白い烏亭

「白い烏……ここだ」


「大きい宿ですねー」


「総合ギルド庁舎からの距離を見ても、ギルドに関わる人間の利用が多そうな立地だな」


「それでなくても商店街からも近いし、ヴェルタの門から続く通りにも面してるから旅人とかいっぱいだね」


 ヴェルタのほぼ中央に位置する総合ギルドの庁舎、そこから目と鼻の先にある宿街の一角に、目的の宿を見つけた。

 ヴェルタを貫く大通りからもほど近く、商業区もすぐそこ。

 それを見越して宿街や商店街を設けているというのもあるのだろうが、ヴェルタの外から来た人間にはかなり便利な立地と言えるだろう。


 そんな宿街の中にある外壁を白で統一した大きな宿が、カガミ達が泊っていると言った〝白い烏〟亭だった。

 メリエと香り水を買うついでがてら、露店の店主に知っているか聞いてみたところ、すぐに教えてもらえた。

 かなり有名な宿のようだ。


「……出入りしている客は……身なりも悪いわけでも無く、荒っぽい感じも受けないな。だが商人や貴族のような人間は見受けられないから、高級宿というわけでもなさそうだ」


「つまり、普通の宿?」


「そうだな。あの時の話では長期滞在のようだから安宿かとも思ったが、クロと渡り合う実力があるならそれなりの稼ぎもあるだろうし、まぁ当然と言えば当然か?」


 通りに面した建物の入り口を遠巻きに眺めながら意見を交わし合う。

 一応敵対的ではなくなったと考えても良さそうな応対を見せたが、完全に信用できるかというとまだその段階でもない。

 何も考えずのこのこと赴くのも憚られるし、一応状況を見ておくか、という判断である。


「話には少し聞きましたけど、会談は私たちは立ち会ってないんですよねぇ……どんな人たちなんですか?」


「うーん。何と言えばいいか、外国……の人?」


「さわり程度には話したが、ヴェルタに来る途中で一度彼女たちに襲われたんだ。二人がまだ体を休めている時に会った際の話では、どうやら訳ありらしくてな。襲ったことの謝罪と、彼女たちの頭領に会ってもらいたいと言われた」


 襲われたというメリエの一言で、スティカは目つきを変える。

 どうもスティカは自分たちに害を為すと考えられる対象には過剰に反応するようになってしまった。

 変なことはしないようにと釘を刺しておかねばなるまい。


「ハイハイ、今回は話し合い。割と本気の僕と渡り合う奴もいるし、先走っちゃだめだよ。何かあったらみんなが困るんだから」


「う……ハイ……」


「で、クロさんはそのリーダーとやらにお会いになるんですか?」


「その判断も含めての話し合いかな。今のところとりあえず会ってみようと思ってるけど」


 ライカとも話したが、背後に自分やライカと同じような存在がいる可能性もあるし、興味があるというのも事実。

 それにこちらの行方を正確に突き止めてきたというのも問題だ。

 今後も付け回されることになるのは避けたい。


「……こうしていても仕方ない。さすがにここまで人目のあるところで強硬手段に打って出ることも無い、と思いたいが……」


「そうだね。今はそこまで険悪って訳でもないし、とりあえず行ってみよう」


 大通りから宿の様子を探るのも程々に、宿の正面入り口に足を向ける。

 大きいというだけあって人の出入りも多く、旅人風の者や家族連れ、鎧を着こんだハンターや傭兵らしい者まで様々な利用客がいた。

 一応警戒しつつ扉を潜るが、中は至って普通であり、警戒感もすぐに和らぐ。


 ロビーには和気藹々わきあいあいと談笑を楽しむ一団、手続きのために列に並ぶ一団、泣いている子供を連れた親子、静かに飲み物を口に運ぶ老人など、当たり前の日常風景。

 少し前まで開戦の危機が迫っていたにしては、穏やかな時間が流れていた。

 これも情報統制されていたからなのか、はたまた事後処理を的確且つ迅速に行ったセリス達の手腕によるものか。


「混み合っているな」


「見た目通り繁盛しているんだね」


「まずは取り次いでもらいましょう。私とスティちゃんで行ってきますね」


 そうした仕事こそ使用人の役目だと言わんばかりに、エシリースとスティカはこちらの返答も待たずに受付まで歩いて行った。

 一瞬メリエと顔を見合わせ、二人の後を追った。


「こんにちは~。取次ぎをお願いしたいんですけど~」


 間延びしたエシリースの声に受付の男性が反応する。


「いらっしゃいませ。どなた様に御取次で?」


「カガミ、ドアニエルという人物を含む利用客です」


 エシリースとスティカの話を聞き終えると、男性は黙って宿帳に目を落とす。

 そのままページを数枚めくると顔を上げた。


「はい、ございます。失礼ですが、どちら様でしょうか?」


「えっと、その人たちから要件がある時はここを訪ねるようにと言われたクロという者なんですけど」


「承知致しました。お取次ぎ致しますので暫くお待ち下さい」


「お願いします」


 軽く会釈した男性の受付は、階段を上がって行く。

 その背中を見送ってから目配せをした。


「……間違いは無かったようだな」


「偽名とか使ってるかもって思ったけど、そんなこともなかったね。犯罪者とかではないってことだよね」


「そうだな。私もギルドで調べたが、指名手配もされていない。むしろギルドの情報ではあのドアニエルという男はハンター登録をしていたぞ」


 凶悪犯という可能性は薄れたが、それだけで油断し過ぎるのも問題か。

 ギルド登録にしても登録しているからといって真っ当な人間かというと、そうでもない。

 アンナと初めて出会った時に始末したハンター達のように、グレーゾーンで活動している者もいるのだ。

 暫くロビーの喧騒を聞きながら待つと、受付の男性が階段を下りてくる。


「お待たせしました。お部屋に通すようにとのことですので、ご案内致します」


「お願いしまーす」


 戻ってきた受付男性の後に続き、階段を上がる。

 最上階の三階にある五人部屋がカガミ達の利用している部屋らしい。


「こちらです。では私はこれで」


「ありがとうございましたー」


 笑顔で手を振ったエシリースの声に微笑を返すと、受付の男性は戻っていった。

 また全員で顔を見合わせてから問題の扉に向き直る。


「それじゃ、行きますか」


「ああ」


 白い木の扉をノックする。

 反応はすぐにあった。

 扉がカチリと開き、前に幻影で見たキリメというツンツンした性格の少女が顔を見せる。


「……いらっしゃい。まさかこんなに早く来るとは思わなかったわ……どうぞ」


 中に入るようにと扉を大きく開け放ち、こちらの反応を待たずに踵を返す。

 まず自分が中に入り、スティカとエシリースが静かに続く。

 最後にメリエが扉を閉めながら入った。

 部屋は至って普通の五人部屋で個室などは無く、一つの大きな部屋にベッドが五つあるだけ。

 最上階だからと言って高級な部屋ということもないらしい。


「こんにちは。わざわざ来て頂いてありがとうございます。鳴き石で呼んで頂ければこちらから出向いたんですが……」


「どうも」


 中央のテーブルについていたのはカガミ。

 こちらを見ると薄い笑顔を見せる。

 そしてなぜかスティカをじっと真剣な目で見詰めた。

 ベッドに腰かけてこちらを見ていたのはシグレと呼ばれた少女。

 視線を向けるとペコリと子供っぽいお辞儀をしてくれた。


「改めて、自己紹介するわ。私はキリメ、よろしくね。向こうの私と同じ顔なのが双子の妹のシグレ。カガミとドアニエルはもう知ってるわよね」


 壁に寄りかかったキリメが言うと、シグレもピョンと立って抑揚の無い声で「よろしく」と呟く。

 そして一番警戒すべき相手、ドアニエルはどこだろうと部屋を見回すと、それを察したキリメが顎をしゃくった。


「ドニーならそこよ」


 シグレの言う先は、部屋の一番奥にあるベッド。

 ドアニエルはそこで眠っていた。


「まったく、護衛はドニーの仕事、なのに何日も私が警戒しなきゃならないなんてね……私の専門は占いと掃除だってのに……もう」


「すみません。彼はちょっと……別件で負傷したため、今は休んでいるんです」


 カガミが頭を下げる。

 別にこちらに謝る事でもないと思うが……。

 まぁ客対応の時に寝ている者がいれば失礼に当たる……か?

 何となく見たところ重傷を負っているような様子は無いし、呼吸も普通だ。


 ただ気になったのは、ドアニエルの胸の部分と腹の部分に白いこぶし大の石が置いてあることだった。

 漬物石という程の大きさではないが、あれでは重くて寝苦しそうだ……しかしまぁ何か意味があるのだろう。

 カガミが石を使った術を使っていたのを思い出し、自分で勝手に納得しておく。


「こちらへどうぞ。シグレ、お茶をお願いできる?」


「ん」


 カガミが席を引き、こちらを促す。

 確かに突っ立っていてもしょうがないので、全員席に着いた。

 自分以外はまだ緊張気味のようだ。

 言葉も無く、表情も硬い。

 まぁ話すだけなら自分だけでも問題は無い。


「早速だけど、もう少しでこっちの用事が片付きそうなんだ。その後もいくつか行かなきゃならないところはあるけど、そっちの目的地の近くから行こうと思ってる。それを言おうと思って来たんだ」


「……つまり、我々の里に足を延ばして頂けると?」


「今のところはそのつもり。ただ僕だけじゃ地理がわからないから、そっちの里とやらの場所を聞いて判断するために彼女達を連れてきた」


 簡単に要件を伝えると、カガミは少し考え込んだ。

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