勧誘 ~アンナ~
アリカさんとラカスをクロさんと一緒に見送ると、クロさんの房に入って少し話をしました。
前と同じように鱗を拭くフリをしたり、クロさんに取り付けられている手綱や装備の調整をしたりしながらなので、周囲から怪しまれることもないはずです。
頭の上の精霊さんは相変わらず一声も発さず、ちょこんと乗ったまま。
可愛いんですけど、だんだん慣れてきて頭の上にいることを忘れそうになってきました。
アリカさんからも、「いつもそのままね。置物みたい」と言われていますし……。
ちなみに私が寝る時と頭を洗う時だけは下りてくれます。
房の外では準備を終えた生徒が飛竜と一緒に外に向かったり、使う装備を運んだりと慌ただしそうです。
午後の授業、つまり戦技会が始まるまではまだ少し猶予があるため、のんびりと食事をしている飛竜も見られました。
「(戦技会ねぇ……僕達には関係ないし、できるならやりたくないよね)」
「(だが、アンナにはいい経験にもなりそうだがな。今後は同じ人間同士で戦うことも少なからずあるだろう。何れ来るその時、物怖じしないように干戈を交え、敵意や殺意を向けられるのを実際に感じておくのは悪いことではあるまい)」
「(……ライカの言うことも一理ある……けど、目をつけられるリスクも少なからずあるよ?)」
「(今後のことを考えるなら、いつもいつも面倒事を避けていては何も学べんぞ。それこそこの比ではない規模の厄介事を抱える可能性だってある。というより寧ろ、クロの存在を考えるならどこにいても目をつけられるのはほぼ確実だ。断言してもいいぞ)」
「(うーん経験か……それは確かに……)」
クロさんは悩んでいるようですが、私にはライカさんの言うことの方が正しいように思えました。
「(あまり気は進みませんけど……クロさんの懸念していることに関しては学院長や王女様がどうにかしてくれるとは思いますけど)」
「(む? アンナは結構乗り気なの?)」
「(い、いえ、出来ることなら辞退したいと、さっきアリカナージさんにも言いましたが……)」
「(やっぱり?)」
「(はい。でも授業の一環でもあるようなので、やった方がいいかなと……それでなくても生徒の幾人かには敵対視されてるようですし、あまり勝手なことをすると余計に反感を買いそうにも思えます。アリカさんも同じようなことを言ってましたし)」
「(まぁ短い期間だけ我慢すればいいって考え方もあるけど、変な恨みは買いたくないのも事実か)」
「(……まったく、過保護な奴だな。仕方がない。そんなに気になるならまた私が幻術でサポートしてやってもいい。ちょっとは信じてやったらどうだ?)」
口にはしませんでしたが、ライカさんはこちらを見て気付いたようでした。
クロさんが、できるだけ私やメリエさんが危険にさらされることが無いように苦心しているのはわかっています。
でも、今後もその想いに甘え続けるわけにはいきません。
それは私もメリエさんも望んでいないし、いざその時には、力は無理でもせめて仲間として信頼を置かれ、クロさんと肩を並べられる存在でありたい。
……それに、いつまでもクロさんに甘え、守られるだけの私では、いつか私の想いは手の届かないものとなってしまう……そんな気がしてなりません。
そ、それでなくても最近はクロさんの周りに女性の影が増えてますし、私だって少しでも自分を磨かないと出遅れてしまうというかなんというか……。
というかクロさんももうちょっと私のことを見てくれてもいいと思うんですけど、どうしてかクロさんはわかっていて意図的に避けているような気も最近してきましたし、もっと積極的にアピールしていくべきなのか割と真剣に悩み始めているところですし。
メリエさんはライバル確定ですし、スイさんやレアさんだって美人だし、王女様は言うに及ばず……そ、それに何よりスティカさんやエシリースさんもクロさんに心酔して……この様子だとスティカさんはもっとグイグイ迫っていきそうですし……。
ああ……村に住んでいた時にとなりにいた4つ上のカチナは私より2つ下の時にはもうお付き合いしていたし、婚約まで……私にも彼女くらいの積極性があればもしかしたらもっと……。
「やあ」
「え?」
モヤモヤしながらゴシゴシとクロさんの鱗を磨いていた私に投げかけられた呼びかけ。
それに反射的に振り向くと、数人がクロさんの房の外に立っていました。
手を腰に当て、しゃがんでいた私を睥睨して笑みを浮かべる様は貴族らしいというか、ちょっと近寄りがたい感じです。
その後ろには三人の生徒が控えています。
「精が出るな」
「え? あ、はい……」
そこでやっと思い出しました。
この人、初めて飛行訓練に参加した時に話しかけてきた貴族の方です。
えっと……名前は確か、ブロード・ドナエさんでしたか。
アリカさんの話では、スイさん達ほどではないけど結構偉い貴族様の子弟とか。
「その様子では、まだ組んではいないようだな。どうだ? 前に話した通り、この戦技会、我々と組まないか?」
「(ああ、クロと森まで飛んだ時に近寄ってきた奴だ。確かクロが叩き潰して不能にしてやった飛竜の主だな)」
「(そうだけど、下品に言わないでよ……)」
ライカさんも思い出したのか、笑いながらジロジロと視線を送りました。
不能ってなんでしょうか……?
