第5話 白虎からの贈り物

 あこの家から屋敷に向かう道で白虎に、

「あの女性には人生の最後しか手を貸してあげることしかできませんでしたね」

 しんみりと話す狛(はく)に、

「絶望の中で死ぬよりは救いがあるだろう」

 と白虎も沈んだ声でこたえる。

「それよりも、あこの着物と布団まで短時間で作ってもらって助かった。ありがとう」

 白虎は狛を労う。

「いえいえ。背格好はわかりましたので、また少しずつ作っていきます」

 少し明るい声で狛は白虎にこたえる。

「頼むな」

 白虎の言葉に狛はしっかりと頷いた。

「今日は長い1日だったな」

 はぁ、と息を吐きながら白虎が言うと、

「暁から今ですもんね。帰ったら飯を食べずにすぐに寝てもいいですか?」

「仕方ない。ゆっくり休め」

「ありがとうございます。じゃあ、疲れたので白虎様の……」

「背には乗せんからな。しっかり歩け」

 白虎はしっぽを狛に向けて、ぶん、と振った。

 狛は大げさに、痛っ!と声をあげた。

 それを横目に見ながら、白虎は屋敷目指して歩いていった。


 吾子はいつもと何か違うと感じて、目が覚める。

 なにか、重いものが体の上に乗っているが、それがなんなのかわからない。

 目の前を見ると女性がいた。

 吾子の気配を感じたのか、女性は目を開けると、

「寒くない?大丈夫?」

 と声を掛けた。

 吾子は頷いて、

「あたたかい、だいじょうぶ」

 と伝えた。女性は頷くと、

「これはかけ布団と言って、眠る時に体の上に掛けると体が冷えないのよ」

 吾子は、

「おもい、あたたかい」

 と伝えた。その言葉に女性は苦笑を浮かべる。

「そして、体の下には布団というのを敷くの」

 と女性は体の下に敷いている物を指さしながら教えている。

「それと、吾子の着物」

 女性に言われて、吾子は自分の体を見る。

「その着物も白虎様に仕えている方が持ってきてくれたの」

「びゃっこ?」

 吾子は聞いたことのある単語に反応する。

「この国は白虎様が守っています」

 吾子は女性の話に耳をかたむけている。

「白虎様に感謝しましょうね」

 吾子はうん、と頷いて、再び、眠りに落ちていった。


 吾子が次に目覚めた時は少し空が明るみ始めていた。

 急いで起きようとすると、かけ布団を上にはね上げてしまった。吾子は布団から出ると、かけ布団を女性の上に掛け直して、

「あたたかい」

 とだけ、声を掛けて、かまどの近くに置いた桶を抱えると、急いで水汲み場に向かう。

 雪道を村人に会わないようにと呟きながら、水汲み場に行くと、近くに白虎が座っている。

 吾子が近寄ると、しっぽの先を少し揺らし、

「あこ、おはよう」

 と挨拶をした。吾子の着物を見ると、

「着物、気に入ったか?」

 と聞いてきたので、うん、と頷き、

「びゃっこさま、くにをまもる。かんしゃする」

 と伝えた。その言葉に白虎は目を細めると、

「女性から聞いたのか?」

 と尋ねられたので、うん、と答える。

「そうだ、我はこの国を守る神、白虎である」

 とあこに告げた。

「だから、困ったことがあれば話してくれ」

 あこは首を傾げる。

「そうか、理解できないか」

 白虎はぐむ、と唸ると、

「あこは今日も水を汲みにきたのだろう?汲み終わったら、一緒に家に帰ろう」

 その言葉にあこは急いで桶に水を入れた。

「みず、いれた」

「よし、帰るか」

 白虎は地面にべたっと伏せると、

「この前のように、桶を先に体に乗せてから、あこが乗ってくれ」

 うんと頷くと、白虎の首の下あたりに桶を置き、白虎の体をまたがるとそのまま腰を落として、桶を挟むような形で首の近くの毛を握る。

「動くから、しっかりとつかまっておけ」

 そう言うと白虎はゆっくりと立ち上がり、あこの家に向かう。


「あこや、女性のことは好きか?」

 その問いにあこは答えなかった。

「あこと一緒にいる女性は、あこを産んだ人で、育ててくれた人で、人間だとかかさま、と呼ばれるんだ」

「かかさま」

「そうだ、かかさまだ。かかさまは、いま体調が悪くて、ずっと寝ているんだ」

 あこが頷く気配を感じた。

「だから、早く体調がよくなるようにと、布団をあげたのだ。布団は暖かいだろう?」

 頷く気配を感じる。

「あこも体調をくずさないように、いっしょの布団に入って眠るんだぞ」

 うん、と小さな声が聞こえた。

「それと、あこが眠っている間にかまどの近くに食料を置いてきた。その食料を使ってかかさまにいっぱい食べさせてあげなさい」

 それも、あこは頷いた。

 白虎は言いたいことを言い終えると、

「そうだ、あこや。明日も水汲み場で待っているからな。約束しよう」

「やくそく?」

「そうだな、約束と言うのは、あこと我の間で物事を決めて、その物事を守る、ということだな。明日の約束というのは、あこと我が水汲み場で会うと決めて、あこと我が水汲み場で会うと決めたことを守ることだな。わかったかな?」

