第61回 結婚相手は抽選で その3

 続きです。


 ここから第三章。章題は「かけひき」です。ここがまたリアルでうなってしまいます。


 一番手は龍彦から。


――「二人目だと言ってたよ。一人目は男の方から断ってきたらしい」

「すっごい美人なのに?」

 言いながら、鯨井がにやりと笑った。美人だというのを頭から信じていない。

「宮坂さん、それ怪しくないですか?」

「怪しい、というと?」

「だって、四月から抽選見合いが始まって、もう三ヶ月経つんですよ。それなのに、まだ二人目ですか? それが本当だとしたら、一人目の男とはしばらく交際したってことですよね。そして男の方から断ってきた。すごい美人なのに? そんなことあり得ます?」

「あり得るよ。性格がきついもん。俺のこと気持ち悪いとか、高い洋服は似合わないだとか、さんざんけなした挙句、カスクジだってさ」

(中略)

 次の瞬間、彼は「あ」と短く言葉を発した。そして、何かに思い当たったというふうに、一人で何度もうなずいた。

「なんだよ、どうしたんだよ」

 鯨井がグラタンから顔を上げる。

「その女、自分から断るつもりはありません」

(中略)

「宮坂さん、やっとわかったようですね。その女性は、既に二人の男を断っているんですよ。宮坂さんで三人目なんです。間違いありません」

「マジ?」

(中略)

「おもしろいことになりそうですね。どんなことがあっても、絶対に宮坂さんの方から断っちゃだめですよ」

 北風の顔が生き生きとしている。

「おもしろいなんて、俺には到底思えないよ。窮地に立たされている人間を追い詰めるなんて、そんなかわいそうなこと俺にはできない」

「宮坂さんは、どこまでお人好しなんですか」

「そうだよ。君は人間扱いされなかったんだぜ。これは宮坂くんだけの問題じゃないよ。この世の中のモテない男全員の問題でもあるんだよ」――(結婚相手は抽選で 文庫版 P.172~P.177)


 この龍彦のお人好しすぎるキャラが、奈々に好かれるきっかけになるとは。この時点では予想もつかない状況です。


 続いて好美。


――「好きなんだ」

「私も。といっても、東京に出てきて初めて食べたんだけどね」

 パンをひとつずつ皿に取り出す彼の手がいきなり止まった。

「いや、そうじゃなくて……好きというのはガーリックトーストのことじゃなくて……君のこと」

 こちらを見ないまま言う。

 知らない間に息を止めていた。

 私も……好き。

 心臓が波打つようで、声に出せなかった。――(結婚相手は抽選で 文庫版 P.189)


 いい感じですね。しかし母親が相手の嵐望にケチを付けます。


 龍彦は友人のアドバイスに基づいて、奈々とデートします。


――「ここは餅ピザがうまいんです」

「餅ピザ?」――(結婚相手は抽選で 文庫版 P.197)


 なにげない記載ですが、重要な伏線です。最初に読んだ時は気が付きませんでした。2度目に読んだ時はこの記載だけで泣けてきました。


 さて、相変わらず奈々は高圧的な態度で龍彦と接するのですが、後半で少し状況が変わってきます。以下、引用します。


――「お母さんは人生を後悔しているの。キャリアウーマンになれるはずだったのに、結婚によって人生を棒に振ってしまったと言うのよ。だから私が思う存分仕事をして、キャリアを積めるように応援してくれている。だからいまだに料理も洗濯もすべてお母さん任せよ。そして、私がいつか結婚して子供を産んだら、お母さんは近くに住んで、家事育児全般を受け持ってくれると言ってる。だけどね、私の仕事は所詮ハガキの整理なのよ。いったい私はどうすればいいの」

 奈々さんは正面から見つめてきた。

 本当は弱い人なのだと思った。

(中略)

「奈々さんは、お母さんと仲良しではなかったんですか?」

「仲良しだった。お母さんのこと大好きだった。世の中で一番頼りになるし、いつも親身になってくれるし、かけがえのない親友でもあったの。でもね、抽選見合い結婚法が施行されてから、結婚って何だろうと真剣に考え始めたのよ。そしたら、お母さんは夫婦仲の悪さの逃げ道として私を利用していることに気づいたの。このままじゃいけないのよ。私は私の思うように生きなきゃ。でも、どうすることが自分の思うようにすることなのかがわからないの。ねえ、私の生き甲斐って何なの?」

「奈々さんの生き甲斐、ですか」

「自分でもわからないのに、あなたがわかるわけないよね。ただね、お母さんの生き甲斐を私に押しつけるのはやめてもらいたいの。あなただけが生き甲斐よとか、孫の成長だけが生き甲斐なのよとか、ああいうの最低。自分自身の生き甲斐を見つけてって言いたい。生き甲斐にされる方の身にもなってみてって」

 ぽろぽろと涙を流しながら、訴えるように言った。

「俺は誰かに生き甲斐にされた経験はありませんけど、でも想像してみると、確かに苦痛ですね」

「あなた、本当はわかってるんでしょう?」

 奈々さんはいきなり真正面から睨みつけてきた。

「わかってる? と言いますと?」

「あなたで三人目だってこと。あなたを断ったらテロ撲滅隊行きだってことよ」

「あ、やっぱりそうだったんですね」

「お願いだから、あなたの方から断ってよ」

「いいですよ」

「えっ、本当?」

 奈々さんはびっくりしたように目を見開いた。

 涙で化粧が落ちたのか、目の周りが黒く滲んでいて、鼻水が出ていた。目の前にいるのは、もう気取った女性なんかではなかった。これからの人生に不安を抱いている、同世代の仲間のひとりだった。

「だって俺まだ、見合いを断ったポイントはゼロですから」

 追い詰めろと北風は言ったが、自分にはできない。こういうのをチャンスと捉えるなんて、やっぱりとんでもないことだ。好きでもない男性と結婚しなければならないなんて、女性にとってどれほど苦痛か。女性じゃなくても想像がつくというものだ。

 今日の奈々さんは色んなことを話してくれたが、どの部分が本音でどれが演技なのか、自分には全然わからなかった。うまくだまされたのかもしれないが、それならそれでいい。最初からこちらから断ってあげるつもりだったし。

「明日早速、本部に連絡しておきますから」

 だから、安心してください。

 うん、これでいいんだ。

 こんなきれいな女の人とデートできて、今日は楽しかった。同性からの嫉妬の視線を浴びたのも、たぶん自分の人生において最初で最後だろう。

 これでよかったのだ。色々と経験できたし。

 奈々さん、ありがとう。

 ――ということにしておこう。――(結婚相手は抽選で 文庫版 P.209~P.212)


 龍彦はなんて誠実で、本当のやさしさを持つ人なんでしょうか。これもネタバレしますが、この後で奈々は彼の良さを認めて自ら龍彦に連絡するのです。そんな奈々も素敵ですよね。まあ、龍彦の後にお見合いした相手が酷かった、という事もあったのですが。


 これに対し、嵐望と好美はどうでしょうか。あんなにいい感じだったのに、なんと嵐望に隠し子がいた事が判明し、二人は暗礁に乗り上げてしまいます。嵐望を快く思っていなかった好美の母親は「それみた事か」と好美を責めます。


◇◇◇◇◇◇



 読んでいただきありがとうございました。


 次の第62回も引き続き「結婚相手は抽選で」の秘密に迫ります。お楽しみに。

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