捕食者

 時折周囲を漂っていく風の精霊に目を奪われつつも、アナベルの後を進み続ける。

 もう大分下りてきたので、底で光る汽精石にもかなり近づいてきた。

 アナベルが言った通り、汽精石に近付くほど、漂う精霊の数も増えている気がする。


「もう少し下りれば五層の出口ですが、ここからは絶対に魔法を使わないで下さい。何があってもです」


「……ここに入った時に言っていた、飛行系の魔法で降りてこられない理由とやらか?」


「そうです。僕も巻き添えで死にたくないですから」


「……な、何がいるんですか?」


「見た方が早いですよ。もうすぐそこだし。あはは。

 あ、ハンターさんなら知ってるかもしれませんね」


「なら、魔物か魔獣ということか」


 思わせぶりな言い方に、背中にしがみついたエシリースがゴクリと喉を鳴らしたのが聞こえた。

 この見えない足場という厄介な罠ともいうべき構造の他に、それと同等程度には危険な何かがまだいるということ。

 メリエが言った通り魔物がいるのだとすれば、食べる物もないこんな場所でどうやって生きているのかと考えても意味が無いようなことを考えながら歩を進め続けると、やがて光る結晶の形までがわかるような高さになる。


 だが底の方は上部の浮かぶ書棚に淡い光と風の精霊の織り成す幻想的な世界とは程遠い、血腥く凄惨な光景が広がっていた。

 巨大な光る結晶の中に、染みのような無数の黒い点が見えてくる。


「……凄い数だな」


「まぁいくら入る者が少ないとはいえ、数百年分ですからね。初めてここまで下りた調査団の人も数に呻いてましたよ」


 無数の黒い点の正体は、第三層の数を遥かに超える死体。

 鋭い結晶に刺し貫かれたよまま骨となっている者や、落ちて破裂したように飛び散っている者など、この場所の犠牲者が遺されたままとなっている。

 数百年に渡る侵入者の末路……資格無き者が立ち入れば容赦しない危険な場所ということを改めて思い知らされる。


「う、うわぁ……」


 女性陣の顔が引き攣るが、殆どがミイラ化しているか、白骨化していることが救いか。

 生々しいものは見当たらなかったため、酷く気分が悪くなることは無かった。


「……落ちて死んだにしては……妙な骸もあるな」


 アルバートの言葉に、あまり見たくは無いがもう一度死体を観察する。

 高所から落ちて串刺しになったもの、叩きつけられて潰れたもの、文字通りバラバラになったものならわかる。

 だが中には白骨化した頭部の一部だけが無くなっているものや、不自然に破壊されたミイラが混じっていた。


「……まぁ、使っちゃったんでしょうね。魔法」


 残念そうに、だが事も無げに言うアナベルの声。

 言い方からして、その理由を知っているようだが、聞く前にライカが反応した。


「(……クロ、あそこで何か動いているぞ)」


 ライカが顔を向けた方向を見ると、染みのような黒い点の中に、微かに動く点が混じっていた。

 よくよく目を凝らしてみると、四つん這いのような姿勢で結晶にしがみつく人影が見える。

 自分が顔を向けたのに気付いたのか、アルバートもそちらを見て、同じく見つけたようだ。


「……あれは何だ?」


「見えました? いっぱいいるでしょう? 〝精霊喰い〟という魔物だそうです」


 意識してよく見ると一匹だけじゃなかった。

 死体の点に混じっていくつもの動く人影が結晶に張り付いている。

 まだ距離があるため細部まではよく見えないが、周囲の死体で比較すると大きさは子供くらい。

 人型で青白いぬらぬら光る肌をしていて、頭に当たる部分から触手が幾本も生えているのがわかる。

 呼吸するかのようにその触手がグネグネと動くのは生理的な嫌悪感を掻き立てた。


「メリエ知ってる?」


「……直接見たことは無いから、ギルドの資料で知った知識になるが……精霊喰いは未開地と古代遺跡ダンジョンでしかその生息は確認されていない。

 文字通りの意味で、精霊を捕食し、糧としているらしいが、魔力も吸い取って食べることができるそうで、不用意に魔法を使った人間が襲われることも多い。

 目も耳も無いが、特殊な鼻を持っていて、精霊力や発せられた魔力を感知して襲い掛かる。主に中位精霊を狙い、触手で精霊力を吸い取るらしい。討伐難易度は……確か5だったな」


