共生 ~大老狐尾裂一族末位・磊華~
別に変じていたからと言って私の力や美しさが損なわれるわけではないが、やはり元の姿というのは精神的にも安定するものだ。
殊、戦いになればそれは顕著な差となる。
「(さあ……来るがいい)」
私が姿を変じ、戦意を露わにしたことで、妖も目の色を変えた。
音も無く足を前に出すと同時に、ヒュンと宙を舞って私から届かない位置を旋回する。
飛ぶ術を持たない相手に対し、常に上空を飛んでいれば攻撃は届かず、動きも見やすい。
手の内のしれない相手に対し、様子を窺うには賢いと言えよう。
……普通の
(アンナを攻撃した者への報復……だとしても、状況判断が些か粗雑にすぎる。ただ意識が幼すぎるのか、それとも精霊特有の思考からくる行動なのか……)
まぁ両方なのだろうが、執着した対象が害されることで狂乱し、己の命ともいうべき力を解放し、自死を厭わぬ妖の特性を考えれば後者の影響は無視できない。
アンナが離れるまで動かなかったことや、即座に人間の首を落とさなかったことを考えても、自我を喪う程怒りに侵されているわけではないだろう。
なら、痛い目に遭わせてでも今のうちに覚えさせるべきだな。
煽ったために力の解放を招いては目も当てられない。
あの程度の妖でも、凝集した力を解放すればそれなりの範囲を更地にするだろう。
だが状況を見るにそこまでの事に及ぶほどではない。
ある程度は灸を据えても問題なかろう。
そんな思考を巡らせていると、奴は上空から私に狙いを定め、それを吐き出してきた。
(やはり見難いな)
奴が吐き出しているのは、糸。
気配からして物体ではない、妖の力で生み出された人間の魔法の様なもの。
つまり通常では視認できない。
〝視る〟こと〝嗅ぐ〟ことに関してなら自信があるが、さすがにこれを視認するのは至難だな。
空気の動きや気配を察する方が手っ取り早い。
飛ばされた糸は、私の手足に達する前に振った尾に絡めとられる。
人間の手首を切り落とすだけの細さと強度だが、五本の尾を扇状に広げるとプツリと切れる感触があり、そのまま霧散する。
尾に傷どころか、私の金毛も切れてはいない。
上位格の妖であれば脅威となるであろうが、所詮は自我を纏って間もない妖だ。
「(その程度では無駄だぞ。どうする?)」
私の指摘を無視し、二度三度と糸を飛ばすが結果は同じ。
ふわりと尾を前に出し、奴の糸をはたき落とす。
クロの使う竜語魔法のように何もない場所から発生させ、死角などを狙ってくればそれなりに厄介になりそうだが、それもない。
「(む)」
防がれてしまうことに焦れたのか、次はもっと直接的な攻撃に変えてきた。
ヒュンと縦に一回転して飛ぶと、空気が波打ち、波紋のように広がる。
その波が私に向かってくる。
空気を伝わる波のような気配を避け、横に跳ぶと、突風のような衝撃が大地を抉った。
ズバッという爆音と共に、土がめくれ上がり砂塵が舞う。
それすらも一瞬で吹き飛ばす豪風。
奴は立て続けに同じ攻撃を繰り出してくる。
私が避ける度に、大地に爪痕のような痕跡がつき、近くにいた人間が、天幕や道具が吹き飛ばされていく。
(威力はまあまあ。しかし、翼を用いた風衝か。どことなくクロの手に似ているな……)
躱しながら分析するが、私にとって脅威とはなり得ない。
仮に当たっても怪我を負うことも無いだろう。
発生場所がわかり、直線的な攻撃な上、威力も足りない。
さすがに妖も無駄を悟ったのか、また手を変えてきた。
空中で円を描くように数度旋回して飛ぶと、その軌跡に煌めきが残る。
繰り返すたびに煌めきがはっきりしてくることから、出した糸を束ねているのだろう。
強度が足りないとわかり、束ねることで私に対抗するつもりか。
「(ふむ。それくらいの頭はあるのだな)」
私が空中の相手に対して手が出せないと思っている妖は、戦闘中にあっては致命的なほど悠長に糸を束ねている。
それを待ってやる程、私は優しくないぞ。
ググッと体を地に臥せ、獣術で四肢の肉に力を集める。
狙いをつけると同時に、そのまま一気に飛び上がった。
「(!!??)」
奴の慌てた思考が飛んでくる。
想定と違うことが起きた時に、咄嗟に反応するには至らないようだ。
