情報交換

「クロ、私たちも行っていいのか?」


 ここ最近蚊帳の外であることが多かったメリエやスティカ達が、切り出した自分に困惑した様子で聞いてくる。

 当然な疑問かもしれないが、今回は来てもらわないと困る。


「うん。地下書庫で行き先の候補は見つけたけど、どこから行くかは決めてなかったでしょ? ヴェルタを離れるんだし、それならあの連中の里とやらに近い候補から回れば一石二鳥になるじゃない? それを決めるのにも地理がわかるメリエ達に来てもらわないといけないからね。

 あとはそれ以外にも寄っておきたい場所があるんだ」


 現段階でそれらしい目的地の候補は五つ。

 人間に迫害された歴史を考えて、人間の国に影響を受けそうな場所を除外すれば三つにまで絞れる。

 【竜憶】の記録が人間に知られていない土地である可能性は捨て切れていないが、まずは可能性が高そうな場所から当たってみるのが上策だろう。

 全部外れだった場合には、今いる大陸の外や人間の活動範囲外の探索をまた考えるしかない。


 では候補となっている五つのうち、どこから回るか。

 単純に近い場所から順当に見て回るのでも良かったが、そうなるとあの連中は自分たちが戻るまでヴェルタで延々と待つことになる。


 別にそれでもいいのかもしれないが、下手をすると年単位で待たせることになる可能性も否定できない。

 後ろ髪を引かれながらの旅はしたくないし、なら彼女達の里とやらから近い場所を選び、ついでに回ってしまうのがいいだろう。

 仮にメリエ達を連れて行って襲ってきたとしても、そのための対策をしっかり打っておけばいい。


「成程な。彼女らの話を聞き、次の目的地を考えるのに私たちがいた方がいいというわけか」


「そう。どこが近いかとか、どの地域にあるかとか、メリエやスティカ達の方が詳しいでしょ? ならこの機会に話を統合して決めておこうかなって。あとは旅に必要な備品や消耗品の買い出しと、ちょっと今後に関わることを決めにね」


「ふむ。それなら同道すべきだな」


「クロさんが望むなら、私はどこにでも」


「お供しますよ~」


 理由を理解し、メリエ達は頷いた。


「というわけだから、アンナの方は学院で勉強しておいて。ライカも護衛よろしく。遅くとも明日には僕も学院に戻るから」


「はい、任せて下さい。ちゃんと勉強しておきます」


「ふむ、そっちはクロだけで大丈夫か?」


「まぁ何かあっても無事逃げられるくらいには対策しておくよ。こないだの話し合いで何となく連中のことがわかったし、すぐにこの都市を出るってわけでもない。また相談したいことがあったら持ち帰るから」