 うん、と頷く気配がする。

「よし、じゃあ明日も待っているからな」

 白虎はしっぽを左右にゆらゆらと揺らしながら、あこの家へと向かっていった。


 あこの家に到着すると、穴が開いていた障子が張り替えられ綺麗になっていた。

 白虎はそれを目にすると、

「これで少しは風が入らないようになるな」

 とぼそっと呟くと、地面に伏せてあこと水を降ろす。

 あこが降りると、白虎に向かって、

「あした」

 と一言だけ話すと、桶を抱え家の中に入っていった。

 障子を開けて、あこが中に入るまで白虎は伏せたまま見送った。


 吾子は家に入ると、大きな壺に水を入れたあと、白虎が言っていた食料を探すためかまどの近くを確認すると、緑色の布に包まれているものを見つけた。

 吾子は、これが白虎の言っていた食料だと思い、持ち上げると、よろよろしながら女性の前に持っていく。

 女性は起きていたようで、

「吾子、おかえり」

 と語り掛けると、吾子は布を指さし、

「かかさま、これ、びゃっこさま」

 と伝えた。

 女性はびっくりして無理やり体を起こすと、風呂敷の結び目をほどく。

 その中には米以外に冬に食べられる、大根やかぶ、少しの塩とみかんが入っていた。

「これは……?」

 吾子に聞くと、

「びゃっこさま、かかさま、いっぱいたべさせる」

 と話す。

「白虎様からもらった、ということなの?」

 吾子はうん、と頷いた。

「白虎様に会って話を聞いたの?」

 と問いかけると、うん、と頷く。

「そう、そうなの」

 と女性は涙が溢れてきた。

「白虎様に感謝しましょう」

 吾子はうん、と頷くと、

「あした、あう、やくそく」

 吾子の言葉に驚き、

「明日も白虎様に会うの?」

 と聞くと、吾子は頷いた。

「それでは、明日、白虎様に会ったら、ありがとうございます、と伝えてくれる?」

 吾子は頷いた。

 女性は長らく起き上がっていたので、めまいを感じ、布団の上に横たわる。

 吾子はすかさず、かけ布団を女性の上に掛けた。

「ありがとう。そうだ、みかんを食べましょうか?」

「みかん?」

 吾子が首を傾げたので、

「布の上に橙色の丸いのがあるでしょ?」

 とみかんを指さす。

 吾子はそれを1つ、女性の前に出すと受取り、皮をむき始めた。

「みかんは、この皮をむきます。むき終ると、ほら」

 と言って、吾子の前に橙色の実の部分を見せる。

「この実の部分は1つ1つ分けられます」

 女性が分けているのを吾子はじっと見つめている。

「ひとつ、どうぞ」

 と小分けにした実を1つ吾子に差し出す。

 吾子は受け取ると、不思議そうな顔をして女性の顔を見ている。

「そのまま食べるのよ」

 と女性も実を1つ口に入れる。吾子も真似をして口に入れると、顔をしかめた。

「すこしすっぱいかな? いままで食べたことなかったから、初めて食べる味ね」

 女性は少し笑顔になると、吾子を見る。

 吾子は女性の手元にあるみかんをじっと見つめている。

 その視線に気付くと、再び、みかんを小分けにして、吾子に渡す。

 吾子は受け取ると、また口にいれて顔をしかめるが、気に入ったのか半分ほど食べた。


 吾子はみかんを食べ終わると、布団に入ってきて、そのまま眠ってしまった。

 かけ布団をかけつつ、その寝顔を見て、

(白虎様に仕えている方がきてから、吾子とよく話すようになったわ)

 女性の体調が悪いこともあり、ほとんど眠っていて、起きている時間は短い。

 その短い時間は食事を摂るか、水を飲むかしかなかった。

 ところが、今は白虎様からの贈り物について、いろいろと教えることがあり、ついつい話し込んでしまう。

 最後にかかさまの役割をするなんて、と女性は寂しく微笑むと、そのまま眠りに落ちていった。

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