その辺の判断能力はアンナの戦闘経験と同じくらいか。
人間の建物にすれば五階ほど。
翼を持たぬ獣では届くはずの無い高さにいたが、私なら問題なく届く距離だった。
鼻先を奴に向けて急接近すると同時に、五本の尾を束ねて肥大化させる。
奴の反応速度は、鳥のそれよりも速い。
人間の矢でも魔法でも、それが発射されるのを見てからでも余裕で躱せるだろう。
だが私の尾は逃がさない。
先読みや速さだけではなく、幻術で対象の動きを誘導し、私が望む場所に敵を動かすことで確実に当てる。
射程に捉えると同時に、奴も束ねた糸を飛ばしてきたが、それを意に介さず糸を巻き込みながら尾を振り抜く。
奴は糸を放った瞬間に逃げようと上空を向いたが、その前に私の尾が奴を包んだ。
「ピャッ!!?」
私の尾にはたき落とされると思ってか、奴は翼でガードするように丸くなった。
しかし強打されることはなく、尾に触れた瞬間、私の金毛がざわめいて奴を絡めとる。
「(高所を取ったからと言って油断しないことだ。そして、斬る叩くだけが戦いではないぞ)」
「(!!??)」
尾に絡めとられた奴がもがくが、それしきで逃げられるほど甘くは無い。
そのままストンと静かに着地すると、尾に絡まる奴を前足で踏みつけた。
「(ブギュ……)」
「(さて、お前が手を出したことで恩人であるアンナが困ったのはわかっただろう? 手助けしたい気持ちも、傷つけられた怒りもわかるが、お前が相手を見極められずに手を出して、アンナが窮地に立たされたらどうする? お前が自爆すればアンナも巻き添えになる。それが恩人に対する礼か?)」
「(……)」
絡まった金毛ごと踏みつけられた奴は、もがくのを諦めて大人しくなった。
それを踏まえて諭すように言うと、何となく困ったような意識が伝わった。
「(……お前、いつもアンナと一緒にいる私が気に入らなかったろう。お前が地を這う獣と同様に私を見ていたこともわかっていたぞ。だからか、さっきも油断していたな。
まだ力量を測れないのは仕方が無いとしても、飛べない生物だとて、それを覆す力を持っていることもある。もし私が消すつもりで攻撃していたら、お前は消滅している。私が敵ならば、アンナごとな)」
「(……)」
言いたいことは伝わるだろう。
今の自分の状況を考えろ。
そして喧嘩を売るなら相手を見極めろ。
力量のわからない相手に喧嘩を売って、あまつさえ大切な者を危険に晒すなど愚の骨頂。
「(……フン。私が優しくて良かったな。私とて、突然アンナの頭の上を横取りしたお前に思うところもあったが、アンナの意向もあったし、これくらいで勘弁してやる。
が、次は無いぞ。お前のせいでアンナに危害が及ぶと判断したら、その前にお前を消す。これに懲りたら少しは考えて動くか、もっと意思疎通の努力をするんだな。
アンナはお前と仲良くなりたいようだったぞ。それができるようになれば、アンナだけではなく私やクロの見方も変わるだろう)」
「(……!)」
私の最後の言葉に、奴は顔を上げた。
奴は今までほとんど自分の意思を表に出してこなかった。
クロのアーティファクトのお陰で、完全とは言わないまでも私たちの言葉や意思は届いていたはずだが、奴から何かを伝えようと努力していたことはない。
その辺も含めて、奴が未熟過ぎたということだ。
社会性も何も無い状態では仕方ないかもしれないが、恩人と仲良くなりたいという想いは少なからずあるはず。
でなければ付いて行こうとは思わないだろう。
状況と相手を見定めると同時に、社会性を身につける切っ掛けとなればと思って助言したが、踏みつけられたまま黙っている奴の目を見るに、少しは響いたようだ。
僅かな間の後、踏みつけていた足をどけ、尾の拘束を解く。
そのまま放置してクロとアンナの方へ向かった。
「(おつかれ、ライカ。大丈夫そう?)」
「(ああ、これでちょっとは成長するといいんだがな。アンナの名前を出したら素直に聞いていた)」
切り落とされていた人間の腕を付け直したクロは、こちらを意外そうな目で見ながら労った。
まぁ大した労力も使っていないが、ガラにもないことをしたかもしれないという自覚はある。