「ククク。確かに古竜種相手に力ずくなど愚の骨頂ではあるな。いざとなったらせいぜい暴れてやれ。

 問題なのは口八丁で煙に巻かれることくらいか。我々の幻術をはじめ、言霊や呪いなどの術がクロ達古竜種に効かない以上、その場で操られる心配もいるまい」


「……クロさんがそこまで警戒する必要のある者が、王都にいるということですか? 何でしたら、近衛の衛兵を身辺警護にお付けしましょうか?」


 ライカとセリスたちの知り得ない物騒な話を交わしていると、セリスが心配そうに提案してくる。

 古竜が暴れるかもしれないとあれば、さもありなんといったところか。


「大丈夫です。ちょっと今後の行き先を考えるために人に会うだけです。

 それよりももう一つ確認したいことがあるんですけど」


「あ、はい。何でしょうか?」


「アンナの家族の件はどうなりました?」


「……っ!」


 この言葉にアンナがピクリと反応する。

 今まで一度も口にはしていなかったが、アンナが気にかけていたことはライカのように思考を読めなくても日頃の様子からわかっていた。


 ふとした時間、ぼーっと考え込んだり、溜め息を吐いたり、空を見上げたり。

 みんなのいる前では気丈に振舞い、勉学にも訓練にも励んでいた。

 それでも気が抜ける瞬間には今か今かという想いが、やはり頭を過よぎるのだろう。

 自分がその立場なら普段の仕事も手に付かなくなっていたと思う。

 本当に、尊敬に値する程、強い娘だと思った。


「はい。実はそれもこの場にてお伝えできればと思っておりました。

 天候の問題で当初の旅程よりも遅れてはしまいましたが、体調面にも問題は無く、アンナさんの御家族三人とも王都に向かっております。三日後の昼前には到着の予定です」


 にこやかにセリスが話すと、アンナの肩から力が抜けたのがわかった。

 無事の知らせを聞いてから音沙汰なかったので気を揉んだが、どうやら大丈夫なようだ。

 あとは待つだけ。

 アンナの心も少しは軽くなるか。


「あ、ありがとうございますっ!」


「いいえ、連絡が遅れ、申し訳ありません。護衛に就けた近衛隊から定期的に魔法による連絡は受けていたのですが、何分王城も人手不足で……」


 それも仕方ない。

 こちらの事情まで知っている人間は王城内でも限られている上、今は公務に当たる人員も不足しているというし。

 時程自体は大体ながらも報せは受けていたから、文句を言うようなことでもない。


「わかりました。じゃあ三日後に王城に行きますね。ではこの後、ちょっと出かけてきます」


「はい。お気を付けて。その時にでも、教会を含む不穏分子の現状についても出来る限り情報をお渡しできるようにしておきます」


 そう言えばどうなったのか聞いていなかった。

 戦争推進派を一掃した直後の段階では情報統制が固くなり、調べるのも大変と言っていたが、何か進展があったということだろうか。

 それもその時になればわかるか。


「では私共もシラル将軍と予定を確認した後、公務に戻りたいと思います」


「時間を取って頂き、ありがとうございました」


「いいえ、私も最近ちっとも休めなかったので、いい気分転換になりました。こちらこそありがとうございます。また何かあれば仰ってください」


「あー、私たちも仕事かぁ……」


 スイがぐでっと机に突っ伏すと、レアが苦笑する。

 王女の前で何ともな態度に思ったが、シラルもシェリアもそれを咎めなかった。

 それだけ忙しく、休みが無いのだろう。

 ちょっと同情したが、助けられることでもない。


 セリスも仕方ないなといった風に苦笑しただけで小言を言うこともなかった。

 その苦笑もすぐに消え、セリスの目は鋭くなる。

 何を考えているのかは察しはついたが。

 恐らくこの後、自分に頼むアーティファクトの効力をシラル達と相談するのだろう。

 ある意味王城の公務よりも重大な決め事になるようだし。


 それぞれの動きが決まり、話し合いの場は解散となる。

 セリス、シラル、シェリアが足早に退室すると、それにイーリアスとフィズが続く。

 スイとレアはアンナと学院のことや仕事のことで雑談した後、鬱々とした空気を隠しもせず、嫌々ながら仕事のために出て行った。


「じゃあ僕達も行こうか」


「はい。お供します」


「ああ、そうだ。もし時間があればギルドにも寄りたいんだが……」


「わかった。先に行くところもあるから、ついでに行こう。

 じゃあアンナ、ライカ、学院の方はよろしくね」


「はい。……あの、クロさん」


「ん?」


「あ、ありがとうございました。その……」


「はいはい気にしない気にしない。仲間なんだからさ」


「……はいっ!」


 アンナが真面目でこうしたことを気にするのは知っているが、周囲を気にしすぎて自分の気持ちを後回しにするクセもそろそろ直してもらいたい。

 あまりに無礼すぎるのも問題だが、それくらいは気を許し合いたいものだ。


「こっちは任せろ。クロ、気は抜くなよ」


「わかってる。じゃあこっちも動こう」


 全員が頷くのを見届け、会議室を後にする。

 庭先で寛いでいたポロに事の顛末と今後の予定を伝え、差し入れの食事を渡してからヴェルウォード邸の門を出た。

 アンナとライカは学院から乗せてもらってきたヴェルウォード邸の走車に乗り込み、学院に向かう。


「よし、じゃあ僕たちはまず総合ギルドの庁舎の方に行こう。メリエ、ギルドでの用事は時間かかる?」


「そうだな……まずまた都市間を移動する旨を伝えておくことと、私の師匠が戻ってないかを調べておきたい。あとはポロと出来る依頼が無いか確認だな。また暫く依頼を受けられなくなるから、簡単なものでも一つ受けておかないとな。登録を維持するためにもクロもした方がいい。何なら私がちょうどいいものが無いか見ておこう。それくらいだから時間的にはそれほどかからないと思うぞ」


「そう言えばそうだった。雑務程度のでいいから何か見ておいてくれると助かる。荷物運びとかならすぐ終わるし。

 こっちはスティカ達を連れて一回リアズラー奴隷商館に行っておきたいんだ。ギルド庁舎から近かったし、メリエがギルドの用事を済ませてる間に行ってくるよ。終わったら庁舎の入り口当たりで待っててくれる? それが終わったら彼女達が滞在してるって言ってた宿……〝白い烏〟だっけ? そこに向かおう」


「わかった」


 突然出てきた奴隷商館という言葉にスティカとエシリースは顔色を変えたが、何も言うことは無かった。

 アンナ達が向かったのとは違う、王都の商店が集まる商業区方面へと足を向ける。

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