第226話 優しい人でした
『決まりましたぁ!!優勝はアインハルト王国第一王女アイシャ・アイリーン・アインハルト殿下!歴史ある帝国の闘技大会ですが他国の王族が優勝したのは初めての事!しかもアイシャ殿下は若干十三歳!最年少の優勝者でもあります!そして私の推薦でも出場!これは鼻が高いですなぁ!ハッハッハッ!』
…いいですけどね、事実だから。でも、そんなに自慢出来る事なのかね。
結局、俺は自分の試合には間に合わず不戦敗となった。
メーティスだけでなく、アイとジェノバ様も時間を稼いでくれたのだが間に合わず。俺が居ない事で騒ぎ始めた王国組もアイが事情を説明して、抑えてくれていた。
御蔭で女王陛下や皇帝陛下のお怒りを買う事は無く。むしろ凄く感謝されたのだが…どうも試合を放棄してまでエジェオ殿下らを救出に向かった事は王国組と帝国組の上層部に近衛騎士、一部の他国の人間にはバレているらしい。
不戦敗が確定してるのを確認した後は大人しく貴賓席で観戦をしていたのだが…試合が終わった今でも周りからの熱視線が凄い。
表彰と閉会の挨拶をしてる皇帝陛下の御言葉なんてガン無視。俺に話しかける事こそしないが、終わった途端に俺のとこにスタートダッシュしそうな気配だ。
そうそう。アイが優勝したのだから当然、メーティスとジェノバ様は敗北した事になるのだが一応は説明しておこうと思う。
先ずアイとジェノバ様が戦い、危なげなくアイが勝利したらしい。アイ曰く、五大騎士団の副団長くらいにならなれるかも、との事だ。
そして準決勝でメーティスとアイの勝負だったわけだが…多少手古摺りはしたもののアイの圧勝と言っていい内容だったらしい。
正直に言えば俺はメーティスが勝つだろうと思っていたのだが、マテリアルボディを使用中は俺と余り離れる事が出来ない事を失念していたメーティスは咄嗟にマテリアルボディから意識をパワードスーツに移し、マテリアルボディは収納した。
結果、十全な能力を発揮出来ず敗北となったようだ。
今は俺の中に戻ってぶちぶちと拗ねている。
『拗ねてへんわ!それにアイの圧勝やないで!辛勝や!紙一重で負けたんや!それにや!王女に勝つと何かと問題あるやろ!マスターの立場とか考えたら!だから結果オーライや!』
…じゃあいつまでもブツブツ言うなよ。別に優勝なんてしなくても、お前の能力が高い事は知ってるから。
『そ、そう?そんならええんやけどな?流石はわいのマスター!ようわかっとるやん!』
…お前、ヒロインのつもりらしいけど、さしずめお前はチョロインだな。とは聞こえるようには言わない。
『なんや失礼な事考えとる気がする…』
そんな事ないさ、相棒。
『――以上を持って閉会の言葉とさせていただきます。…折角ですからアイシャ殿下からも何か一言ありますか?』
『ん~そうねぇ…俺より強い奴に会いに行く!…なんちゃって!でもウチより強いって人の情報があれば教えてね!』
『…あ、ありがとうございました』
…今のは本当に冗談なのか、それとも勇者の情報を求めての事なのか。判断に困るな。
まさか本当に強い奴と戦いたいだけとか言わないだろうし…いや、パッと浮かんだネタを言いたかっただけとか?
『はい、それでは以上で闘技大会は終了!途中、私が抜けるという一大事が起きましたがなんとかなってよかったよかった!ね、ノワール侯爵!』
「はいはい、そうですねー」
進行役に宰相が戻ってからというもの…何かと絡んで来るな。
新しい玩具を見つけたって眼してからに…
『そうだ折角ですからアイシャ殿下の婚約者であるノワール侯爵に賛辞の言葉を述べてもらいましょうか!愛の言葉と一緒に!さぁどうぞ!』
「もう終わっとるんとちゃうんかい!後でコッソリと伝えるから早く解散させい!」
ハッ!しまった、つい…他国のお偉いさんにとんでもない言葉使いを…
『イケメンに怒られたら仕方ないですな。私、こう見えてイケメンに弱いんですよ。あ、知ってました?ハッハッハッ。それでは皆さんお気をつけて御帰りください!』
やっと終わったか…さて、と。逃げるか。
「あ、ノワール侯爵様!」「お待ちください!」「御話したいことが!」
「申し訳ありませんが迎えに行かねばならない人がいるので。失礼」
「ああん…」「つれない人…」「でもそんな所も…」
「「「しゅき…」」」
予想通りに突撃して来た令嬢達を無視してアイと落ち合う予定の場所へ。
今日は使われる予定の無い、例の控室だ。
「あ、来た来た」
「待たせたみたいだな、悪い」
「ぜーんぜん、待ってないよ。じゃ、ハイ」
「…何、その手は」
「優勝の賛辞を愛の言葉と共に言ってくれるんでしょ?コッソリと。でもジュンはそういうの苦手っぽいし。ハグで許してあげる。だから、ハイ!」
…見透かされとる。あーだこーだと言い逃れしようとする前に逃げ道を塞いできたか。
「…優勝おめでとう、アイ」
「…ん。万全のメーティスとやれなかったのは残念だけどね」
…アイも十三歳になったんだったな。育ってますなぁ…何処がとは言わないが。
『ほら、もうええやろ。いつまで抱きしめてんねんな。サッサと次に行こうや』
お、おう…何、やきもちか?