しかしクロとは違い、アンナは私を見たままぼーっとしているようだった。
「(どうしたアンナ?)」
「(ふわー……ライカさん、綺麗ですねー)」
「(そうか。アンナは私の元の姿を見るのは初めてか。いいだろう? 触ってもいいぞ)」
感嘆の息を吐いたアンナに、ふんわりと空気を含んだ自慢の五尾を揺らしてやると、それに合わせて視線が動いている。
この都市に来てからは殆ど何かしらの形で姿を変えていた。
最近で真姿を露わにしたのはクロと戦った時くらいか。
と言っても長い時には数十年に渡って姿を変じていた時もあった。
それに比べたら些末な時間でしかないが。
大きさ的にはいつもの数倍だ。
さすがにクロ程ではないが、それでも尾まで入れればクロに匹敵するだけの大きさはある。
アンナを乗せてやることも今なら容易だ。
「(え!? いいんですか!! じゃあ早速! ……ほわー! ふわっふわです! クロさんの狼姿よりもふわふわかもしれませんね!)」
「(ふふん。そうだろうそうだろう。後で特別に背に乗せてやってもいいぞ)」
「(最高ですねー。もっふもっふ。あー、お布団がこんなにふわふわならなー)」
満足そうに私を撫でる恍惚としたアンナの表情。
クロとは大違いだな。
初めてクロに姿を見せてやった時は何も言わなかったっけな。
これが私の美しさに対する正しい反応だというのに、あの鈍チンときたら……。
だからアンナやメリエをやきもきさせるのだ。
「(クロときたら、この姿を見てもなーんにも言わなかった。見ろ。これが正しい反応だ)」
「(い、いや、綺麗な姿だとは思ったけど、あの時はそれどころじゃなかったでしょうに。まぁその話は後でにするとして、どうするかね、コレ)」
周囲を見回すと、奴の攻撃でボコボコになった大地に、傀儡となった人間どもが佇んでいる。
「(これさ、ライカの幻術解くとどうなるの?)」
「(気絶するな。今は眠って夢を見ているのに近い状態だ。まぁ長い時間ではないだろうが)」
「(となると、騒ぎになるよね)」
「(目覚めるまで意識を失うのはどうしようもないが、違う記憶を植え付けることならできるぞ)」
幻術を解除する前に、認識を操作しておけばいい。
数が多いから面倒には面倒だが、できなくはない。
「(地面も荒れたし、風で天幕とかも飛んだし、元通りはめんどくさいね)」
「(目覚めるまでの個人差もあるから、何も気付かせずに再開は難しいかもしれんぞ)」
「(どうしましょうか……?)」
「(んー。天気が悪くなったから中止になったって思わせられない? 僕が竜語魔法で水浸しにしておくから)」
「(クロさんなら天気も変えられるんでしたね)」
「(ならその方向で行くか? 一度建物内に全員入れて天気が悪くなったという認識を植え付ければいい)」
「(それで行きますか。王都の一部の天気も変えておけば都市の人間にも怪しまれないだろうし)」
そんなことを相談していると、奴がこちらに飛んできた。
何を言うでもなくアンナの前まで行くと、ストンと地面に降り立つ。
そのままじっとアンナを見つめると、シュンとした様子で目を伏せた。
「(……んー、ちょっとは反省したって意味なのかな)」
「(まぁ此奴なりに思うことがあるんだろう。今回こうやって学べたのは良かった。それだけでも良しとしてやるんだな)」
「(まあね)」
「(そうそう。アンナ、此奴に名前でもつけてやったらどうだ? そうすればもっと関りを積極的に取ろうとしてくるようにもなるだろう)」
アンナとの絆が深まれば、こいつももっと意思表示をしてくるようになる。
そうすればこちらの状況を読むだけではなく、お互いの都合を突き合わせていくこともできる。
共生を選ぶなら必ず学ばなければならないことだ。
「(……そうですね。せっかくだし皆さんの考えも聞きたいからすぐは無理かもしれませんけど、考えてみます。それでいい?)」
アンナに微笑みかけられた妖は、スッと視線を上げる。
その瞳からは、僅かに喜色の色があるように見えた。
「(では、後始末と行くか)」
私とクロは、それぞれ動き出す。
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