王女の提案

 何も言われないし自分も入れそうなので、アンナに続いてゆっくりと進む。

 扉を潜ると何というか、言葉では言い表しにくい不思議な雰囲気を感じた。


「お、大きい……」


 建物の中は吹き抜けで、中央部は天井が無い。

 広さは自分が母上と暮らしていた山の頂にあった巣穴くらいはありそうだ。

 その中心部に大きな影が丸まっていた。


「紹介しよう。俺の相棒だ。名はダナ、いい奴だから怖がらないでやってくれ」


 建物の中央で丸まっていたのは大きな飛竜。

 曇り空のような薄い灰の鱗が上部から入る光で煌めく。


「(成体だな。大きさからして私と同じくらいは生きているんじゃないか?)」


「(ライカと同じ……200年くらいか。大きさは母上と同じくらいだなー)」


 こんなに近くで飛竜をじっくり見るのは初めてかもしれない。

 声に反応したのか、ダナと呼ばれた飛竜は首だけ上げて目を細めながらこちらを見ていた。


「ダナ、新入りだ。短い間だが、良くしてやってくれ」


 飛竜は鳴きもせずただじっとこちらを見つめている。

 やがて細めていた目を見開き、体を起き上がらせた。


「(この飛竜が、王女様の言っていた飛竜でしょうか……)」


「(かなぁ)」


 思い当たることがある飛竜の姿に、記憶を蘇らせる。



 ◆



「もう少し詳しく言いますと、厳密には研究院ではなく付属の学院になります」


 王女誘拐騒動から数日。

 そのことを言われたのは、報酬の件で王女と面会した時だった。

 報酬や今後のことについて話をした一番最後。

 王女からヴェルタの学校に通わないかと提案された。


「クロさんは今後、アンナさん達と共にこの空を駆けて旅を続けると仰いました。

 ですがこの国で飛竜を駆るには資格が必要となります。それを持たない人間が飛竜種を使役し、国に届け出ない場合は脅威生物無断使役により騎士団に追われることになるでしょう。

 飛竜は危険な生き物です。高度な従属魔法をかけてもそれを独力で破ることもあり、使役していた人間を殺し、都市を破壊するといったことも過去に起こっています。

 そのため飛竜を使役することができた人間は老若男女問わず全て国の管理下に置くことになっているのです。そしてそれは大なり小なり他国でも同じだと考えてもらって間違いありません」


 王女は申し訳無さそうに説明してくれた。

 立場上、古竜種であり恩人でもある自分に対してこれを言うのはかなり気が咎めるのだろう。

 自分が王女の立場なら言いにくいなんてものではない。

 いずれは竜の姿のまま飛び回りたいと思っていたのだが、人間の立場から改めて言われるとその重大さがよくわかる。


「現在このヴェルタ王国で飛竜を従えている人間は27名。うち7名は成体の飛竜を完全に使役したとして竜騎士の称号を得ています。……が、先の一件で竜騎士3名が称号剥奪、騎士団から除名されることが決定しました。飛竜を含め重体となっているその者達は、回復したのち、厳しい監視下で荷物運搬や輜重などの役職に回されることになるでしょう。ヴェルタには痛い損失ですがこればかりは厳正に対処しなければなりません。

 それに伴い国境が手薄になってしまっているため、現在は別任務に当たっていた2匹を呼び戻しているところです」


 あの時の飛竜か。

 一応生きていたんだとちょっと感心してしまう。

 手加減なしの星術による落雷が直撃したのにも関わらず、命があるとはさすがの生命力だ。

 しかしダウンバーストで両翼を砕かれた二匹はもちろん、落雷の直撃で内臓にダメージを負った一番大きな飛竜は当分飛ぶことは適わないだろう。


 そしてダウンバーストの余波でかなりの距離を鎧を着たまま吹き飛ばされた竜騎士も息があったようだ。

 あの時は生身としてしか考えてなかったが、魔法や魔道具で緩和されたのか……そこまで考えて攻撃をする必要があるなとちょっと反省した。


「……そんなにいるんですか? 前に聞いた話では7人の竜騎士がいるとかだったような……」


「はい。竜騎士として騎士団所属を認めているのは7名のみです。残りの20名は完全に従魔として従える事ができていないか、まだ飛竜が幼なすぎて騎士としての任務に就くことができないなどの理由から竜騎士とは認められていません。一応、荷物運搬や竜籠などは一部の見習い騎士が担うことはありますが……。

 飛竜は成長に時間がかかります。飛竜を使役することができるのは、卵の段階から人間に育てられた場合が殆ど……飛べるようになるだけでも数年、人を乗せて飛べるまでに成長するには更に長い時間がかかります」


「でも、こないだ襲ってきた一番大きい飛竜は何百年も生きてきた個体って聞いたような?」


「ええ。確かに老成とまではいきませんが、長い時を生きた個体を駆る竜騎士もいます。それらは卵から育てられた飛竜ではなく、成長した飛竜を力で従えたり、時間をかけて信頼関係を培った者達ですね。ですがそれらのケースは稀で、ヴェルタの管理下にある27匹の飛竜のうち、そんな個体は9匹だけです。他国でもそれほど多くはないでしょう。クロさんを追跡した3匹もそれらに入ります」


 戦力として数えられるのは7匹。

 うち6匹は騎士団に配属されて任務に就いている。

 その中の1匹は卵から育てた飛竜が成長して戦えるまでに育った飛竜なのだそうだ。

 ……今は4匹になってるけども……。

 しかし戦う為に騎士団に配属されていたのは6匹で、1匹は戦力に数えられるほどの実力を持ってはいるのだが、今は別な仕事に就いているらしい。


「それじゃあ幼いっていう残りの20匹はどこに?」


「王立研究院付属の学院にある飛竜専用の厩舎と訓練場です。王立学院には竜騎士養成の学科があり、竜騎士見習い達はそこで飛竜の育成と訓練、そして竜騎士としての知識を学んでいます。

 20匹はその竜騎士養成学科が管理する飛竜の厩舎で育成されているのです。

 先程戦力には数えられますが、戦線には参加していない飛竜がいるとお話しました。その1匹は竜騎士養成学科の講師をしている竜騎士が使役しています。万一幼い飛竜が凶暴化したり、暴走したりした場合の抑止力ということです」


 近年未開地の調査を進め、飛竜の巣があるダレーグ山脈という山岳地帯を調べ、かなりの数の卵を持ち帰ったのだそうだ。

 推進派が開戦し他国と事を構えた場合の戦力増強を見越しての調査だったのかもしれない。


「私からの提案とは、暫しの間、王立学院の竜騎士養成学科に通って頂き、ヴェルタ国内を飛竜で飛行する為の資格を得てもらいたいというものです。

 本来であれば古竜種であるクロ様にこのようなことを提案するのは大変失礼なことかもしれませんが、今後余計な面倒事を呼び込まない為に正式に発行された許可がある方がいいかと思います。

 一応許可証は他国でも一定の効力がありますし、その資格があるからといって騎士団に入れられたりはしません。

 特例として最短でも2年掛かる課程を15日まで短縮しますので、どうでしょうか?」


「え、15日……そんなんでいいんですか?」


「ええ。本来であれば飛竜と長い時間をかけて信頼関係を築いたり、強力な従属魔法を何度もかけて魔法が外れないようにしたりする必要があったりしますが、クロさんには必要ありません。

 それに騎士団に就くわけでもないので戦闘訓練はそこまで必要になりません……と、いうよりもヴェルタ最強の飛竜を含む現役竜騎士を正面から三騎同時に打ち破るクロさんとアンナさんに戦闘訓練など……無駄でしかありませんし。一応個人の実力を伸ばすための戦技、魔法の講義や訓練もありますが、これも騎士団に所属するのが目的ではないアンナさんには強制するものでもありません。

 あとの座学も空を飛ぶ為のルールや都市に飛竜を連れて行く際の決まり事を覚えてもらうくらいで、ヴェルタの歴史や軍務規定などを覚える必要はありませんから。

 本当にゼロから竜騎士になるには2年でも足りずに何年も在籍し続けることも稀ではないので、アンナさんは少し嫌な思いをすることにはなるかもしれませんが……」


「嫌な思い……ですか?」


「はい。短期間で学科を修了できるということはそれだけ優秀、或いは何かしらの裏があるということです。それはプライドの高い者達からすればさぞ気に障ることでしょう。特例とは言え僅か十数日で修了となれば、他の学科生から羨望と嫉妬を受けることになるかと思います。

 竜騎士になろうとするのは貴族や元々の魔法の才能が高い者が殆どです。それだけにプライドが高かったり、身分に煩い者もいるのです。一応私の名前でそのようなことが無いように申し伝えはしますが、絶対ではありません。短い期間ではありますが、辛抱していただけたらと……」


 王女の名義でそんなことを言えば、更に嫉妬が大きくなりそうだが……。

 しかし今後の事を考えると人間のいる場所を飛ぶたびに騒がれるのも面倒なんてものではない。

 どうせまだ王都を離れられないのだし、時間を無駄にすることもないのでこの提案は願ったりなのかもしれない。


 他に考えられるのはアンナを利用しようと私的に近付いてくる者がいそうだというくらいか。

 変装も必要かと思ったが、そもそもアンナが資格を得るために行くのに変装してしまっては本人ではなく他人ということになってしまう。

 それでは意味がない。


「……それにもし興味があるなら竜騎士養成科だけではなく、魔獣使いを養成する科や魔法科などの講義を受けてもらっても構いません。希望であれば戦闘訓練に参加してもらっても問題ありません。

 本来であれば王族の特権でそうしたことを無視して許可証を発行することもできるのですが、今回は極力極秘裏にということなので、要らぬ疑いを掛けられぬためにも正式な手続きは踏む方が良いでしょう」


 科をまたいで色々な講義を受けられる……大学のようだ。

 これは色々と面白そうである。

 ただ問題があるとすれば、竜の姿で行くことになる自分ではその講義を受けられないということだ……。

 そこはまぁアンナに聴いてもらい、自分は星術で聴覚を強化すれば聞けないことはない。

 アンナは元々魔法のことに興味をもっているようだったし、この提案は嬉しいものだろう。

 そのアンナはこちらにどうするのかという視線を向けている。


「いいですよ。人間の学校にも興味があったことですし」


 人間の、というか、この世界の学校にだが。

 答えを聞いた王女は穏やかな笑みを浮かべた。


「そう言って頂けると助かります」


「……助かるの?」


 助かるようなことってあったっけ。


「クロさんがヴェルタ国内を飛ぶ度に、各地から緊急連絡が届くことを避けられますから、私達にとっても有難いことなんです」


 あー……言われてみればそうか。

 自分のことを公にできない以上、末端に事情説明はできない。

 そういうのを防ぐためでもあったらしい。


「それでは学院の方には話を通しておきます。

 それと、学院にいる世話役の飛竜は穏やかで話が分かる……らしいので、もしかしたらクロさんに協力してくれるかもしれません」


「飛竜なのに、話が分かる?」


「学院の者から聞いただけなのではっきりとはわかりませんが、度々暴走する飛竜を、いつも争うことなく収めるんだそうです。実際、飛竜は高い知能を持ち、人間と同じように意思の疎通をしていることがわかっています。私の勝手な思い込みですが、相手を宥めたり、説得したりするのが上手いんじゃないでしょうか」


 飛竜なのに?

 と一瞬思いもしたが、疾竜のポロだって話は通じる。

 そんな前例もあるし、それよりも長く生き、成熟した精神を持っているならあり得ない話ではない。

 温厚な飛竜ならいいなと何となく思った。

 こうしてアンナは自分と一緒に竜騎士の資格を得るため学院に通うことになったのだ。

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