森海の道程

「ったくもう! いつもよりつきまとう草ストーカー多くない!?」


「ここは普段通らない経路ですから。向こうからすれば私たちの方が侵入者ですよ」


 常に監視の気配が途切れず、休む間もなく継続的に襲ってくる魔物の群れにキリメが悪態をつく。

 最初でも硬かったり速かったりと厄介な手合いばかりだったが、深部に入るにつれて硬い上に速い、速い上に数が多い、数が多い上に毒持ちなどなど、その厄介さも危機的なものへと変わってきている。


「……これが未開地の深部か……人間種の領域ではないと、改めて思い知らされるな」


 つきまとう草ストーカーの根を切り払い、更に根を伝って電撃を打ち込んだメリエが溜息を吐く。

 それを聞いたドアニエルは、森の樹に擬態していた4mを越える蛾のような魔物を大刀で叩き潰しながら不敵な笑みを浮かべて返す。


「深部だと? まだまだ深部には程遠いぞ。少なくとも、俺達全員が生き残れている。そんな場所は深部とは呼ばない。本当に深部に入り込んだら、人間はただの動く餌に過ぎん」


 ドアニエルの言葉にカガミが何か言おうとしたが、逡巡するように口を噤む。

 アンナはメリエが感電させて動けなくなっているつきまとう草ストーカーの不気味な一つ目に向かって投げつけた魔法の短剣を鞘に引き戻しながら、ドアニエルに視線を向ける。


「……そんな場所の近くに居を構えるなんて」


「人間が近づけない程の魔物の棲み処、危険だがうまく利用できれば強固な守りとなる」


「成程、人を餌としか見ないような魔物よりも、人間の方を危険視しているというわけか」


「……ああ。俺達にとっては、人間の方が厄介極まりない。隠れ里がここにある理由がわかったか?」


「……そうまでして守りたいもの、一体何なんだ?」


「単純さ……誇りと尊厳だ」


「……」


 遠くを見ながらそう答えたドアニエルの言葉に、カガミやキリメは悲しそうに視線を落とした。

 そう言えば、利用され危険に晒される同胞を助けることが任務の一つと言っていたっけ。

 今もなお、そうした運命の元にある仲間を想っての瞳なのかもしれない。


「……さあ、そろそろ休息しましょう。あと一日あれば到着します」


 絶え間なく襲ってくる魔物のせいで、進む速さは格段に落ちてしまってはいたが、カガミが出発前に言ったのはそれを考慮しての行程だったようだ。


 バンジの集落を出発して三日。

 森海はその深みを増し、心なしか鈴灯花の数も減って暗がりも濃くなった。

 それでもまだ深部と言える程でもなく、場所としては浅い部類なのだとか。


 ドアニエルと自分で周囲の草や樹を切り払い、それをシグレとカガミが何かの魔法で焼き、次いで湿った土を乾燥させて野営できるように場所を確保する。

 十分とは言えないがそれなりの広さを手慣れた早さで整える。

 この森に住んでいる者達ならではの技術だろう。


 後はいつも通り、泥炭や薪を用意して食事を作る係と、大きな革を敷いて寝床を造る係に分かれて作業する。

 時間にして一時間経たずに休息する場所を完成させた。


「(じゃあいつもみたいにライカお願いね)」


「(まぁ、食事分は働くさ)」


 狐姿でこれといった仕事の無いライカに食事中の警戒を任せ、こちらは先に食事を済ませる。

 シグレとカガミ、そしてエシリース、スティカ、アンナの五人が腕を振るった食事は、宿で出される食事と遜色ない。

 ただの栄養補給剤としての役割しかない保存食を、見事に料理に昇格させていた。


「いただきます」


「はいどうぞ」


 食事や就寝中でも襲ってくる森海の生き物だったが、今回は自重してくれた。

 全員が食べ終わるまで何事も無く、片づけを終えてお茶を片手に一服する。


「ここまで来れば、里まではもう少し、ですが、無理をして進むのは危険ですから、しっかりと体を休めましょう」


「そんな時が一番気が抜けて危ないから。私たちも狩りに出る時は気を引き締めるのよ」


「確かに。で、カガミ達の里って何て名前なの?」


「私たちの里……集落は、フウラと呼ばれています。ユルミール森海の中では最大規模の集落で、かなりの広さがあります」


「フウラ……聞いたことは無いな。ギルド連合との取引などはしていないのか?」


「以前にも申しました通り、我々の里はどの国家群、ギルド連合、宗教団体とも関りを持っていません。物資に関しては一部の集落との物々交換や、ドアニエルさんのように個々人でギルドに加盟し、商人から買い付けるという形を取っています」


 ということは、ギルド連合の支部のようなものは無いということか。


「里の長は、国で言うところの王政に近い形でしょうか。二人の姫が中心となり、里の方針を決めています。その理念は私共の旅の目的と同じ、同胞の安全と宝具を守護する事。

 今回はその姫のお二人が、クロ様にどうしてもお会いしたいとのことでお招きした次第」


 ふむ。

 彼女らの態度を見るに、上からの命令というのは間違いなさそうだ。

 問題は以前ライカと話し合った古竜種や幻獣種のような上位者がその背後にいるかどうかだが、カガミ達の言う姫二人がそうなのかは今の段階ではわからないか。


「(ライカはカガミ達から古竜や幻獣みたいな存在の気配って感じる?)」


「(……この森に入ってからずっと、ぼんやりとした古竜の匂いは感じているが、そもそもにクロの古竜の匂いが強すぎてな。はっきりとしたことは言えん。

 まぁ少なくとも古竜や幻獣のような者達が、我々を害そうとして発する攻撃的な気配は無い。そこまであからさまな気配ならいくらクロの匂いが強くても気付ける)」


「(僕達の考えは杞憂だったのか)」


「(そう答えを急くな。もっと近づかなければ隠れている奴の匂いなど探れん。正面に立ってみなければわからん場合もあるし、最後の最後まで気付かせない程の実力者の可能性だってある)」


 首を傾げる自分とライカを他所に、周囲の面々は思い思いにカガミ達の里のことを話し合った。

 食べ物のこと、住んでいる人のこと、姫のこと、娯楽のことなどなど。

 中でも興味深いのは住んでいる人達。


「色々な場所から見つけた同胞を連れてきてるってことは、文化の違いで困らない?」


「ええ、確かにそれで問題は度々起こっています。ですが、それもこの場所に住んでいるとやがて薄れていくんです」


「どうしてですか?」


「危険な未開地で生活していくということは、どうしたって助け合わなければならないんです」


「……そうか、文化の違いで諍いなどしていては命を守れない」


「そういうことです。最初は受け入れられなくても、やがては里のやり方で落ち着いていく。危険であるが故に、人々は全てのしがらみを捨て、助け合う。

 まぁ、そうなるように姫様たちが方針を布いているというのもあるんですけどね」


 納得しかけたが、エシリースが疑問を口にする。


「どうしても合わなくて出て行っちゃう人とかいないんですか? どこにでも我儘な人っていません?」


 確かにそうだ。

 全員が全員、里の方針に従えるとは限らない。

 この世界はまだ僅かしか見て回っていないが、それでも自己中心的で我の強い者はいた。


「ええ。場合にも因りますが、そうした者は姫様の秘術で里での記憶を封じ、近隣の町まで連れていきます。ややもするとまた国に利用されてしまうこともあるでしょうが、さすがに里を危険に晒してまでは保護できませんから。我々からすると残念ではありますけど。

 保護する際に、そのことはしっかりと説明しています」


「道理だな」


 話が全て本当だとするなら、統治は納得のいくものだ。

 しかしそこまで徹底して守る彼女らの秘密、そちらの方への興味は大きくなる。

 一体どんな秘密なのだろうか。

 里に行けばそれもわかるかもしれない。


「ではそろそろ休みましょうか。見張りはまた交代で───」


「アン!!」


 話も程々に、カガミが体を休めようと切り出したその時、森の影の奥から鳴き声が聞こえる。

 全員がそちらを向くと、こちらの焚火の明かりに照らされて小さな動物がこちらを見て座っているのが見えた。

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