『妬いてへんもん!ほら、早う早う!』
ハイハイ…普段は早く使命を果たせとか子作りしろとか言うくせに。
「じゃ、ちょっと迎えに行って来る」
「はぁい。誰も入れないから安心していいよ」
・
・
・
「待たせたな」
「…いいや、そうでもないさ」
此処は帝都でも帝国でもなく。王国のノワール侯爵家屋敷、俺の自室だ。
そして俺を待っていたのは『死眼』のカミラだ。
「何も問題は無いと思うが、身体に何か異常はあるか?」
「…何も。どういう魔法なのだ、アレは」
「それは秘密の中の秘密だ」
何せ、俺の奥の手、隠し玉。絶対勝利を約束する時魔法だからな。
この魔法の習得は苦労したんだよなぁ…習得出来た時は思わず「スター○ラチナ!ザ・ワールド!」って言っちゃったもの。
うん、あの頃は若かった。
ま、時魔法の詳しい説明はまた今度にするとして。死んだ事になってるカミラが此処にいるのは勿論俺の仕込みだ。
時魔法でカミラの時間を止めた。すると一見して死んでるように見える…つまりは仮死状態になるわけだ。
厳密に言うと全然違うわけだが…呼吸も心臓の動きも止まってるが体温なんかは維持されてるので詳しく調べれば違和感に気付くだろう。
だから死体を埋めるふりして俺の部屋に運んだわけだ、秘密裏に。
で、魔法が解けて時間が動き出したカミラを迎えに来たわけだ。
「さ、それじゃ帝国に戻るぞ。あまり此処には長居出来ないからな」
「帝国に?此処は帝国ではないのか?」
「あー…また今度説明してやるから。兎に角戻るぞ」
「待て。これだけは確認したい。本当に私を部下に…家臣にするつもりか」
「そうだよ。お前の仲間達を家臣にするのに、お前だけアウトなんてしないって」
「…お前が優しい人間なのはわかる。好んで人を殺したり傷付けたりしない人間だという事も。だが、それなら尚更私が赦せない筈だ。弟子達と違い、私は大勢の人間を殺して来た暗殺者だ。それも四大などと呼ばれる二つ名付きの、札付きの暗殺者だ。お前にとっては最も忌み嫌う人種の筈だ」
「……」
そりゃ…まぁな。確かに言ってる事は間違ってない。だけど…
「お前も優しいじゃん。仲間達の為に自分を犠牲にするくらいに。ちょっと行き過ぎてるくらいにさ」
「…違う。私は暗殺者として生きるのが嫌になったから…」
「でも生きたいと思ったから、俺の提案に乗って此処に居る。違うか?」
「……」
「難しく考えるな。生きたいと願ったなら生きればいい。居場所なら用意してやるって言ってるんだし。可愛い弟子と一緒だし不満は無いだろう」
「…お前は私を信用出来るのか。暗殺者の私を」
…そうやって俺を気遣う言葉が出せるだけ信用出来るけどな。
いや、カミラは自分自身を信用してないんだろう。そして暗殺者の自分が家臣になる事で俺に迷惑を掛けないか不安なんだろう。
「……お前さ、子供の頃、何に成りたかった?」
「…何の話だ」
「俺は孤児院の子供達からしか聞いてないけどな。多くは騎士になりたいとか、冒険者になりたいとか、大商人になりたいとか、そんな事を言うんだ。他の子供も大体似たり寄ったりじゃないかな」
「……」
日本で言えばアイドルになりたいとか、俳優になりたいとか。プロスポーツ選手になりたいとか…警察官や弁護士、政治家なんて言う子もいたろうな。
この世界とは一見してかなり違うように思えるが…共通してる事がある。
「子供が将来成りたいもの…それは万人から見て立派な職業、褒められる職業、好まれる職業…憧れ、好意、羨望…そういう感情を抱かれる職業。もっと簡単に言えば善の存在と言える存在に成りたいと思うのさ、子供ってのは」
「…何が言いたい」
「人間て、善性で居たいと思う生き物なんだよ、本来はな。仮に盗賊の頭になりたい、最強の暗殺者になりたい…とか言う子供が居たとしたら、それはその子供にとって盗賊の頭や最強の暗殺者が善の存在…憧れの存在だってだけ。その子が育った環境がそうだってだけだ」
「…私が暗殺者に成ったのは環境が悪かっただけだと言いたいのか」
「勿論、恵まれた環境に居ながら悪人になる奴もいる。そういう奴はもう生来の悪なんだろうな。他にも徐々に悪に落ちていく人間もいる。やり直す機会はいくらでもあったのに楽な方へ流され悪事に手を染める人間もいる。逆に劣悪な環境に居ながら優しい人間に成る奴もいる。そしてお前は…まだやり直せるだろう?」
「……」
性善説…と言えばいいのか。これが俺なりの解釈だ。人間は善の存在で居たいと思い、善の存在でありたいと考える。
逆説的に言えば悪性の人間だからこそ善性の存在に憧れるんじゃないかと言えるかもしれないが…俺はそうは考えない。
善性の人間だからと考えた方が気分良いしな。
「…カミラ。お前は何に成りたい?暗殺者を辞めて、善の存在に成れるなら。罪を償う必要はあるのかもしれない。呪いをかけられ自殺も許されず、暗殺者として生きるしかなかったお前に罪があるのなら、だが」
「…私は…命を救う人に成りたい…奪うのではなく、護り救う人に…どうすれば成れるのか、貴方の下で働きながら考えて生きて行きたいと思います」
「ああ、成ればいい。お前が殺した人間の数よりも多くの人間を救えばいい。赦しが必要なら…俺が赦してやるから。だから…もう泣くな。さ、仲間が待ってるぞ。戻ろう」
「…はい、御主人様。これから精一杯、お仕えします」
ああ、よろしくな。優しい優しい、元暗殺者カミラ。
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