エーレズの地下書庫 第四層及び第五層
「やー、お待たせしました。罠、解除しましたよ。これで書棚に触っても大丈夫です。あでっ!」
ライカと話しているとアナベルが戻って来た。
戻って来たアナベルは砕かれた石像片に蹴っつまづいている。
どこに何が置いてあるかは覚えているようだが、新たに散らばった石像の破片は別だ。
「大丈夫ですか?」
「あ、どうもすみませんね」
アンナに手を引いてもらって起き上がったアナベルは、ポンポンと砂ぼこりを払う。
「随分と盛大にやったみたいですねー。騎士団の方々でもなかなかここまではやれませんよーあはは」
「ごごごごめんなさい。私がドジっちゃったばっかりに……」
エシリースが申し訳なさそうに頭を下げるが、アナベルは手をひらひらと振るだけで怒るような素振りは見せない。
「いいんですいいんです。僕の仕事は案内なんで、何かやっちゃった時に皆さんで対処してくれるなら文句はありません。責任取るの僕じゃないし。それに、ここ片付けるのだって僕の仕事じゃありませんからね。あはは」
「……あなたねぇ、ちょっと不真面目すぎるわよ。もうちょっと緊張感を持ちなさい」
「不真面目? 僕は僕の仕事をちゃんとやっていますよ。僕の仕事は〝案内〟でしょう? 何かあった時に動くのが〝護衛〟であるあなた方の仕事。ちゃんと役割分担、僕は僕の仕事を全うしています」
「……」
「まぁ確かに命を落とす危険もありますが、第三層の罠でいちいち緊張なんてしていられませんよ。第三層の罠はエーレズに元からあった罠じゃありませんからね。ヴェルタが後付けした文書保護用の罠だし、手ぬるいものだったでしょう?
もっと殺意むき出しの罠がこの先に待ち構えているんです。この程度で緊張感が云々とか言っているようなら、この先行かない方がいいですよ。……割と本気でね」
「……っ!!」
「……」
アナベルは最後の一言だけ、今までの軽い調子を一変させた迫力ある声で言った。
それに思わずナルディーンが一歩後ずさる。
「……ま、でも引き返す気はないんでしょう? じゃ、そろそろ行きましょう。大丈夫、僕の言うことを守れば、少なくとも即死するようなことはありませんから」
それだけ言うとアナベルはくるりと向きを変えて先に進み始める。
アルバートは表情を変えず、そのままアナベルに付いて歩き出した。
ナルディーンもやや苛立ちを浮かべた目つきのままそれに続く。
こちらも全員に目配せすると歩き始める。
アナベルの言う通り、この程度では引き返す理由にならない。
確かに盗賊どころか軍隊が入り込んでも戦えるだけの罠だったが、自分たちにとって脅威となるものでもなかった。
それにただの人間と一緒にされては困るというのももちろんだが、ここに入るために色々と苦労を重ねてきたわけだし、手ぶらで帰るわけにはいかないのだ。
また暗い書棚と彫像の間を縫うように歩き続け、ドーム状の部屋の反対側付近までやってくる。
入ってきた時とは少し違う観音開きの扉が見えてきた。
「ここからまた下り階段です」
アナベルが扉を開けると、中はまた螺旋階段になっていた。
それを下り、一番下の突き当りが見えてくる。
「さて、第四層と第五層は吹き抜けになってるんですけど、見たらびっくりすると思います。絶対に無暗に動かないで下さいよ。
あ、そうそう、地図を探しているんですよね。第四層にあると思いますけど、どうします? 第六層にある禁秘文書を先に見ますか?」
「……見られるなら先に見ておきたいかな」
「わかりました。地図の書架を先に回ります」
そう言ってアナベルが扉を押すと、ギゴゴゴという油の切れた嫌な音を立てて扉が開いた。
中はぼんやりと明るくなっていたので、すぐに異常に気が付く。
「(これはまた何とも、異様な光景だな)」
「うっわぁ……」
「う、浮いてる……?」
扉の先に道は無かった。
あるのは円筒状の広い空間。
そしてその空間には無数の書棚が浮かんでいた。
上を見上げればかなり高い位置にまで書棚が浮かんでいるのが見え、下を覗き込むと吹き抜けというだけあってかなりの深さにまでそれが続いている。
よく見ると所々にテーブルや椅子のようなものも浮かんでいるのが見える。
今までと違い底と思われる場所が光っているため、真っ暗ではなかった。
底からの淡く黄色っぽい光に浮かび上がる浮遊した書棚の数々。
それにアナベル以外の全員が言葉を飲んだ。
「エーレズの地下書庫、第四層及び第五層です。……ええーっと、今の空気の感じは……4番目かな? それなら……」
アナベルは扉を開けたまま首をせわしなく動かし、中の様子を探っているようだった。
そしてブツブツとつぶやくと、やや上方に浮かぶ書棚の方を指差した。
「地図の書架はあれですね」
指差された方を全員が見やるが、指の先には空中に浮かぶ無数の書棚。
一体どれがそうなのか、アナベル以外はわからなかった。
「……というか、どうやって本のところまで行くのよ?」
尤もな質問をぽかんとした表情でつぶやいたのはナルディーン。
かく言う自分も同じ心境だし、恐らくアナベル以外が同じことを思っていただろう。
目の前は断崖絶壁。
一歩踏み出せば遥か下まで落下することになる。
「あはは。何言ってるんですか。歩きでですよ」
さも当たり前だろうというように言ったアナベルは、何もない中空に踏み出す。
「!? ちょちょっと!?」
「きゃあ!?」
「……!!」
それを見て泡を食ったように慌てた女性陣だったが、アナベルは落下することなく中空に躍り出た。
そのまま今までと同じように数歩、歩を進める。
「……ど、どうなってるの?」
「……魔法?」
「あはは、違いますよ。目には見えませんけど、この通りちゃんと道や階段があります。尤も、僕には普通の道も見えてませんけどね。あはは」
そう言いながらアナベルは足場の頑丈さをアピールするようにピョンピョンとジャンプして見せた。
慌てていた女性陣はそれを聞いてほっと胸を撫でおろす。
「……
「あはは、よく言われます。
この通路、幅も狭いし迷路みたいになっているので気を付けて下さい。踏み外したら下までノンストップか、途中にある見えない足場に激突してバラバラになると思いますんで。僕の歩いた通りに来て下さいね」
「え、えええええ! むりむりむりむり! 私無理ですーー!」
この奈落が丸見えの場所を歩いて進まなければならないとわかったエシリースが悲痛な叫びをあげる。
そうだった、エシリースは高いところが苦手なのだ。
「えー? でもそうやって進むしかないんですよ」
「魔法ならばどうだ? 私は飛行系の魔法が使える。直接飛んでいくことはできないのか?」
アルバートがそう進言するが、ポリポリと頭を掻いたアナベルは無理だろうと言う。
「あなたが〝無限〟に飛行の魔法を使えるなら、可能だと思いますけど。永遠に飛び続けられますか?」
「……それは、無理だが。この部屋程度の広さなら飛んでいけるはずだ」
「なら、やめた方がいいですよ。さっきも言いましたけど、ここには迷路のように見えない足場や階段が張り巡らされています。無暗に飛んで行こうとすればそれにぶつかって落下するでしょう。ぶつからないように手探りで行くのならそもそも僕の後を歩いてついてきた方が早いですし、それにもう一つ、飛んで行けない理由があるんです。それはまあ後でわかると思いますけど」
「……そうか、わかった。なら指示に従おう。で、お嬢さんはどうする?」
アルバートがエシリースを見ながら問いかける。
エシリースはイヤイヤと首を振るが……。
「ここで待っているのはさすがにやめた方がいいでしょうね。何があるかわからないし、下手に分かれるのは愚策だと思うわ」
「進むか引き返すか、判断は任せる」
「僕も仕事は案内なんで、意思決定は皆さんに従います」
「なら、僕が背負っていくよ」
「え!?」
「(ホラ、竜の時に僕の背中に乗って我慢できたでしょ? あの時と一緒だと思って目をつぶって我慢してくれればいいよ)」
引き返す選択肢は無し。
なら今できることで考えなければならない。
一番いいのはエシリースが自分で付いてきてくれることだが、高所恐怖症でそれは酷というものだろう。
誰にだってそうした得手不得手はある。
それにそもそも皆で行こうと提案したのは自分な訳だし、ここは自分が一肌脱ぐのが正しいはずだ。
ここまでのことを想定できれば事前に対策を考えるか、エシリースには留守番をお願いすることもできた。
しかしこんな書庫の構造はさすがに想定できなかった。
「(え、え……い、いいんですか?)」
「(エシリースくらいなら10人乗ってても普通に歩けるよ。何かあった時にはライカもいるし)」
最悪の場合、自分なら【飛翔】でどうにでもできる。
落ちる心配はまずないだろう。
エシリースは逡巡したが、すぐに決心してくれた。
立場上これ以上足を引っ張るわけにはいかないと思ったのかもしれない。
「ごごごめんなさい。……お願いします」
「ん。大丈夫(一応このまま動き回れるけど、無理すると危ないし何かあったらライカお願い)」
「(しょうがないな)」
エシリースを背負うが、重さ的には全く問題ない。
安全を気にしなければ戦闘も普通にできるだろう。
……、が、背中に当たる柔らかい感触にちょっと気が削がれるかもしれない……。
エシリースは戦いに参加する予定も無かったので防具らしい防具はつけておらず、邪魔にならない程度の旅装束に近い軽装なので、グラマラスとはいわないまでも女性らしい体の柔らかさがそのまま伝わってくる。
なるべく意識しないように無表情を装う。
自分の背中を取られたライカは、代わりにアンナの背中に飛び乗って鼻を動かした。
「……エシー姉、ずるい……」
「むぅ。私だって次は……」
「……」
「じゃあ進みますか。ここ、時間制限があるんですよ」
何やら背中にとげとげとした視線を感じたが、アナベルの言葉で全員が恐る恐る、見えない足場に一歩踏み出した。
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