第142話、深部への道
ドローレダンジョンの地下階層に下りる。先導は、ファウナが呼び出した亡霊戦士がやっているので、そこを突破されない限りは、俺たちの前に敵が現れることはないだろう。
「で、リーリエ。お前はどこに乗っているんだ?」
「わかってるんでしょ? 言わせんな、ばか」
頭の上から声がする。兜の上なんだろうけど。
「重いんだが?」
「信じられない! 妖精が重いわけないじゃない!」
「ねえ、お前。ひょっとしてしがみついてない? まさか怖いの?」
「は? んなわけないしょ!」
ぽんぽんぽんぽん、頭を叩かれているような。兜ごしのせいもあるんだろうが、フェアリーの打撃が、マッサージのような刺激しかこない。
「ちなみに聞くけど、何が怖い?」
「こ、怖くないって言ってるでしょうが!」
「いや、別に今の話じゃなくてさ――」
「リーリエにも怖いものがあるのかって話だろう」
俺の後ろにいるシィラが、やんわりと言った。
「うちの姉貴も、幽霊が怖い」
「怖くないったら!」
いきなり後ろのほうでルカが叫んだので、皆が振り返った。とんだ地獄耳。
「あ、いえ、その……」
ベスティア以外の注目を集めてしまったので、ルカが萎縮した。ゴムの上に座っているファウナが、自身のほっそりした顎に指を当てた。
「……申し訳ありません。わたくしの亡霊戦士が怖がらせてしまったようで」
「い、い、いいえ、違いますからね――」
強がっているようにしか見えないんですが。可愛いじゃん。
「ぶっちゃけると、アタシは少し怖いです……」
マルモがどんよりとした顔になる。
「ちなみに、ニニヤちゃんは、さっきからずっと無言です」
「……」
そういえば、アンジャ神殿の地下探索の時もアンデッドの浄化はできても、怖いものは怖いって言っていたっけ。
アウラは、ため息をついた。
「でもお母さんは王都でも名の知れたプリーステスでしょ。浄化魔法も使えるんだから、アンデッドや霊に対する精神的強さとか学ばなかったの?」
「学びましたよ、お師匠。学んだけどやっぱり怖かったから、聖職者じゃなくて魔術師を選んだんです!」
あー、そういうこと。ニニヤの実母はプリーステスだったモニヤさん、ロンキドさんの第三夫人だ。第二夫人であるヴァレさんは魔術師である。なるほどね……。
俺たちは、先へと進んだ。時々、天井から落ちてくる水滴が音を立て、遠くから魔物の唸り声や叫び声が耳に届く。
ファウナの降霊術で呼び出された亡霊戦士たちは、待ち受ける敵をよく防ぎ倒していた。これは相性の問題なのだろう。
敵はゴブリン系を中心にしていて、物理攻撃がメインなのだが、ゴースト系の亡霊戦士に物理は通用しない。時々、魔法を使う敵もいるが、亡霊戦士を完全に倒してしまえるほどのものはそれほどいないらしい。
「……こっちまで来ないな」
シィラは退屈そうだった。しかしファウナ曰く、敵は意思をもって、俺たちを包囲しようという動きを取っているのだという。
ふつうモンスターというのは、テリトリーに入った敵とみれば突っ込んでくるものだ。個体ごとに連携はあるが、集団ごとに連携を取るなんてまずない。
「先に入った調査隊も、それでやられてしまったのかもな……」
このダンジョンは、小部屋のようなスペースがたくさんあって、通路も多いので、迂回して側面や後方の通路から迫るということが可能だ。一度通った道でも、背後から襲われるというのが、ここでは普通にある。
「四方から同時に襲われたら、そりゃ分散するしかないからな。一点突破されたら、そこから一気に全滅――それもあり得る」
「ファウナの亡霊戦士があたしらの前や後ろにいるから楽できているが、もしいなかったらこうしていられなかったかもしれないな」
シィラも認めた。
「もし、亡霊戦士がいない状況だったなら、ヴィゴならどう対処する?」
「通路が四方にある部屋での遭遇は、勘弁したいな」
俺やベスティアなどの前衛組が壁となって通路を塞ぎ、個々に対処――いや。
「一番近い通路に飛び込むな。そこにも敵はいるだろうけど、通路でなら、敵は前と後ろしかいない」
「なるほど。多方向からではなく、二方向に絞り込めるわけだ」
「包囲されているってことには変わりないけどな。ただ前衛の数が少ないパーティーとかなら、正面になる数を減らすって意味ではマシになるとは思う」
一番なのは包囲されないってことだけど。
あと、通路での戦闘は基本、狭くなりがちだから、ぶん回す系の武器はかなり制限されるってデメリットもあるな。
「それにしても、妙ね――」
アウラが口を開いた。
「調査隊も、たぶん最深部を目指したはずなのに、あるのはここのモンスターの死体の痕跡はあるのに、冒険者のそれはひとつも見ていない……」
亡霊戦士が倒しただろう、ゴブリン系に死体はあるのに、人間のそれはひとつも見ていない。調査隊が帰ってこないと考えると、最悪の展開もあるのだが、それにしては犠牲者の姿を見かけないというのも確かに変な話ではある。
「全員生存なら喜ばしいことだけど……」
「かえって不気味か」
シィラは眉をひそめた。父親であるロンキドさんも行方不明になっているニニヤの顔が強張る。心配なのは、一目瞭然だった。
ファウナが目を閉じたまま、わずかに顔を上げる。
「……前衛が深部と思われる空間に出ました。規模の大きいゴブリン集団と遭遇、現在交戦中」
「奥にもしっかり敵がいるのか」
ここに来るまで、調査隊のひとりも発見できないとは、嫌な予感しかしない。だが冒険者たちがどうなったか確認しないわけにもいかない。
「……人間の姿が見えました」
ファウナがとうとう、それを見つけたらしい。
「複数……いずれも意識がないようです。蜘蛛の糸で拘束されているようです」
ここにきて蜘蛛糸とか。ゴブリン系以外に、ジャイアントスパイダー系もいるということか。
「急ごう」
俺たちは、最深部へと急ぐ。それなりの数がいるなら、亡霊戦士たちが戦っている間に到着できれば、戦場を観察する余裕くらいはあるかもしれない。
敵に魔術師系がいなければ、亡霊戦士たちが圧倒するだろうが、これまでのパターンから見ても、規模の大きい敵集団なら、魔法を使う奴がいると見たほうがいい。そうなると数の差は露骨だろう。
それにしても、何だかんだ戦闘なしで、ここまでたどり着いてしまったな……。
深部に到着した時、しゃがれた声が聞こえた。
『――あぁ、コノ気配……。魔剣を感ジルゾ……感ジル』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます