第90話、ペルセランデへようこそ


 町の外に出れば、血に飢えた獣が徘徊する世界。交代で見張りに立ったが、灰色髪のジャイアント以外に襲撃もなく朝がきた。


 朝食の後、野営用建物をパーツごとに解体して、ダイ様の収納庫へ。ジャイアントの死体とハンマーなど装備も回収済み。


 いよいよ大洞窟へ足を踏み入れる。さすがにここからは木ゴーレム馬も使えないので、徒歩移動だ。


「歩きやすいな」

「そりゃあ通り道ですもの。ドワーフたちも整備しているわ」


 なだらかな斜面を下りながらアウラが言った。しばらく一本道で下っていくと、やがて二股に分かれている。


「看板があるな」


 何々……左へ行くとペルセランデ。右は坑道ほか分岐多数。ペルセランデで地図を買うこと……?


「なんだこれ」


 シィラが言えば、アウラが唇の端を釣り上げた。


「外から来る人へのガイドよ。実際、右の道は穴だらけで道がいっぱいあるから、行くなら本当に地図を買ったほうがいいわ」


 以前にも来たらしいSランク魔術師のドリアードさんはそうおっしゃった。


 元々ペルセランデに行くところだし、素直に看板に従おう。そうして歩くことしばし、一本道でなければ方向感覚とか時間感覚がおかしくなりそうだ。しかし遠くから物音が聞こえてきて、それは次第に活発になった。


 やがてようやく目的のドワーフの集落に到着した。


 ハンマーが金属を叩く音がそこかしろで響く。広い空間だ。壁に沿って窓と扉がいくつか並んでいる。あれがドワーフの住居だろうか。


 屈強なドワーフたちが、ハンマーで叩いたり、金属の品を形を確かめたりしている。


「ようこそ、ペルセランデへ」


 空洞入り口の脇に台があって、斧で武装したドワーフの戦士が俺たちを見下ろした。トゲ付きの兜。もじゃもじゃヒゲのドワーフである。


「むっ!? スライム!?」


 ドワーフ戦士が斧を構えた。ルカが移動してゴムに触れた。


「この子は大丈夫です。私たちの仲間です」

「……そうか」


 ルカがゴムに触れているのを見て、ドワーフ戦士は首を横に振った。


「それはそれとして、結構早い時間にきたな。まさか夜中に移動してきたんじゃあるまい?」


 どういう意味だろう?


「入り口んとこの野営地で一泊したけど……何かあるのかい?」

「外で一泊じゃと!? 本当か!?」


 ドワーフの戦士が驚いた。しかしよくよく見ると、ドワーフって横幅あるけど、背低いな。


「ブラッド・グレイが出んかったか?」

「ブラッド・グレイ?」

「ジャイアントじゃ。髪が灰色の。銀のハンマーを持った――」

「ああ、あれか。倒したぞ。こっちを襲ってきたから」

「倒したじゃと!?」


 そのドワーフは台を移動し、大声で叫んだ。


「皆の衆ーっ! ブラッド・グレイが倒されたぞーっ!」


 ……でかい声。なに、あの巨人、そんな有名な奴だったの。


 するとドタドタを足音が津波のように押し寄せた。ドワーフの男衆が至る所から出きてて、俺たちのほうへ殺到したのだ。


「ヴィゴ、下がれ」


 シィラが槍を構え、ルカも背中の大剣を抜いた。……これこれ、落ち着け、戦闘民族ガールたち。


 とは言うもの、これは確かにやばい勢いで突っ込んできた。



  ・  ・  ・



 結果的に流血沙汰にはならなかった。単に集まっただけだったのだ。


「ブラッド・グレイを倒したって!?」

「ウソだぁ、こんな弱そうなヒューマンが。……そっちのでかいネーチャンだろ!?」


 ざわざわがやがや……。何とも騒がしい。しかし、ドワーフの身長が低いってのは知っていたが、これだけ人がいてそれというのも、何ともおかしな気分になる。


 ダイ様の収納庫に入れておいたブラッド・グレイ――ジャイアントの死骸を出すと、どよめきが咆哮に変わった。


「マジだぞ!」

「灰色髪のジャイアントだ!」

「胴体が真っ二つだぞ? こんなのドワーフにだって無理だ」


 驚きの声が上がる中、アウラが前に出た。


「ワタシたちは王都カルムの冒険者ギルドからきた『リベルタ』よ。で、そっちの魔剣を持ったうちのボスが、ヴィゴ。邪甲獣キラーと言えば、わかるかしら?」

「おおっ!? あの邪甲獣殺し!」

「こんな坊主だったとは!?」

「魔剣! 魔剣を見せてくれ!」


 余計騒がしくなっただけな気もする。さっきより、おっさんドワーフたちの密集具合がやばい。やんややんや――


「お前ら、静かにしねえかっ!」


 ドワーフ特有の大声に、全員がギョッとなる。ひときわ逞しい体躯のドワーフがひとりやってきた。周りのドワーフたちが道を開ける。


「王都カルムから、ということは、例の邪甲獣の装甲を持ってきてくれた者たちか?」

「そうだ」


 俺が答えると、堂々たるドワーフはやってきて手を差し出した。


「フェッロだ。邪甲獣の装甲の解析を引き受けた者だ。あんたの勇名は轟いているぞ、魔剣士ヴィゴ」

「どうも」


 握手。硬いごつごつした手だった。


「早速、邪甲獣の装甲を見たいが……モノはどこに?」

「持ってきてる。ダイ様」

「おう」


 少女から、大きな金属なのか岩なのかわからない塊がいくつか飛び出すと、一部のドワーフが群がった。


「これが邪甲獣の装甲とやらか……!」

「何じゃのぅ、これは」

「お前ら、さっさと工房に運ぶんだよ!」


 へいっ!――ドワーフたちがフェッロの指示に従って数人がかりで、それぞれの装甲を運ぶ。


「便利なものだなぁ。よくアレを持ってきてくれた。村長の家に報告に言ってくれ。……あと――」


 フェッロは、ジャイアントの死骸を指さした。


「村長にそいつを仕留めたことを伝えれば、追加の報酬がもらえるはずだ」

「そうなのか?」

「ああ。あの巨人には、オレたちも悩まされていた。同胞の仇を討ってくれてありがとう、ヴィゴ」


 何やら因縁があった巨人だったようだ。ふと、ドワーフのご婦人方が俺たちを見ているのに気づいた。


 視線が合うと、何やら黙礼された。こちらも会釈するが……。ひょっとして、この巨人にやられたドワーフのご遺族の方々かな。

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