりましたし、主犯の身柄は抑えました。いずれ黒幕も捕えられるでしょう」


 ああ…ジビラの部下は無事に捕まったんだな。それから先…エスカロンにどんな要求するかは俺がどうこう言う事じゃないし、そこは御好きに。


「で、本題のお茶会についてですが」


「あ、そっちが本題なんですね…しかし、もうお茶会を開く時間が無いのでは?俺達…失礼。私達は明日の朝には帝都を出ますので」


「オホホホ。ええ、ええ。わかってますとも。闘技大会が終わったばかりで、すぐにお茶会を開くなどしません。メイド達に恨まれてしまいますし」


 …ん?なに、その、まるでお茶会を開く気は最初っからなかったような口ぶり。


「…と、言う事は?」


「お茶会は来年ですね。ちゃんと招待状を送りますからね」


 ね、と。ニッコリ笑う皇帝陛下…その笑顔には断る事は許されないという圧がある…そうか、これが最初っからの狙いだったのか。


 アリーゼ陛下を介さず、俺だけを合理的に呼ぶ…それなら皇帝陛下にとっての余計な御邪魔虫が少なくてすむから。


「そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫ですよ。私も忙しい身ですから。年に二、三回しかお茶会は開けませんし。頑張っても年に四回ですね」


「なん・・・だと・・・」


 まさかの一回こっきりじゃないだとう!?年に二、三回だと言っても普通に馬車で行くなら往復で一月は掛かるんだぞ!?


「…ま、仕方ないな。お前が望んだ結果の事だ。アイを連れて行く事は許してやるから、あきらめろ」


「あー…ウチも承諾しちゃったしねー…」


 あ、諦めろと言うのか…最大で年四回、四ヶ月もお茶会に時間をかけろと?


『ん~…もういっそ周りには空間転移の事バラすかやな。そうすりゃ移動時間は掛からずお茶会にかかる時間は一日で済むで』


 う、ううううむ…そ、それしかないと言うのか、相棒…


『もしくは、そうやなぁ…車でも開発しちゃうとか?それはそれでいろ~んな問題が出て来そうやけど』


 それは技術革命が過ぎるような…てか、ガソリンも電気も無い世界でどうしろと。


「うふふ…ノワール侯爵の懸念はわかりますよ。移動に時間が掛かり過ぎる事ですよね」


「は、まぁ…何せ隣国とは言え片道約二週間ですので」


「ええ、わかります。そこでお茶会の場所はメールスでは如何?それならお互いに片道一週間。公平でしょう?」


 それってお茶会の場所はベッカー辺境伯邸なのでは…また辺境伯の胃に負担が掛かりそうな案を。


「それから…アリーゼ陛下。これは提案なのですが、街道整備をしませんか?」


「街道整備?王国と帝国を繋ぐ街道を新たに整備しようと?」


「はい。そうすれば交易が盛んになり、お互いにより発展していけるかと。他にもメリットはあります。如何です?」


「…検討しよう」


「ええ、是非。街道が整備されれば、私の試算では片道五日でメールスまで来れると思いますよ、ノワール侯爵」


 …そこまでするか、お茶会の為に。片道五日、往復十日…一日は泊まると想定しても二週間掛からず…まぁ大分時間は短縮されたけどさぁ。


「素晴らしいですな。片道五日であれば何とかノワール侯爵の通い妻と呼べるかもしれませんな」


「言えないわよ…それに一緒に暮らすのは諦めてるけれど、結婚は諦めてないわよ…あっ」


「あ〜…言っちゃいましたな、姫様」


 ついにはっきりと言ったな…皇帝陛下も俺と結婚したいと。


 初めからわかっていた事だが。


 だが婚約者のアイと、その母親であるアリーゼ陛下の前で言っちゃうのはよろしくないだろう。


 普通に考えて面白くないはず…


「何を期待した眼で見てる。我はこの件に関しては関与しないぞ」


「えー!いや、でもほら!アレがあるじゃないですか!」


「アレ?お前に干渉してくる者への壁となるのはアイの仕事だ。母親として、ある程度は協力してやるがこの件に関してはお前の我儘の結果だ。お前とアイで何とかしろ。それに言った筈だ。この件に関して何か面倒事が起きても、自分でなんとかしろとな」


 Oh…厳しい。しかし言ってる事はごもっとも。


 …仕方ないか。片道五日にまで短縮出来るなら冒険者が依頼を受けて遠出するようなもんだし―――


「それと、あたし王国に行くから。あんたのとこで世話になるわね」


「は?」


「「はぁ?!」」


 おいおい…何を言い出すかと思えば。そんなん許されるわけ…


「ふむ…宜しいのではないですかな姫様」


「よろしいわけないでしょ!あと陛下って呼びなさい!」


「ミネルヴァ様がノワール侯爵の傍に居るというのは内外にツヴァイドルフ家とノワール侯爵が親しい仲だと示す事になります。外堀を埋めるには良い手段でしょう」


「む……確かに。悪くないわね」


 いや何を乗り気になってんの!?ダメに決まってんでしょ!


 他国の皇族を預かるなんて…アリーゼ陛下も認める筈が…


「構いませんか、アリーゼ陛下」


「…いいだろう。ただし期間を設けてもらうぞ」


「ママ?!」


 なんで認めるねん!これは御茶会の件とはわけが違う…ん?


「フフフ…」


「フン…」


 何、今の皇帝陛下と女王陛下のアイコンタクト……さ、さては何らかの裏取引があったな?!


