第225話 貸しでした
「ハァ…ハァ…どういうつもりだ?」
「…何がだ?」
「ハァ…ハァ…何故、止めを刺さない。実力差は明らかだろう…ハァ…ハァ…」
カミラと戦闘を始めてまだ数分。俺は全くのノーダメージ。カミラは見るからにズダボロ…満身創痍だ。
俺としても此処まで手古摺るとは思っていなかったのだが…
「お前の動きが不自然なのが原因だろう。俺はお前の意識だけを刈り取りたいのに、そういう攻撃は紙一重で躱すくせに余裕で避けれる攻撃を致命傷になるように自分から動いてるだろ。新手の自殺なら俺の眼と耳に入らない場所でやってくれ」
「…あのタイミングで、それを止められるお前は何なんだ…」
ええ、すごく神経使ってますとも!こんな謎な神経の使い方初めてだわ!いや、理由は推察出来ますけども!
「…ハァ。お前、罪を一人で背負うつもりだろ」
「……」
「大方、指示者の一人は生かしたまま帝国に捕らわれるように騎士か衛兵に引き渡してるんだろ。んで、最後に誘拐された殿下達の傍で自分が討ち取られる事で、全て終わり。ジビラは仲間が捕えるから帝国も納得するだろう、仲間達が追われる事もないだろうってな」
「……予定では仲間達が私を殺し、首を差し出す事で免罪となる…筈だったのだがね」
やっぱりか。だってそうじゃなきゃやってる事が意味不明過ぎる。本当にエスカロンを殺したいならもっと違うやり方があった筈だ。
城壁を破壊した魔法玉とやらを貴賓室に投げ込んで起爆するとかさぁ。
「…だが、わかっているのなら話が早い。仲間…あの子達の主となったお前の手柄になるのも都合がいい。早く私を殺せ。そして、この子達を救って英雄になると――」
「断る!断固拒否だ!」
「…何故だ。男だてらに冒険者をやり武功を立てているのは英雄願望があるのではないのか。実際、そうやって侯爵になったのだろう」
「俺は人殺しなんてしたくないの!恨んでも憎んでもいない相手を殺せるか!」
「……私は暗殺者だぞ?何を言っている」
「だとしても、だ!お前に身内を殺されたわけでもないのに暗殺者だから犯罪者だからと簡単に割り切って殺せるような精神構造してないの!でなきゃお前の御仲間の元暗殺者達を部下に加えるなんて出来るか!」
「……」
正直に言うとベテラン勢には不安があるがな!しかし、俺の部下になって足を洗いたいというのなら一度は信じてやろうじゃないか、うん。
「しかし、私を殺さねば、お前が死ぬぞ。そうなっては皇族の子供らも死ぬ」
「はい嘘乙。俺を殺す気も殿下達を殺す気も無い癖に。なぁ『死眼』のカミラさんよ」
「……」
カミラは短剣を振るってはいるが全然本気じゃない。魔法も使ってないし、なんだっけ邪眼?邪眼を持ってるのに使って来ないし。
「…私が何故、四人も誘拐したと思っている。一人か二人は見せしめに――」
「はい、それも嘘。皇族を一人でも殺したらお前と指示者の命だけで償えない事くらいわかってるだろ。帝国は本気で皆殺しに動くぞ。お前の大事な仲間達をな」
「……」
そうなれば俺も匿う事は難しい。それどころか俺に暗殺者達を引き渡せ、殺せと命令してくるかもしれない。帝国からではなく王国、女王陛下から。
「…では何故、四人も誘拐したと言うんだ。一人で十分じゃないか」
「さぁてね。そこまではわからないが…案外、眼が覚めた時に怯えずにすむように配慮したとか?犯人と二人きりとか、幼い子供には恐怖でしかないだろうからな」
「…何故、わかるんだ」
…小声のつもりだろうけど、バッチリ聞こえてるんだよなぁ。凄腕の暗殺者にしては随分と御優しいことで。
「…しかし、そこまでわかっているなら、どうか頼む。私を殺してくれ。この通りだ」
「やめろ。お前はそれでいいかもしれんが、俺は人殺しなんてしなくない。いつかはそういう時が来るかもしれないと覚悟はしているが、今はその時じゃない」
「…ならばどうする。指示者どもだけでは帝国は納得すまい。私は捕まって犯罪奴隷に落ちたくはない。恐らくは暗殺者として使われるからな」
…犯罪奴隷にすれば絶対服従の暗殺者になるわけか。本人が望む望まないに関わらずに。そりゃまぁ…避けたいだろうな、うん。
「それに私は自殺は出来ん。そう呪われているからな」
「…呪い?」
「これだ」
カミラは左眼が前髪で隠れていたのだが…左眼が普通の人間の眼じゃない。まるで爬虫類の眼に見える。もしかしなくてもアレが邪眼か。
「この邪眼を得る対価として私は呪われている。歴代の『死眼』は皆そうだ。…私の代で終わらせたいんだ、こんな呪いは。だから、どうか…私を殺してくれ」
…犯罪奴隷になれば否応も無く、誰かに邪眼が受け継がれるわけか。それを避けたいのが一番の理由か。
こいつ…もしかしなくても普通に良い奴?
「……勘違いするなよ。私はこんなクソッたれな呪いが憎いだけだ。決して善人ではない」
そして素直じゃない、と。どうしよう、かなり死なせたくなくなって来たぞ。
「…一つ聞かせろ。お前は本心から死にたいのか?本当は仲間達とやり直したいんじゃないのか?」
「…いいや。私は死にたい。もう人殺しなんて沢山だ。この世に未練など――」
「弟子は気がかりじゃないのか?」
「……」
「セリス、アリス、エリス、トリス。あの子らの名付け親はお前を含む四大の四人だそうだな。弟子であると同時に子供のような存在だったんじゃないのか。お前はあの子達の為に死のうとしてるんじゃないのか」
「……本当に、どうしてわかるんだ」
ほらな。このツンデレめ。ツンデレはカタリナだけで十分なんだよ、全く。
しかし、どうするか…このままじゃ拉致が明かないし、他の誰かが…帝国騎士が来る前に解決しないとカミラは連れて行かれるか、この場で殺されるな。
「…一つ、提案があるんだが、いいか?」
「…?」
・
・
・
「アレは…ノワール侯爵様!?何故此処に!?」
「ああ、カサンドラ様。エジェオ殿下達は無事です。魔法で眠らされているだけなので、御安心を」
暫くして帝国騎士を率いて墓地まで来たのはカサンドラ様だ。漸く来てくれた。
「そ、そうですか…良かった…あ!ぞ、賊は!?誘拐犯はどうしました!?」
「始末しました。そこに転がってるのがそうです」
「お、おお!流石はノワール侯爵様!……で、ですが何故ノワール侯爵様が?民や招待客に混乱が広まらないように事件の事は極秘にしていたのですけど…」
「…俺にだって情報を集めるのが得意な部下がいるので。そんな事より早くエジェオ殿下らを保護してあげてください。俺は闘技場に戻ります。もう不戦敗になってそうですけどね」
「あ、そうだ試合…試合を放り出してまでエジェオ達を救いに来てくれたのですか!感動です!ありがとうございます!」
「いえ。それでは」
「はい!…って、ノワール侯爵様?誘拐犯の死体をどうするのです?」
「……埋葬してやろうかと」
「おやおや。それでは此処に埋めれば良いのでは?此処は墓地ですからな」
うげ…宰相まで来た。なんで宰相が直々に現場まで来るんだよ。
「…こいつは犯罪者です。それも他国の。帝国国民と同じように埋葬するわけには行かないでしょう」
「いえいえ。我が国の風習では死ねば皆同じ、平等。犯罪者だろうと身元不明の人間だろうと同じように埋葬されます。だから、ほら。皇族の墓もありますでしょう?流石に平民の墓とは違い立派な物になってますが」
…あの石碑みたいなの皇族の墓だったのか。壊さないように周りに気を使って戦ってよかったぁ。
「…本人が死に際に見晴らしのいい丘にでも埋めてくれと言っていたので」
「では我々にお任せを。殿下らを救った英雄殿にそんな事させられませんからな。本当に死んでるのか確かめたいですし、ね」
……背中の汗が止まらねぇ。どうする…宰相に借りを作るのは避けたいんだが…だって厄介な匂いがするもの。プンプンするもの。
具体的には皇帝陛下以下姉妹全員を娶る事になっちゃいそうだもの。
「良いじゃない、宰相。任せちゃえば」
「ミネルヴァ?眼が覚めたのか。怪我は?」
「ご無事なようでなによりですな、ミネルヴァ様」
此処で意外な人物からの助け船が。
その調子です、ミネルヴァ様!がむばって!
「そいつは確実に死んでるわよ。止めを刺すとこはあたしが見てたし」
「その時から起きてたならどうして今までジッとしてる…」
「そのまま寝たふりしてれば城まで連れ帰ってくれるでしょ?でもいつまでもゴチャゴチャ言って帰る気配が無いんだもの。焦れちゃった」
「お前という奴は…」
なんか前回と印象が少し違うな。今日は眼がぱっちりと開いてるからだろうか。
「ほら~早く帰ろう~エジェオ達が眼を覚ましたら面倒よ。きっと泣いちゃうから」
「…仕方ありませんな。姫様も気が気でないでしょうし、報告に戻らねば」
「う…ノワール侯爵様は本当によろしいので?お任せしても」
「ええ。間もなく俺の家臣も来ますから。御心配なく」
「そうですか…ではアタシ達はお先に」
フゥ…何とかなったか…ん?
「ミネルヴァ様?」
「ちょっと耳貸しなさい」
言われた通りに、少し膝を曲げてミネルヴァ様に耳を近づける。
そして小声で告げられた内容は…
「(貸し一つ、ね)」
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