廊下 ~アンナ~
「はあ……」
「(……悩み事か?)」
「(あ、いえ、その……)」
「(……まぁいくつか察しはつくがな。一番の種はライバルが───)」
「どうしたの?」
「ひゃあ!?」
「(ぐえっ!?)」
「(あっ! ご、ごめんなさい)」
魔法の触媒を買った翌日、午前の講義を聴き終わり、教室を出たところ。
クロさんの待っている学院の竜舎に向かう廊下を考え事をしながら歩いていたら、肩を叩かれて驚きました。
ビクッと強張った瞬間、ライカさんを抱えていた腕に力が入り、ライカさんが苦しそうに呻いたので小さく謝っておきました。
「な、なに? そんなに驚くことしたかしら?」
肩を叩いたのはこの学院のことを色々と教えてくれて、何かと気にかけてくれる女生徒、アリカナージさん。
貴族でかなりの家格があるにも関わらず、それを笠に着ないで平民の私と接してくれる優しい女性です。
……容姿も私よりだいぶ大人っぽくて……その……大きいです。
「あ、アリカさん……ご、ごめんなさい……ちょっと考え事しちゃってて」
「大きなため息だったわね。悩み事? 私でよければ聞きましょうか?」
私の胸が一瞬ドキッと跳ねます。
アリカさんは私よりも社交的で、色々な人生経験もあるようです。
私の悩みの解決策も、或いは示してくれるのかもしれない。
そんな期待が胸を過りました。
でも……。
「あ、その……だ、大丈夫です」
正直に言えば、聞いてほしかった。
でも、やっぱりやめておきました。
「……そう。でも、あまり溜め込まない方がいいわよ。じゃあ行きましょう。今日の午後から戦技会が始まるわ。会場は訓練場にあるの。……あ、もしかしてそれで不安になってたの?」
「そ、そうですね。それも理由の一つではありますけど……。
あの、戦技会ってどういうものなんですか?」
「そっか、アンナは知らないのね。単純に言うなら個人の戦闘能力を披露する場よ」
「……どうしてそんなことを?」
「ここに在籍している生徒の殆どが、卒業すると同時にどこかしらの騎士団に入るからね。
表向きの戦技会は生徒の能力向上を目指すものだけど、実際は騎士団や王宮関係者、士官をはじめとする戦いに携わる者達が生徒の適正を見定め、己の部下として相応しい者を探す場よ。
あとは学部や学科を越えて生徒同士が交流し、研鑽を積むって意味合いもあるかな」
この辺はさすが王国の学校といったところでしょうか。
王国に貢献する人材を育成する場であるここに、場違いな私がいるという違和感が申し訳ない気持ちを揺り起こします。
「だから個人戦技、騎竜戦技のどちらも騎士団のお偉方や王宮関係者、領地持ちの大貴族なんかが視察に来るわ。それだけじゃなく、実際に騎士団の団員と実戦訓練を行う模擬戦もあるの。生徒は磨いた実力を試すことができるまたとない機会ってことね」
「本格的ですね」
「そうね。雰囲気は宛ら小さな御前試合よ。熱くなりすぎて怪我人も毎年出ているけど、そこはほら、学院や騎士団付きの治癒魔法の使い手がいるから。
私みたいに地位とかに興味が無かったり、他国から来ていたり、後はもう将来どんな仕事に就くか決めている生徒なんかは結構適当にやるんだけどね」
そう言いながら肩をすくめるアリカさん。
アリカさんも名の知れた貴族の子女のはずですが、あまり乗り気といった様子はありません。
「アリカさんはその、戦技会に興味ないんですか?」
「ええ、全然無いわ」
即答でした。
眉一つ動かさず、無表情のままさらり。
スイさんやレアさんのことを思い浮かべましたが、そうした名の知れた貴族ということは重要な役職や地位に就いたり、両親の後を引き継いで領地の運営をしたりするものじゃないのでしょうか。
或いはもうそう言った道が決まっているからということでしょうか。
切って捨てたまま何かを言うでもなく隣を歩くアリカさんの目を見るに、私のような村人ではわからないような貴族だけの難しい問題があるようです。
「そういうアンナもあまり興味無さそう。というか、どこか他人事ね」
