第13話 番人候補

 狛(はく)が村の調査を終えて屋敷に戻ると、何やら賑やかな雰囲気がする。


 玄関を入り、一番奥にある白虎様の部屋に向かうにつれ、どんどん楽しそうな鳴き声が聞こえてくる。

(ん?鳴き声?)

 白虎様はほとんど鳴かない。

 しかし、聞こえてくるのは少し甲高い鳴き声で、白虎様の鳴き声と違う。

 不思議に思いながら、部屋の障子の前で、

「白虎様、戻りました」

 と声を掛けると、

「きゃーお」

 という、今まで聞いたことのない声が聞こえた。

 そのまま障子の前で固まっていると、

「狛、入れ」

 と聞きなれた声がしたので、障子を開けると。

 俺はしばらく状況がつかめなかった。

 いつもの位置に横たわっている大きな白い虎のゆらゆら揺れるしっぽにじゃれつく小さな黄色の虎。

(虎?なんで虎?どういうこと?というか、なんで虎がいるの?)

 師走の寒さで冷たくなっている板張りの廊下で正座をしたまま固まっていると、

「狛?早く入れ」

 白虎様の声が右から左に流れそうになったが頭を振ってから、

「あ、はい、すみません、失礼します」

 と部屋の中に入り、後ろ手に障子を閉めた。


「ここ最近、玄関を出たところにある林に獣がいるな、と思っていたんだが」

 白虎様はしっぽで遊ぶ小さな虎を見つめる。

「ああ、今朝、林の方を見ていましたよね?」

 白虎様は頷くと、

「あこの家から帰ってきたら、玄関に座っていたんだ」

 俺はよくわからなくて、首を思いっきり傾げてしまう。

 白虎様は苦笑いを浮かべて、

「どうしたのか、と虎に聞いたら、僕の使命を果たすためにきたんだ、と言っていてな」

 ますます、わからなくなり、今度は反対側に首を傾げてみる。

「その使命はなんだと、聞いたら、まだ教えない、と言われてな」

 これ以上ないくらい、要領を得ない話に考えることをやめて、そのまま白虎様の話しを聞くことに専念する。

「いつ教えてくれるのか、と聞いたら、そのうち、と言っていてな。それならば、ひとつ頼み事があるのだが、と言って、あこの家の番人になってもらおうかと」

 なにがどうなって、あこの家の番人にするのだろうか?

「そうしたら、目を輝かせて、番人になる、と言ってな。明日、早速あこに会わせてみようと思うのだ」

 白虎様は話し終わると、小さな虎を呼んだ。

「名前は、と聞いたら、ない、というのでな、では、小虎はどうだ?と聞いたら、気に入ったそうだ」

 俺は何気に、ことら、とぼそっと呟くと、

「きゃーお?」

 驚いて白虎様を見ると、

「呼んだ?だそうだ。小虎、狛に挨拶してこい」

 と白虎様が言うと、小虎はとてとてとこちらに向かって歩いてくる。

 俺の前で座ると、顔を膝にこすりつけたあと、顔をみながら、

「きゃーお!」

 と鳴いたので、

「狛です。よろしく」

 棒読みのように小虎に伝えると、

「きゃーお!!」

 と嬉しそうに鳴いて、とてとてと白虎様の元に戻るが、白虎様のしっぽで遊び疲れたのか、あくびをすると白虎様の体に寄りかかるように眠ってしまった。


「さて、狛。あこのことを報告してくれるか?」

 その言葉に現実に戻った俺は、

「はい。かかさまの名前は志呂(しろ)といいまして、数えで18、娘のあこは数えで5つになります。志呂とあこに暴力をふるっていたのは4人で、主導者は村長(むらおさ)の比太(ひた)の息子、以都(いと)で、協力者は暴力で脅して仲間にした3人の男性達です。以都は牢屋に入っており顔を見ることはできませんでしたが、仲間の1人に会うことができまして、あこを水たまりに落とした時にいた1人で間違いありません」

 白虎様は少し衝撃を受けたような顔をしているが、そのまま話しを続ける。

「今から、5年程前、志呂の両親が亡くなったあと、以都と仲間達は志呂を無理やり同衾し、子を孕ませました。その時の子があこでしょう。あこが生まれた頃に以都たちによって村から追い出され、あの家にたどり着いたと思われます」

 白虎様が低い唸り声をあげると、小虎がびくっとして顔を上げる。

 小虎と白虎様の間で会話があったのか、少しすると小虎はまた眠ってしまった。

「志呂が村から出て行ったあとに村長は探したようですが、見つからなかったと言っていましたが、息子の以都は探しあてたようです。居住している場所を村長に知らせずに、仲間達と一緒に志呂とあこに暴力をふるったのでしょう」

