第61話 大晦日

時刻は22時半を回ったところだ。


俺はコタツに入って目をつぶっている。対面の母親も同じく。そして視界に映るのは裏庭ダンジョンの第1階層とゴブ太の背中。


そう。俺は今、母親と一緒にダンジョンアタック中だ。大晦日に。


世の若い男女がカウントダウンパーティーへ出掛けているというのに! 俺は母親とダンジョンアタック! 酒を飲み、コタツで寝てしまった父親のいびきが癪に触る。


「ハルくん、ゴブ太をよく見とってよ!」


「大丈夫。同じゴブリン同士なら魔石を多く食べてるゴブ太が圧倒的に有利だから」


ゴブ太が鉄の短剣を振るうと相手のゴブリンは棍棒を取り落とし、慌てたところを追撃されて煙になった。


「はぁ、心臓に悪いわぁ。ゴブ太、大丈夫?」

「ギギッ!」


ゴブ太は気丈に返事をする。少しおっとりした性格だが、素直なよいゴブリンだ。流石は俺の弟。


何故このような事態になっているかというと、先程、ゴ治郎の存在を母親に話したからだ。実は俺も夏休みに裏庭ダンジョンを見つけ、そこで召喚石を手に入れたと。


ダンジョンを秘密にしていたことに対して多少の小言は覚悟していたが、それは全くなかった。その代わりに出てきたのは──


「ハルくん、一緒にダンジョン付いてきて。ゴブ太1人には行かせられんから」


というお願いだった。


ゴブ太はお客さんから分けてもらった魔石で身体能力は向上していたものの、ダンジョンには全く潜っていなかったらしい。理由は「ダンジョンに興味はあるけど、1人だとなんか怖い」というものだ。子供か!?


それにしたって大晦日にダンジョンに潜らなくても良いのでは? と諭したが、効果はなかった。ウチの母親は一度言い出すと聞かないタイプなのだ。


「しっかし、不思議なもんよねー。ダンジョンの中が見えるし、音も聞こえる。感覚の共有については市役所の人も教えてくれんかったよー」


「それは仕方ないよ。市役所の人は召喚者じゃないし」


「まぁ、そうやねー。わっ、ハルくん、ゴブリンが2体!?」


「一体はゴ治郎がやるから──」


タンッ! と俺が言い終わるよりも早くゴ治郎は踏み込み、ゴブリンの首元にナイフが生えた。スッと崩れて煙になる。


ゴブ太も果敢に飛び掛かり、拙いながらも勝利を収めた。


「ゴ治郎は凄いねー。ピュンて動いたよー」


「うん。自慢の召喚モンスターだよ」


「けど、ハルくん……」


「何?」


「もうクリスマスは終わったから、赤い帽子は脱いだ方がええよ」


「いや、この赤い帽子はそういうのじゃなくて……」


「お母さんが羽飾りの帽子作ってあげるから、そっちにしとき」


オカンとお揃いじゃないか!!


「……考えとく」


「あっ!!」


今度はなんだ!?


「お蕎麦茹でるね!」


ああ、もう23時過ぎてるのか。


コタツから立ち上がった母親はバタバタと台所へ急ぎ、ゴ治郎の視界には困った様子のゴブ太がいる。そして煩い父親のいびき。なんともチグハグだ。


「ハルくーん、みんなで年越し蕎麦食べよ! 早くゴ治郎も戻して!」


台所から声がする。ゴブリンは蕎麦たべるのか? とは言えダンジョンで年越しさせるつもりもない。サッと召喚を解除し、コタツの上に再度、ゴ治郎を出す。


母親もいつの間にかゴブ太を呼び戻していたようで、蕎麦を運んでくるお盆の上にその姿があった。


「お父さん、蕎麦出来たよ!」


母親は是が非でも全員で蕎麦を食べたいらしく、無理矢理に父親を起こした。「ああ、蕎麦かぁ」と父親が言う。


それぞれの前に──ゴ治郎とゴブ太にはお猪口に入った──蕎麦が置かれて準備万端。


「来年もいい年になりますよーに!」


父親からずるずると啜る音がし、とりあえず蕎麦に噛み付くのはゴブリン2体。そして何より満足そうな母親の笑顔。


うーん、こんな大晦日も悪くない。

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