「汽精石から発せられる精霊力を吸って、下位精霊は中位精霊に成長する。地上では特定の場所以外ではなかなか見られない中位精霊も、ここなら食べ放題というわけか」


「耳は無いんですね……普通に喋ったり足音を立てても大丈夫ってことですよね?」


「そうだね。でも鼻は利くみたいだし、近寄りすぎるのもね」


「鼻といっても、我々と同じような匂いを感知する器官というより、精霊力や魔力を感知することに特化した特別な器官みたいだぞ。我々と同じように匂いを感じ取れるのかは調べられていないから何とも言えないが……」


「でも、討伐難易度5ねぇ。確かに数が多いってのはあるけど、あまり脅威とは言えないんじゃないかしら?」


 確かにナルディーンの言う通りだ。

 ギルドが評価した数値だけなら、普通の人間にとってもそこまで危険視するような相手ではなさそうに思える。

 だがアナベルがそれを否定した。


「ここのは別格ですよ。数百年に渡ってここに集まる精霊を食べ続け、膨大な力を蓄えているらしいです。以前の調査団で個体の強さを測った時には、一匹で中型の飛竜並みの強さだと判定されていました。

 他の個体に感知されないように一匹だけを上方に釣り出して戦っていましたけど、そりゃあ悲惨なものでしたよ。

 護衛に選抜された手練れの宮廷魔術師五人は魔法を使った瞬間に飛び掛かられ、頭から脳ごと魔力を吸い尽くされて全滅。剣で戦った手練れの騎士も、捕食した精霊の力により信じられない程に強化された身体能力で十二人が戦死、六人が落下死、七人が負傷。弓の名手と言われていた一人が弓でようやく射抜いて何とか倒したって感じでした。

 それ以来、調査団はここの危険性を改め、フロア内での魔法使用は全面禁止。餌の元となる鉱物の回収も不可能と判断し、一切手を付けていません。下手に餌を得られなくしたら外に出ようと這い上がってくることも考えられますからね。駆除するにも、百匹を軽く超える飛竜並みの精霊喰いを掃討するだけの兵を派遣することは、今までここを下りてきた皆さんなら無理だってわかるでしょう?」


「……手出しできないわけね……」


「つつつまり、魔法を使おうとすると頭から脳みそをちゅるちゅるされちゃうってことですか?! ひぇぇぇぇ……私魔法使えなくて良かったぁぁぁ」


 何とも短絡的な……今の状況だけで魔法の可否を考える意味は無いと思うが、切羽詰まった精神状態のエシリースには言っても無駄か。

 さっきよりも強くしがみつくエシリースのブルブル震える振動がダイレクトに伝わってくる。

 聞くだけでも寒気がするのは自分も同じだし、ライカ以外の面々も同じだろう。

 アンナもスティカも自分の服の裾を強く握っている。


「第六層への入り口は奴らのすぐ傍か……確かにこれは、不用心に魔法を使って下りてくることは出来んな……」


 それにしても、凄い場所の上に都市を作ってしまったものだ。

 書庫の重要性から考えて、恐らくここに王城や都市の基盤を作り上げてから調査が本格的に始まったのだろう。

 個体の調査がされたものアナベルが立ち会っていたということは最近のようだし、知らなかったのなら仕方ないが、単純な戦力で言えば数百匹の飛竜の巣の上に王都があるということになる。

 知らぬが仏とはよく言ったものだ。


「(……ライカならなんとかできる?)」


「(冗談言うな。一匹二匹ならまだしも、あの数を一斉に相手になどできるか。まして視覚が無いのでは幻術は極端に効きが悪くなる。私では相性が悪いなんてものではない。まだクロの方が勝ち目があるだろう)」


 それはどうだろうか。

 一匹が中型飛竜並み、それが数百……一対一や不意打ちができる状態であれば全然問題ないだろうが、一斉に集られたら古竜種でも危険そうだ。

 精霊力と魔力にしか反応しないのなら星術でなら対処できるのかもしれないが、それにしたってここで本性を現して戦うわけにもいかない。

 数の暴力で来られたら古竜だって飛竜に負けることはあったのだ。


「いつから居るのかはわかっていません。紛れ込んで繁殖したとも、創造主が意図的に置いたとも言われています。まぁどっちにしても厄介ってことは変わりませんけど。

 魔法さえ使わなければ普通に通り抜けることはできますんで、無視して行きましょう。もうすぐ第六層に入る扉がありますよ」


 言われて視線を彷徨わせると、アナベルが進む先の壁面にまた扉が見えた。

 そのまま扉の前まで何事も無く歩を進め、アナベルが扉を押し開く。

 中はこれまでと同じで、また下に続く階段だった。

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