 白虎様は確認するかのように質問を投げかける。

「この先、仲間達はあこ親子に暴力をふるう可能性はあるのか?」

「いえ、可能性は低いかと。村長は、3人は以都に逆らうと自分達が暴力を振るわれるのでそれを避けるために志呂とあこに暴力をふるっていたと話しました」

 白虎様は厳しい顔をしながら話しを聞いている。

「主導者の以都は牢屋に、仲間は以都から解放された、というなら、喜ばしいことだな」

「ええ。これからは落ち着いて暮らせると思います」

 白虎様は少し表情を崩したあと、

「両親が亡くなったあとは、手を差し伸べる人はいなかったのか?」

「はい。両親が生きていたころは村の人達と付き合いがあったそうですが志呂だけになると、誰も近寄らなくなったと言っていました。だから、以都たちはやりたい放題できたのでしょうね」

 発散するこのできない怒りを殺しながら白虎様に説明した。

 白虎様はぐる、と声を出すと、

「あこは、数えで5つか……栄養が足りなくて小さいのだろう。食事がちゃんととれるようになると、どんどん成長していくのだろうな」

 白虎様は少し目を細め、嬉しそうにのどを鳴らしたあと、

「かかさまは18だとしたら、年ごろの娘らしく、着飾りたいだろうな……狛、着物をもう少し作れるか?」

「かかさま用にですか?」

「そうだ。せめて娘らしく過ごさせたいからの……」

 白虎様も人が、いや人じゃないか。情に厚いからな……。

「わかりました。なるべく多く作ります」

 白虎様は軽く頭を下げる。

「ところで、白虎様?」

 うん?とこちらを向いたので、

「小虎の食事はどうするのですか?あこ親子に預けるとしても食料は渡さないといけませんよね?」

 白虎様は、あっ、という顔をしている。

「そうだ、小虎、今日まだ食事していないな。小虎、起きろ」

 小虎はむぅ、と言って目を開けると、白虎様と会話を始めた。

「食事は肉があれば嬉しいが、毎日じゃなくてもよくて、かゆでもいいそうだ」

 なんと経済的な虎なんでしょ……俺は内心感心しながら、

「それでは、小虎用に食事用と水を飲むための皿を用意しましょう。水も今まで以上に必要になると思いますから、少し大きめの桶を用意しましょう」

 俺はあこの家に持っていく荷物を頭の中でまとめると、

「小虎は今ごはんにしますか?」

「そうだな、どうせなら、みなで食べるか」

 白虎様の一言で食事の用意をするため、慌ただしく炊事場に向かった。

 

 夜が更けて、夜半(よわ)の頃。

 いつものようにあこが待つ水汲み場に向かうため、俺は荷物をまとめていた。

 差し入れの食料に干し肉も少し入れて、小虎用の皿2枚に、少し大きめの桶に、小虎と遊べるようにと紐を風呂敷に包んだ。

 とうぜん、水汲み場までは白虎様に持たせるつもりだ。


 玄関に行くと、すでに白虎様と小虎は待機していた。

「白虎様、お待たせしました」

 白虎様に近づき、荷物を背中に乗せて紐でくくると、

「出発しましょうか?」

 吐く息が白い中、水汲み場に向けて出発した。


 水汲み場で狛は白虎と別れ、あこの家に向かう。

 白虎と小虎は静かに水汲み場で待っていた。


 東雲に変わる頃にあこはやってきて、

「びゃっこさま、おはよう!」

 と挨拶したあと、隣に座っている小虎を見て首を傾げた。

「あこ、おはよう。これは小虎というのだ」

 小虎は嬉しそうにあこを見つめて、

「きゃーお!」

 と鳴くが、あこは少し驚いた顔をして固まった。

「あこ、挨拶できるか?」

 その言葉に、あこは、ぎこちなく、

「ことら、おはよう」

 小虎は声で鳴かずに、のどをごろごろと鳴らした。

「あこに会えて嬉しい、と言っているぞ」

 その言葉にあこは首を傾げている。

「ああ、嬉しいというのは、心が弾むような気持のことだな」

 ますますあこの顔が難しくなってくる。

「人間の感情は複雑だからな。これから、たくさんの嬉しい、を体験しような」

「はい、びゃっこさま」

「よしよし。それでな、今日から小虎があこの家で一緒に暮らすことになる」

「いっしょにくらす?」

「そうだ。今日から、小虎とかかさまとあこ、みなでごはんを一緒に食べるんだ」

「ごはんをいっしょにたべるの?」

「そうだ。とりあえず、水を汲もうか?」

「はい!」

 元気よく返事をしたあこは急いで水汲み場に行く。

 

 水を汲み終わったあこは、こぼさないように雪道を慎重に歩き、白虎のもとに戻ると、

「みず、くんできた!」

 その言葉に白虎は笑顔を浮かべると、

「よしよし。今日もちゃんと水汲みできて偉いな。では、かかさまのところに帰ろうか?」

「はい!いえにかえります!」

 白虎が地面に伏せると、何を言わなくても背中に桶を乗せまたがる。

 準備ができたところで、ゆっくりと立ち上がり、歩き出す。

「ことらもいっしょにかえる!」

 あこに声を掛けられた小虎は控えめに、

「きゃーお」

 と鳴いて、白虎の横に並び、あこの家に向かい歩き出した。

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