「ドナエ卿が誘って下さるとは名誉だぞ。お前のような平民上がりには身に余る光栄だ」
「うむ。本来ならば、素性の知れない人間が御近づきになることなどできない。二度は無い機会をふいにする愚を犯すなど、在り得ぬことだ。平民でもそれくらいはわかろう?」
後ろに控えた生徒が言いました。
貴族様のこうした態度を村や町でたまに見てきた私は大して気にしませんでしたが、クロさんは違ったようで、やや目つきを鋭くして睨んでいるのがわかります。
それに気付いていないのか、生徒たちはさっきよりも嫌な笑いを浮かべます。
でもブロードさんは笑うことなくスッと手を上げ、それを大仰に制すると、制止を受けて控えていた生徒たちはバツが悪そうに目を逸らしました。
「よせ。彼女は元々ギルドの人間というではないか。なら我々とは畑が違う。知らぬのは無理からぬことだ。そうした無礼な物言いはするな。
済まないな、気を悪くしないで欲しい。だが、彼らの言うことも一理ある。戦技会は個人戦と言ってはいるが、実質はチーム戦のようなもの。御覧になる軍部の方々、そして王族の目に留まるには協力すべきだ。
で、どうかな? 返事は」
そう言ってフッと優し気に笑いかけます。
美形な顔立ちですけど、私はクロさんに決めてますから何も感じることはありません。
「(誰が勝つかを予め決めて、派閥の長が覚え目出度くなろうって魂胆かな)」
クロさんが言うには、八百長試合をするから協力しようということみたいです。
「(おーおー。やはり知らぬとは恐ろしいな。それに、何だこの見るに堪えぬ芝居は。口裏を合わせているのが嗅がなくとも見え見えだ)」
……私とクロさんを引き入れるために演技をしたということでしょうか。
何でそこまでするのかわかりませんが、断ることはもう決まっています。
何て言えば一番穏便になるかと悩んでいると、勘違いしたブロードさんが押してきました。
「迷っているのか? 迷うことなどあるまい? 君の竜はそこそこの力があるようだが、何の伝手も無いのでは仮に竜騎士になれたとしてもせいぜい輜重役がいいところだ。私と組めば君の臆病でやる気のない飛竜でも、一番槍の栄誉に預かれることもあろう」
「(臆病!? クロが?! アッハハハハ! 冗談だろう!? そこまでわからんのか!?)」
「(……いやまぁ確かにここでは積極性は見せてないし、大人しくしてるけどさ)」
「(わかってる気にするな。臆病者が私に歯向かうなどできるものかよ。こいつの勘の悪さに可笑しくなっただけだ。いやもうホント、偉そうにしている奴ほど滑稽で笑えてくるな)」
彼の言葉を聞いたライカさんが笑いました。
でも私は……。
「いいえ。お断りします」
笑うことなどできず、思わず突っぱねました。
「何? 貴様!」
強い口調できっぱりと言ったため、後ろに控えた生徒が剣呑な空気を発します。
正直私は、ライカさんのように笑えませんでした。
クロさんをバカにされて、すごく苛立ったんです。
自分でもめ事は減らした方がいいとクロさん達に言ったのに、思わず言ってしまいました。
ブロードさんは先程と同じように控えた生徒の言動を手で制しました。
でもブロードさんの目つきも、優し気なものから鋭いものへと変わったような気がします。
「よせ……そうか。わかった。だが後悔するなよ? 俺を選ばなかったことは、何れ大きな失敗だとわかるだろう。……いくぞ」
そう言って去っていきました。
「(……あの様子だと、戦いになったら何かしてくるな。ああして拒絶されたことなどないのだろうよ。自分に従って当たり前という匂いがプンプンしていた。まぁ、クロのお墨付きがあるアンナに何かできようはずもあるまいが)」
「(ごめんなさい。クロさんを酷く言われて思わず……)」
「(……アンナ、ありがとう。まぁ言っちゃったモノはしょうがないし、ライカもサポートしてくれるって言うから経験だと思ってやってみよう)」
私自身、戦う理由ができた気がします。
仲間やクロさんをバカにされるのは許せない。
そのためには、私だってバカにされないようにしなければいけません。
私が原因で仲間がバカにされたら、私は私を許せなくなると思います。
気持ちを入れ直し、準備を終えてクロさんライカさんと房を後にしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます