管理人 ~ドアニエル・サジン~

 宿のロビーに入ると、階段には向かわず、徐にカウンター前に設置されているソファに腰を下ろす。

 そのまま暫く入り口の様子を窺うが、これといった異常は見受けられなかった。

 尾行を警戒していたが、杞憂だったか。


 宿の入り口を一瞥し、気配に神経を研ぎ澄ませるが、俺に意識を向けているような異質な感覚は無い。

 そのまま静かに階段を上がり、契約してある部屋の扉に手をかける。


「ん? あら? ドニー、もう調査は終わり?」


 部屋に入るとベッドに寝そべっていた女が首を回した。

 何かにつけて煩いが、その手腕は確たるもの。

 チーム付きの占術師の片割れであり、暗殺屋……キリメ・ライスラー。


「いや、終わってはいないが、ダメだな。異常なまでに硬くなっている。この状況で引き出すのは容易ではない。

 それよりちょっとは警戒していたらどうだ」


「うっさいわね! カガミ達の呪石も預かってるんだからちゃんと気を張ってるわよ!

 にしても……ヴェルタ王国の内乱と関係あるのかしらね。開戦一歩手前まで行ってたってことはギルドや教会も確実に関わっているだろうし。

 いえ、もしかしたら私たちが集結していた神殿騎士を半壊させちゃったから警戒されてるのかもね?」


 ベッドの上で頬杖をつくキリメの表情に、普段には無い真剣さが宿る。

 俺たちの命を狙う者共のことだ。

 無関心ではいられない。


「どっちにしろ、今は警戒も上がっている。ここはこの国の中枢だ。ギルドも教会も、それ相応の人材が集っているだろう。下手に近付くと感づかれる。これ以上はほとぼりが冷めてからにする」


 ギルド連合、教会の双方が隠し持っているであろう琇星しゅうせいの探索もやらねばならないことだが、戦力比で言えばこちらが圧倒的不利。

 戦闘になるなら仕方ないが、事を構えるなら構えるで、こちらの有利になるよう十分な条件を整える必要がある。

 闇雲に剣を抜くわけにもいかない。


「それが賢明かもね。カガミの写像石だって誤魔化すのには限界があるし。それより、尾行されたりはしてないでしょうね?」


「大丈夫だ。念には念を入れてある。……カガミはどうした?」


「カガミならシグレと買い出し。ついでにそれとなく彼らの動きも見てくるって。なんか彼らのお仲間が一時的に学院の生徒になったらしいわよ? 戦技会とかもあるらしいから遊びに行ってみるのもいいかもね?

 あ、そうそう、忘れてたわ。そのカガミから伝言よ。ドニーがギルドに行ってる間に私とシグレで占いをしたんだけど、面白い占い結果が二つ出たの」


「何?」


「ヴェルタの地下に古代遺跡が眠ってるってのは知ってるわよね?」


「事前調査で情報が上がっていたヤツか?」


「そうそれ。占いによると、どうもそこに琇星しゅうせいがありそうなの」


「何だと? 古代の琇星か?」


「まぁ国やギルドの調査団が持ち込んだものじゃなければ、数百年前の琇星ってことになりそうね。血の薄まった私たちの同胞から生み出された琇星とは比べ物にならない濃度の力があるかもしれない。それにもしも遺跡が造られるより以前から存在していたものなら、原石の可能性もあるわ」


 原石……一時的にではあるが、血族の始祖以上の力を引き出すことができる琇星。

 里にも二つだけあるが、どちらも里の防衛に使っているために探索班には支給されない。


「……もし得られれば……」


「ええ、姫様達と同じか、それすら凌ぐ戦力になるかもしれない。教会と全面戦争になった場合には切り札にもなり得るわね」


「探す価値はあるな」


「情報収集が行き詰ってるなら、そっちに切り替えるのもいいんじゃない?」


「だがヴェルタ王城の地下だろう……簡単に言うが、今の情勢で隠密裏に王宮に入り込むことはできんぞ。ギルド連合、教会に続き、国家群とも剣を交えることになり兼ねん。それとも何か? 俺が暴れている間にキリメが潜入するパターンか?」


「冗談。今ここに居られなくなるのは不味いでしょう。琇星も大事だけど、始祖の可能性もあるクロ君……だっけ? との会合もあるんだから、王都から追い出されるわけにはいかないわ。