「……私は……私たちには私たちの目的がありますから。その過程で一時的にここに通うことになっただけなので、アリカさんの言ったようなことに関わる気はないんです。
これって辞退はできないんですか?」
「……成程ね。私と同じように戦技会に興味は無し、か。アンナもハンターのお仲間さんに手ほどきを受けてるって言っていたし、宮仕えじゃなくてそっちの方に進むってことかな。
残念だけど、一応講義の一環っていう扱いなのよ。怪我で動けないとか、特段の理由が無いと休めないわね。休んだとしても後で教官との模擬戦をさせられることになるし」
「そうなんですか……」
「それに、気を付けた方がいいわ。貴女にその気が無くても、周りはそうはいかない。少なくとも、貴女の力を気にしている者はいくらかいるわよ」
「私の……力?」
「ええ、貴女のその様子じゃあまり自覚してないのかもしれないけど」
「そんな……私に力なんて、クロさ……クロが一緒にいてくれたり、一緒にいる仲間が強いだけですよ」
そう言いながら、腕の中で話を静かに聞いているライカさんに視線を落とします。
ライカさんもこちらを見上げ、金色の瞳に困った顔をした私の顔が映り込みました。
いつもと違う難しそうな雰囲気を纏ったライカさんは特に何も言わず、ただじっとこちらを見つめています。
「……そう思うのは勝手だけど、力は何も個人の武力や財力だけを指すものじゃない。絆、出会い、信頼、仲間、運……そして経験。そういうものも全て含めて、その人の力なのよ」
……クロさんも昔似たようなことを言っていた気がします。
私が勝手にそう解釈しただけなのかもしれませんけど。
「それに私から見れば、貴方も十分実力者よ。ここの生徒に無くて、貴女にあるもの……命を矢面に晒した経験。それは剣や魔法を扱うことよりも大きな武器だわ。尤も、それだけじゃなさそうだけどね」
「……」
アリカさんの言うように、今までクロさん達に守られてばかりでしたが、危ないことにも触れました。
村で暮らしていた時の私では、考えられないような世界。
でも、それが私の力になっているという実感は、正直ありませんでした。
私が感じているのは、所詮は借り物の力、ということです。
「……何にせよ、良くも悪くも貴女のことを知りたい、と考えている人間は多いわ。あまり気を抜きすぎていると大怪我に繋がるし、そこは気を付けた方がいいわよ。仲間のためにもね」
「そうですね、わかりました。ありがとうございます」
確かに、みなさんに心配をかけるわけにもいきません。
気は進みませんがやるしかないのであれば、怪我をしないようにしっかりやることにします。
「お礼を言われる程のことでもないと思うけどね」
そう苦笑するアリカさんと竜舎に入ります。
他にも幾人かの生徒が自分の飛竜の房にいるのが見えました。
私もクロさんの房へと向かうと、クロさんもこちらに気付いて視線を向けてくれます。
「(アンナ、授業終わった?)」
「(はい。後は午後の戦技会だけです)」
いつもの調子でクロさんが声を飛ばしてきました。
凛々しい竜の顔ですけど、人間の時のような優しい眼差しが印象的です。
クロさんの房には、アリカさんの騎竜であるラカスが一緒にいました。
仲良くなったらしく、私が授業でいない時などはおしゃべりをしているとか。
「……知らないうちに随分と仲良くなったのね。房にまで入り込んでいるなんて。ホラ、ラカス、私たちも準備するわよ」
「(はーい。じゃあ俺っちも行ってくるッスね)」
「(うん。また後でね)」
アリカさんが相棒の飛竜を促すと、聞き分けよく飛竜が従います。
メリエさんとポロのように、信頼関係が十分築けているようです。
「アンナ、準備できたら訓練場へ行ってね。最初は個人戦技だから、騎竜は後でも大丈夫よ」
「はい、ありがとうございます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます