第253話、ペルドル・ホルバの貢献


 今日も城の外は、黄金色に染まっている。


 スヴェニーツ帝国特務団、団長ボーデンは、ラーメ領領主町にそびえるカパルビヨ城にいた。


 これがお伽話に聞く黄金郷か。城下町が黄金色に染まったその光景は、初めこそ物珍しさもあって胸が躍ったが、慣れてしまえば、特に感じることもなくなった。


 むしろ、実に目に優しくないものだと自嘲する。日中は空が黒雲に覆われていても反射で光るし、東の夜明け、西に日が沈む時は直射が降り注ぐ。雲が地平線まで伸びることがあれば、日差しに悩まされることはなくなるかもしれない。


「住めば都、と言うが……」


 ボーデンは呟く。


「住めば住むほど不便さが目につくものだ」

「ボーデン卿」

「おお、ペルドル」


 声を掛けられて振り向けば、新参であるペルドル・ホルバ――ルースの兄がやってきた。


「ご機嫌は如何ですかな?」

「これがよいように見えるか?」

「さて、私は、人の気持ちがわからない奴だと言われておりまして」


 この錬金術師は、大仰に肩をすくめた。いちいち芝居がかる仕草が、気に入らないという部下もいるが、これもペルドルの個性なのだろうとボーデンは許容している。


「何から報告しましょうか?」

「貴君の好きなようにするがよい」


 カパルビヨ城に住んでしばらく経つが、これといって時間に追われていることはない。


「では、一番気になっているだろう、竜神の洞窟の件から」


 ペルドルは、ボーデンの隣に立って城下町を見下ろした。


「フォリッシュの隊は、敵と交戦。おそらく全滅したでしょうな」

「全滅……。交戦と行ったか?」

「はい」


 錬金術師は頷く。


「調査に赴いたルースとウルラの報告では、戦闘の痕跡が見られたようです。フォリッシュ殿は、どうやら隠されていた部屋も見つけたようですが、竜の秘宝など、これといってめぼしいものは発見できませんでした」

「敵にやられた、か……」


 また部下が減ってしまった。口には出さずとも、ボーデンの表情は引き締まる。


 帝国から来た特殊部隊員は、ここへきて数えるほどにまで減ってしまっている。


 ――いや、この男がいなければ、我々も……。


 ボーデンは思う。


 ブラックドラゴンのウルラがルースと共に連れてきた男。ペルドル・ホルバがいなければ、特務団は全滅していたかもしれない。



  ・  ・  ・



 スヴェニーツ帝国から送られたボーデンの特務団に与えられた命令は、大きく分けて三つある。


 ひとつ、魔王の欠片の入手。


 ふたつ、魔剣や古代の兵器、魔法に関わる秘宝、禁呪などの調査と回収。


 みっつ、ウルラート王国の混乱。


 最重要なのは、魔王の欠片の回収だ。しかし、これは先の王都カルム襲撃で、入手すべき魔王の欠片が消失してしまったことで果たせなかった。


 となれば、残るふたつの任務を遂行してみせねば、本国に帰ることもできない。


 ふたつ目である、遺産や秘宝の回収は、ある程度はできたものの、目星をつけたものの回収率はよろしくない。


 魔剣ダーク・インフェルノの封印は解けず――しかし魔剣使いヴィゴの手に渡ってしまったり……。あの辺りから、どうも上手く行っていない気がする。魔王の欠片の入手ができなかった件も、あの男が関わっている。


 みっつ目の、王国の混乱も、当初思い描いていたものとは違うものとなっている。


 ラーメ領の魔物の巣窟化計画。邪甲獣の巣と精霊樹を結びつける合成実験から始まったそれも、精霊樹の異常進化と成長により、まったく想定外のものとなっている。


 王国を混乱させている、その関心を引いているという点では、本国の期待以上の成果を出しているだろうことは想像できるが。


 だがよいことばかりではない。この汚染精霊樹の異常進化は、黄金領域を生み出し、そこにいる生物を変異させ、環境を変化させてしまった。


 特務団の想定外のそれ――もしペルドル・ホルバがやってくるのが、もう二日ほど遅かったなら、ボーデンらも黄金領域の魔物に変異してしまっていただろう。


 ペルドルは、帰郷を許したルースと共にやってきた。聞けば、特務団に協力したい、こちらで研究している生体兵器に関心があり、その開発に協力するという。


 ブラックドラゴンのウルラが、ありのままを報告し『信じてもいい』と言うので、ボーデンはペルドルを迎え入れたが、当初はやはり実績も信用もないので、団員たちはこの新参者を疑っていた。


 ウルラート王国のスパイではないか、と? 何といっても王国人である。


 それが変わったのは、先の黄金領域の件。周囲のものが金になっていく――と、驚嘆している団員たちに、ペルドルは淡々と告げた。


『結界なり何なりで身を守らないと、あなたたちも黒きモノになってしまいますよ?』


 事実、精霊樹を観察していた団員たちが、真っ先に汚染にやられ、ボーデンと部下たちが慌てる中、ペルドルは残っている全員を守り、黄金領域内でも問題なく行動できるよう処置をした。


 彼は自分の興味のあることにしか関心がないのだ。帝国だろうが、王国だろうが、彼の言う通り、生まれた場所が違うだけであって忠誠の対象にはならない。


 また、自分の弟であるルースが、ハイブリッドという化け物になっても平然と処置をする男でもある。彼を改造した特務団に対して、いい仕事だと言うことはあっても、身内をやられた恨みの言動はなかった。


 忘れてはならないのは、ペルドルは、特務団の残りを『魔物化という全滅』から救った男だということだ。もし恨みがあったり、敵対者だったなら、特務団の危機を救うことはなかったに違いない。


 今では団員たちもペルドルの働きを評価し、信頼を寄せている。事実、錬金術師としてはもちろん、魔物研究や改造といった手腕も優れている。


 ボーデンにとっても、特務団の任務遂行のために不可欠な存在となっている。 


「――竜神の洞窟のフォリッシュ隊。セッテの町、レヴィアタン・ミウィニュア。ウルラート王国もやりますなぁ」

「やはり、ヴィゴ・コンタ・ディーノとその一味が関わっていると思うか?」

「フォリッシュ隊のことはともかく、レヴィアタンをやれる人間など、そうはいませんよ」


 魔剣と聖剣使い。ルースが彼と遭遇し、撃退されている。一度ルースは死んだらしいが、ペルドルによって、以前より強化されて復活した。


「討伐軍といえど、黄金領域には簡単に踏み込めないと思うが……」

「時間の問題でしょうなァ。何せ領域に対抗する手段はあるのですから。時間稼ぎにはなるでしょうが」


 ペルドルはニヤリとした。


「そこで私からひとつ提案があります。準備されてしまえば無意味ならば、そうなる前に仕掛けてしまえばいいのです」


 というと?――ボーデンの問いに、ペルドルは自身の案を披露した。


「実は、例の黄金石が完成しまして。これを先んじてセッテの町に――」

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