 俺を売ったのか、アリーゼ陛下!


『アレちゃうか。例のアーティファクト。アレの使用権を売る代わりにマスターと上手く行くよう可能な限りの配慮を見せろ、とか。そんな取引があったんとちゃうか』


 やっぱ売られたんじゃねーか!


 それが正解なら皇帝陛下も何を考えてんだ!虎の子のアーティファクトをそんな交渉の道具にすんな!


「期間となると、そうですね。春頃に御茶会を開きたいと思います。その時、ミネルヴァを連れて来てください。それで如何です?」


「(貸し一つ…忘れてないわよね)」


 くっ…此処であの時の事を持ち出して来るか。


 あの時…ミネルヴァ様は…いやもう呼び捨てでいいわ。脅してくるやつなんて。


 ミネルヴァは俺とカミラのやり取りを聞いていたらしい。


 カミラは帝国にしてみれば皇族を誘拐した極悪人…それを匿ってるとバレたら…くっ!


「…承りました。ミネルヴァ…様を歓迎致します…」


「うんうん。ま、たった三、四ヶ月の話だし、あたしは引き籠もってるから心配しないで。あ、あたしを抱きたいなら寝てる時に起こさないようにやってね」


「春まで思う存分寝てくださいねー」


 起こさないようにとか無理だし、手を出す気もないし。


 引き籠もるなら何しに来るんだよ…遊びに行くでも働くわけでもないと?


「何もしたくないから行くのよ。帝国に居たらなんだかんだとやらされるからね。あ〜働きたくな〜い!」


 …人それをニートと言う。


 でも、こんなんでも弟妹が誘拐された時には後先考えずに追い駆けたんだよな。


 悪い奴じゃな…いや救ってくれた相手を脅すのは悪人のする事だわ。


 間違いない。


「ああ、そうそう。ノワール侯爵には妹達を救ってくれた御礼もしなければならなかったわね」


「姫様。それは私の方で用意してあります」


「あらそう?気が利くわね」


「そうでしょうそうでしょう。ではノワール侯爵、これを」


「…これは?」


 いや、なんとなくわかってるけどね。この大きさの物は前にももらったもの。


「ああ…やっぱり。しかも今度は顔もバッチリ写ってますやん」


「顔も?…宰相!テメェまさか!」


「いやぁ顔合わせした今となっては顔を隠していても意味が無いと思いましてな。今回は顔も秘部もバッチリな写真にいたしました。コンチェッタ様やドロテア様はマズいかなーと悩んだのですが…命の恩人に贈るのですし、いっかなーと」


 軽っ!


 いやいやいや!アウトだろ!他の子もアウトだろ!皇族だって事を差し引いても年齢的にもアウトな子ばかりだろ!


「この阿呆宰相!一度ならず二度までも!また隠し撮りしやがったのか!」


「ハッハッハッ!姫様以外は全員ノリノリで撮らせてくださいましたよ!」


 ああ…そうなんだ。全員ねぇ…全員が全裸写真をノリノリで……長くないかもなぁ帝国は。


 ジェノバ様は確かにノリノリ…全てさらけ出してますな。


 カサンドラ様もかなり頑張って…他の子も恥じらいながらも頑張ってるし。


 ミネルヴァはどうでも良さそうに写ってるな…でもエロい。


「私は隠し撮ったんじゃねーか!言え!どんな写真だ!」


「ハッハッハッ!昨夜もハッスルなさったようで!」


「テメェェェ!やっぱり殺す!歯ぁ全部折って全身の毛を脱毛してから殺してやるぅ!」


「ハッハッハッ!街道整備は私が居ないと進みませんぞ!」


「ぬがぁぁぁ!こんの性悪狸女がぁ!」


「ハッハッハッ!美人が抜けてますな!」


「待ちやがれ!逃げるなぁ!」


 …帝国で過ごす最後の夜…こんな終わり方でいいのかなぁ。



〜〜エスカロン〜〜


「――報告は以上となります」


「ご苦労でした」


 ふふふ…実に面白い。


 まさか暗殺者達を撃退するだけでなく、懐柔して配下に加えるなど…並大抵のカリスマでは到底叶いませんね。


「四大の一人『死眼』のカミラも降ったのですね?」


「死体は見つかっていないので恐らくは」


 ジビラに付いていた暗殺者が全員ジュン様の配下になった事になりますね。


 これでジュン様を暗殺するのも難しい。ま、彼の命を狙うような輩は居ないと思いますが。 


「ああ、そうそう。ジビラはどうなりましたか」


「ベッカー辺境伯に引き渡され帝都に移送中です」


「ならアルカ派残党殲滅作戦はこれで終わりですね」


 帝国に幾らかの賠償金を支払う事になるでしょうが…問題ありません。


 接収したアルカ派の資産だけでどうとでもなりますから。


「…本当によろしいのですか」


「ジュン様の下に暗殺者達が行った事ですか?」


「我々も暗殺者を使います。ノワール侯爵に差し向ける事は無くとも周囲の人間には使うかも…その時に邪魔になるのでは」


「こちらのやり方も熟知してますしね。ですが問題ありません。ジュン様と敵対するつもりはないのですから」


「…こちらに無くとも、向こうから敵対行動をとるやも…」


「その時になれば考えましょう。そうはならないでしょうがね」


「……」


 あぁ…ジュン様…早く貴方を王として迎えたい。


 その為ならば私は…

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