第157話、帰郷したルース


 シレンツィオ村の外周は、外部からの侵入を阻む防壁が張り巡らされている。


 表街道側入り口の門番であるキャッキは、あくびを押し殺した。


 ヒマである。そもそも、こんな自給自足が基本のド田舎に人なんて、そうそうやってこない。村で採れた作物を売りに行く時期ではないし、外部から定期的にやってくるのは月に1回の行商人くらい。その商人も半月くらい前に来たので、まだしばらくは来ない。


「ヴィゴたちは、今頃、ミノタウロス討伐かな……?」


 見送ってからの時間を考えれば、そろそろではないかとキャッキは思った。


 ふと、村のほうで若い娘たちの悲鳴じみた声が聞こえた。


「……?」


 聞き違いか。先日のミノタウロス騒動みたいなことがあれば、悲鳴は連続し、村にいる誰かがキャッキを呼びにくるだろう。


 しかし、悲鳴はすぐに聞こえなくなった。また女連中が、毒蛇が出たーとか騒いだのではないか。呼ばれる様子がないので、キャッキは鼻をならした。


 紛らわしい声出しやがって、まったく。


 キャッキは気づいていなかった。この時、すでに異分子が村に入り込んでいたことに。


 彼が気づかなかったのも仕方がなかった。それは空からやってきて、キャッキの位置から見えないルートを通って入ってきたからだ。



  ・  ・  ・



 ルース・ホルバは唇を噛んだ。


「ナンで、わかってクレないンダ……」


 思わず膝をついた。悲しかった。


「トウさん、母サン……」


 殺した。化け物と喚き散らし、壁にかけた剣を取った父。化け物と怯えた目を向け、腰を抜かした母。


「ボクは、バケものじャ、ナイ……!」


 久しぶりに故郷に帰ってきた。


 エルザの父フレッド・コーシャ伯爵は、このシレンツィオ村の領主でもある。エルザを連れて行くのと同時に、家族の顔を見たくなったルースは、実家に帰ったのだが、待っていたのは両親による敵視と恐怖の目。


 確かに肌の色は変わってしまった。だが戦闘時ではないから腕が肥大化することもないし、体つきは普通だ。漆黒の鎧が怖かったのかとも思ったが、それで化け物はさすがにない。


「……ボクは、バケモノなのカ……」


 怒りに駆られた。気づけば両親を殺していた。アアアア……!


「――ねえ、ルースの家の前に何かいるよ?」


 若い娘の声がした。


「ド、ドラゴンなんじゃない!?」

「で、でも鞍あるみたい。騎乗用じゃない?」


 姦しい声だ。あれは、村の女たちか。ルースは嫌悪感を滲ませる。何かと行ってつきまとっていた娘たちだ。最初はよかったけど、だんだんうざく感じるようになったヤツら。


「ドラゴンに乗るなんて、どこかの騎士様かしら?」

「ねえ、ルースの家の前ってことは、ひょっとしてルースが帰ってきたんじゃない?」

「!? きっとそうよ! ルースならドラゴンくらい乗って帰ってくるかも!」

「あのヴィゴだって聖騎士なんだから、ルースはもっとすごい騎士様になってるに違いないわ!」


 ヴィゴォ――ルースの脳裏に激しい憎悪が渦巻いた。


 ――どいつもこいつもヴィゴ、ヴィゴ、ヴィゴ! しかも騎士だと!? あいつが!? ふざけるな! 魔剣使いがなんだ! 魔剣があれば僕だって――


「ルース……ひっ!?」


 娘たちの短い悲鳴。ルースは振り返る。――ああ、いつのも四人だ。少女からすっかり成長したようだが、相変わらず田舎臭いブタどもだ。


「化け物――!」

「ッ!」


 手から電撃魔法のサンダーランスを放っていた。ルースを『化け物』呼ばわりした娘の体が真っ二つになった。


 一瞬のことだった。残る娘たちは、何が置きたかわからず呆然としたが、幼馴染みの死体に悲鳴を上げた。


 だがそれだけだった。ルースを乗せてきたブラックドラゴンがフレイムブレスを吐いて、残り三人をあっという間に焼き尽くして炭に変えた。


「ありガトう、ウルラ」


 ルースはブラックドラゴンに歩み寄り、その頭を撫でた。


「雑音が消えた」


 ウルラの背中に乗り、ルースは飛び上がった。


『帰る……?』

「いや、モウ一カ所寄ろう。別宅が近クニあるんだ。そこに兄がイル」


 優しかった兄のことが脳裏に浮かんだ。両親は殺してしまった。兄はどうだろうか? この姿を見ても、受け入れてくれるだろうか?


 ルースはウルラに乗って、森の中にある別宅へ。ホルバ家は村では有数の金持ちで、祖父の代では錬金術師として一応成功したという。


 寂れた場所にある屋敷。村にある家より大きいが、ここは元は祖父の錬金術工房だった。


 屋敷の前で、ウルラから降りて、入り口へ向かう。ルースは扉をノックした。


 すぐに反応がないのはわかる。この屋敷は広いから、すぐに人は出てこないのだ。気のせいや聞こえなかった場合に備えて、定期的にノックを繰り返す。


 やがて、扉が開いた。ひとつ目の金属の人形が出た。


『ドチラ様デショウカ?』

「ルース・ホルバだ」

『ルース・ホルバ。ルース・ホルバ!』


 狂ったかのように、ルースの名前を連呼した金属人形は、その一つ目を向けた。


『失礼シマシタ、ヨウコソ、ルース様! オカエリナサイ』


 ――ああ、こんなポンコツゴーレムですら、僕だと分かるのに。


『ドウゾ、ルース様。ゴ主人様モ、オ喜ビ二ナラレルデショウ』


 金属人形が屋敷内へと導く。


『ゴ主人様! ルース様ガ、オカエリニナリマシタヨ! ゴ主人様ー!』

「――うるさいよ、ポンコツー。騒ぎ立てるな」


 1階フロアの奥、2階へと上がる階段から降りてくるひとりの若い魔術師。


「兄サン――!」

「ルース! お前か!?」


 兄ペルドル・ホルバは階段を駆け下りてきた。


「急に帰ってきたなぁ! 何年ぶりだ? ずいぶんと男前になったなァ!」

「……兄さン」


 一気に込み上げてきた。ルースの目に涙が溜まる。やはり兄はわかるのだ。自分は化け物ではないと。


 ようやく家族に会えた――それを感じ、ルースは感涙するのだった。

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