 そこで二つ目の占い結果よ。なんと都市内に〝管理人〟がいるみたいなの」


「……何だと?」


「みんな驚いたわ。私も含めてね。でも私とシグレで占った結果だし、外れるようじゃ占術師なんて名乗れないじゃない?」


「……古代遺跡の管理人……まさか数千年を生きているというのか?」


「さあ? 何もずっと生きていられないといけないわけじゃないしね。それに生きているモノじゃないかもしれない」


「亡霊……或いは魔法生物の類か。ヴェルタ王都の地下に眠るのは歴史に名を連ねる賢人の巨大な魔術研究集約施設だったな。地下遺跡の種類からしても、さもありなん……といったところか」


「かもしれない。会ってみないとさすがにわからないけど。

 で、それに関してカガミからの伝言よ。〝我らの目的の一つである琇星の確保、それを成すために管理人と接触してきてほしい〟って」


「……俺が接触役でいいのか? 正直、交渉事は向いていないと思うが」


「たぶん大丈夫よ。私がドニーに付いて行くし、求めるのは交渉じゃない。あくまで接触」


「どういう意味だ?」


「〝管理人〟の素性調査と、戦闘能力を調べることが今回の目的よ。それを踏まえて交渉が必要ならカガミが出向くそうだわ」


「……カガミ達が近づいても問題が無いか、それを確かめるということか」


「そういうこと。ドニーならいきなり襲われても何とかできるでしょう?」


「……善処しよう」



 ◆◆◆



 一通りの武装をしてから、宿を出る。

 向かうのは店の集まる王都中央通り。

 総合ギルドの庁舎もここにあるため、神刀緋静眞アケシズマを背負っている俺も、ギルドのハンターや傭兵に紛れて目立つことも無い。

 当然顔はカガミの写像石で変えてある。


(ドニー、もうすぐ管理人がそこを通るわ。私は離れて観察しているから)


 キリメの声がすぐ後ろから聞こえるが、周囲に姿はない。

 俺は大通りの横道で壁に寄りかかって周囲を窺う。

 俺の目にそれらしい存在は映らず、大通りの賑わいと喧騒、そして行き交う人々の群れという当たり前な風景が流れていくだけだ。


(きたわ。もうすぐドニーの目の前を通る。いい? 接触が目的であって戦闘が目的じゃないのよ? いくらドニーが脳筋短気だったとしても、クロ君の時みたいに喧嘩吹っ掛けちゃダメだからね?)


(チッ……黙ってろ)


 キリメの余計な一言に眉間に皺が寄ったが、一呼吸おいて冷静を装う。

 大通りから俺のいる横道に一人の青年が向かってきた。


(……管理人、ね。間違いなさそう)


(奴が……?)


 見た目は……俺よりも若い。

 歳は20前後といったところか。

 どこにでもいる町の青年……といいたいが……。


しい……か?)


(……そうみたいね)


 まだあどけなさの残る顔立ちをした男は、両の目を閉じ、歩みを導く杖をついていた。

 カツカツと石畳を叩きながら歩を進める様は危なっかしさもあり、周囲の人間はそれに気付くと一歩間を空けて避けていく。


(どう? ドニー)


(……気配は、人間のそれだな。魔物の類ではないのは確かだ)


(こんなのが管理人なのかしらね)


(お前らが占ったんだろう)


(そうだけど……)


 青年は壁に寄りかかる俺の前に差し掛かったところで、いきなり動きを止めた。

 そのままゆっくりと閉じた目を俺に向けると、まるで見えているかのように俺に話しかけた。


「僕に御用ですか?」


 一瞬警戒を上げるが、奴からの気配に変化はない。


「……何故、そう思う?」


「あはは。わかりますよ。〝荒ぶる者〟の気配……恨みと血の匂い。僕の前にそんな方が現れる理由なんて限られています。鬼人の方」


 ……見透かされている。

 情報を与えるような素振りはしていないはずだが、こいつは全てを知っているかのようだ。

 戦闘能力は未知数だが、底知れない存在ということだけはわかった。


「フ……さすがは管理人、といったところか」


「あはは。成程。それを知っているということは、狙いはエーレズの地下書庫にまつわる何か、ということですね」


「話が早い。が、俺の仕事は交渉ではなくてな。管理人と呼ばれる存在が危険ではないか調べることだったんだが、予定が狂ったな」


「あはは。そうですか。何かすいません。

 あなた方は普通に話ができるようですし、何なら要件も聞きましょうか? 要望に沿えるかは保証し兼ねますけど」


 あなた方……つまりキリメのことも気付いているということか。

 どうするかと逡巡したが、カガミを待っても同じだろう。

 こいつに腹芸は無意味だ。

 話術だとか表情だとか、そうしたものは意味が無いと俺の勘が言っている。

 カガミが応対しても、俺が応対しても、大して違いは無いだろう。


「なら、時間を取ってもらっていいか? 管理人殿」


「あはは。僕、アナベルっていいます。お仲間さんも来ますか?」


「……いや、俺だけでいい」


(! ちょっとドニー!? 何考えてんのよ!)


 キリメの声が大きくなったが、罠に飛び込むのは俺だけでいいだろう。

 どんなに面倒なヤツらでも、班を守る事が俺の仕事だ。


(カガミに伝えろ)


(……!! もうっ! また勝手して! 尻ぬぐいする方の身にもなりなさいよ!)


(それもお前の仕事だろうが。……行け)


(知らないからね!)


 キリメの気配が消える。

 管理人に意識を向けていたが、俺以外をどうかする気は今のところ無いらしい。


「いいんですか?」


「ああ」


「そうですか。じゃあ場所を変えますか」


 そう言ってアナベルと名乗った管理人が横を向いた瞬間。

 寄りかかっていた壁が無くなる。


「!!?」


 一瞬で俺は見たことも無い、暗い部屋に移動していた。

 薄暗い石造りの部屋。

 窓も扉も無い。

 あるのは部屋の中央にテーブルと椅子だけ。


「ここは……」


 やや湿った部屋の空気を吸い込み、背中の剣の柄に手をかける。


「あはは。ここに人を招くなんていつ振りですかね。ようこそエーレズの地下書庫、第25層へ。僕の執務室みたいなものです」


 杖を壁に立てかけたアナベルは、カツカツと石の床の上を歩き、中央のテーブルに乗った燭台に火を灯す。

 ぼんやりとした明かりに部屋が照らされるが、在るのはただ冷たい石のみ。

 この何もない部屋が噂の古代遺跡、なのか。


「どうぞ。掛けて下さい。何のもてなしもできませんけどね」


「……」


 アナベルはそう言って椅子に腰かける。

 黙って様子を窺っていたが、立っていても何も始まらないと判断し、素直に向かいの椅子に座った。


「では早速ですが、要件を聞きましょうか」


 アナベルはテーブルに手をつくと、そっけなく切り出す。

 一瞬どうするかと思ったが、この状況に至って出し惜しみは意味が無いだろう。

 管理人の気分次第ではここから出られないことも考えられる。

 余計な考えは捨てるべきと思い至る。


「……俺達は管理人殿が守っている遺跡に眠る、ある秘宝を探している」


「秘宝?」


「ああ、管理人殿が何と呼んでいるかは知らないが、俺達は〝琇星〟と呼んでいる。掌に収まるくらいの大きさの、宝石型のアーティファクトだ」


 俺は包み隠さずこちらの要件を言い、アナベルの反応を待つ。

 神妙な顔をした青年は僅かに考え込んだのち、顎に手を当てる。


「宝石型……もしや、あなたはそれを使ったことがあります?」


「わかるのか?」


「ええ、血の匂いに混じって気配がしますから。その気配と同じものだとすれば、確かにありますよ。僕はそれを〝星のかけら〟と呼んでいます」


「それを、譲ってもらうことはできまいか?」


 俺からの要望に、アナベルは黙り込む。

 飄々とした雰囲気が無くなり、重圧にも似た空気が場を満たした。

 それだけで、俺は理解した。


「……あなたは使ったことがあると言った。なら理解しているでしょう? あの石に宿る、宿主をも飲み込もうとする精神アストラルを」


「わかっている。それでも、俺達には必要なんだ」


 その言葉に、アナベルは薄っすらと目を開く。

 黄金の輝きの瞳が、静かに俺を見つめた。


「……僕は〝管理する者〟であって〝守護する者〟ではない。僕の役目はエーレズの地下書庫に収められた品々が、規範から外れた者の手に渡らないように管理すること。なのであなたが資格ある者ならば、渡しても良いと思っています」


「本当か……!」


「ええ、ですが、それには調べる必要がある。あなたが規範から外れた者で有るか否か。あなたが〝星のかけら〟の汚染に耐え得る者であるか、試させてもらいましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る