集落
「(ぶわっ!? おいクロ! ちゃんと屈んでくれないと私に枝葉が当たるじゃないか!)」
「(ああ、ゴメン。こっちも段々疲れてきててさ……)」
張り出した大きな枝を潜って越えようとしたところ、屈みが足りず頭の上のライカに当たりそうになって抗議される。
森に入って三日目。
そろそろ代わり映えの無い風景に当初の美しさも霞んでくる。
薄暗い森の中を延々と進む過程は、こちらの注意力を削ぐのに十分だった。
町からずっとアンナの腕に収まっていたライカだったが、疲れの見え始めたアンナに抱えている余裕がなくなり、仕方なく自分の背中に乗り換えたのが半日前。
いくらアーティファクトの体力強化に行動補助があると言えど、さすがにそれも限界がある。
泥濘と張り出す枝葉を避け、盛り上がった根を乗り越えるキツイ森の道程には、旅に慣れてきていたアンナをはじめ、エシリースやスティカも疲労の色が濃くなってきていた。
自分の方は肉体的な疲れは無いに等しいが、単調な移動風景に精神の方が徐々に擦り減ってきている。
いくら幻想的な美しい森であっても、二日も見続ければ新鮮味も薄れるというものだ。
加えて定期的にやってくる魔物の襲撃が気を抜くことを許さない。
「(広域警戒は私がしてやってるんだから、せめてそれくらい気を付けてくれよ)」
「(う、うん。悪かったよ)」
水に濡れるのが嫌いらしい狐姿のライカは水たまりだらけの地面を歩くのを拒否し、誰かしらの頭か背の上を占有していた。
まぁその分しっかりと気配を読み、魔物や周囲の状況を窺ってくれている。
ライカ以外の集中力が減退してきている中、役割分担というわけだ。
対して、黙々と進み続けるカガミ一行はまだそこまで疲労しているようには見えない。
進むペースも落ちないし、襲撃にも機敏に対応していることから体力面も精神面もまだ余裕があるということだろう。
さすがに森に入った当初より会話は減っていたが、久しぶりに前を歩くキリメが話を振った。
「……そう言えばドニー。ギルドで何か情報があったとか言ってなかった?」
「そうだったな。教会の情報だ。神殿騎士団がユルミール森海内に侵攻しているらしい。もっと北の地点から入っているようだがな」
「それって、まだ凝りていないって事?」
「連中がここに踏み入る理由など、それ以外あるまい。真新しい理由に関しては何も聞こえてこなかったから、恐らくそうだろう」
「それについても、姫様に知らせた方が良さそうですね」
「そのためにも、速度を緩めるわけにはいかんな。まぁ尤も、この程度の情報なら既に掴んでいるだろう」
「ん……それでも、大切……」
「そうね。ここ暫くちょっかいかけてきてなかったのに……ったく面倒ごとにならなきゃいいけど」
前を行く四人はそんなことを話していた。
どうやら身内事のようだが、教会のこととなるとこちらもキナ臭さを覚える。
ヴェルタ王城での一件。
国家間の政治にも介入し、意図的に戦争を起こそうとしていた人物の肩を持っていたのが教会だ。
教会がどんな意図で動いていたのかは結局わからず仕舞で、後味の悪さだけが残っていた。
加えてエーレズの地下書庫で見つけた文献の内容。
民衆には良い印象を持たれていたようだったが、人目に付かない部分ではどうも陰謀めいた動きを感じる。
ここでも何か暗躍しているのだろうか……。
「そっちも気になりますが、まずは目の前の厄介事を片付けましょう。間もなく一つ目の集落です。そろそろ彼らの警戒域に入りますよ」
詳しい話を聞いてみようかと思った矢先、カガミが言う。
……聞くのはまた今度にしよう。
「フゥ……集落って、どんなのなんですか?」
息を整えつつ、アンナが水を向ける。
それにキリメが答えた。
「小さな村よ。ユミルの森の中にはいくつもの氏族がいて、それぞれの考えで孤立して生活しているの。まあ嫌い合ってるわけではないから物資の交換とかでたまに交流はするけど、基本は自分たちの集落以外には関わらないってスタンスね」
「助け合った方がいいんじゃないですか? この森って危ないですし」
「そうね。どうしても手に負えないような魔物が出たり、集落同士で険悪になって戦争みたいになりそうなときは助け合うこともあるんだけど……」
「けど?」
「基本的にどの氏族も考え方が特殊なのよ。極端に排他的だったり、利己的だったり、或いは何考えてるのかわからないようなのもいたりね。だから一緒に生活しようとすると必ず諍いになっちゃうの」
「はぁ……何というか、難しいんですね」
「そうならないためには、各々が勝手にまとまりを作って好きに生活している方が安定するわけか……」
「そうそう。まぁ今回みたいに立ち寄って物々交換したりなら問題なくできる……はずなんだけど……」
そこで露骨に溜息を吐く。
「な、何かあるんですか?」
「次の集落ってのが所謂……何考えてるのかわからない集団なのよ……」
げんなりと言い淀んだキリメの言葉を引き継ぎ、カガミが続いて答えてくれた。
「コロコロと頭領が変わるんですけど、その頭領によって結構めんどくさい決まりを作ったりするんです」
「例えば?」
「外から来た人は入り口で問題に答えないと集落に入れない、とか。頭領を笑わせないと食料を交換しない、とかかしらね」
「それくらいならまだいい方だ」
「そうね。血の気の多い奴が頭領になってたりすると、殺し合いだって在り得るわ。まぁそこまで極端なことはあまりないけど、お祭り好きって言うか、変わったこと好きって言うか」
そりゃまた面倒な手合いだ……。
命の危険が間近にあるこんな場所でとは……本当に何を考えているのやら。
「何でそんなのが森で暮らしているの?」
「さあ? 聞いてみたこと無いわね」
「聞いても茶化されて終わりだろう」
「見えてきましたよ」
暗い森が開け、鈴灯花が一段と数多く咲く場所に出る。
そのすぐ先に木造りの小さな門と柵が見えてきた。
その前には門番と思しき二人の男が木製の椅子に腰かけて談笑していた。
「お? 誰かと思えば、〝混ざり姫〟んとこの〝戦鬼〟ドアニエルじゃねーか」
こちらを見つけた門番が声を張り上げる。
「顔見知り?」
「いいや」
「じゃあ有名人ってことか」
「……」
ドアニエルの実力と性格なら、さもありなん、といったところか。
立ち姿も目立つし、良くも悪くも印象には残りやすい。
門に近付くと、門番二人の様子が観察できた。
……真っ白な肌に赤茶色の髪、頭には大き目の動物の耳がある。
……獣人種だろうか。
耳以外には頬から猫のような長い髭が伸びているが、他に動物のような体の特徴は見受けられない。
見えないだけで服の中にはまだ何かあるのかもしれないが。
「確かお前さんは外回り担当だろうに、こんなとこに来るなんて珍しいな」
「お前達には関係ないだろう。それより、姫を侮辱するな」
「相変わらず愛想の無ぇ野郎だな。気に入らねぇなら、いっちょ相手してやっか?」
門番の青年がドアニエルを挑発するが、ドアニエルはそれを無視する。
もう一人の門番がそれを見咎め、仲間を諫めた。
「おいコラ、余計な喧嘩売るんじゃねぇよ。お前じゃ戦鬼の相手にゃなんねぇって」
「俺だって鍛えてる。戦えるってんだよ」
「経験が違うって。ドアニエルは世界中で暴れてんだぞ。お前みてぇに集落の中だけでイキってるだけじゃ無理だよ。それより、客が来たことを知らせてこいよ」
「ちぇっ。しゃーねーな」
喧嘩腰だった一人は渋々と門を潜り、中に消えていった。
残った一人が苦笑しながらこちらに向き直る。
「悪ぃな。怒んねぇでくれよ。にしても珍しいな。こんなとこに来るなんて、どうしたんだ? 見たことねぇ顔もいるしよ」
「……俺達の集落に帰る途中だ。いつもと違う場所から森に入ったんで、補給をしたいんだ」
「ほーん。まぁゆっくりしていけや。迎えが来るまで中で待っていていいぞ」
真っ白な肌をした青年が笑顔で中へと促してくれたが、カガミは怪訝そうな顔をするだけだった。
ドアニエルが一歩出て問いかける。
「好意は有難いが、まず聞きたい。今の頭領は誰だ?」
「ああ、今はジーノさんだ」
「……ということは……」
「まぁそう言うことだ。ハハハ、大丈夫だって。あの人は単純に楽しみたいだけだからよ。客人にそこまで無理はさせない。程々で勘弁してくれるさ」
「……こっちは旅の途中だぞ」
「そう言えばいい。手加減はしてくれるって。まぁせっかくなんだから楽しんで行けよ」
「だ、そうだが、カガミ、どうする?」
「……仕方ありません。どの道、補給と休息は必要ですし、無理難題を吹っ掛けられるよりはいいでしょう。……シグレ、薬の用意はできますか?」
「ん。出しとく」
「そうかそうか。後ろの客人も、羽を伸ばしてってくれよ」
そう言って自分たちの方にも笑顔を向けてくれる青年に、どう反応していいかわからず曖昧な笑顔を返してアンナやメリエと顔を見合わせる。
「えーっと、信用していいの?」
「大丈夫ですが、ダメなら本気で拒絶して下さい。適当に相手をすると押し切られますので……」
「え? あー……えっと」
「行けばわかるわ……一応こちらは助力を乞う立場だし、氏族間の関係もあるから、あまり邪険にするのもまずいのよね。まぁ、ドニーがいればどうにでもなるから」
「……今回についてはアテにするな。寧ろシグレの方が向いている」
「ん。任せて」
何やらよくわからないが、とりあえず入ることにした。
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